2021年ブックレビュー『破局』(遠野遥著)
第163回芥川賞を受賞した遠野遥さんの「破局」。29歳青年(しかも、カッコいい!)の作品を楽しみに味わう。
主人公である陽介のキャラが読みどころだ。陽介は大学4年生。母校のラグビー部でコーチを務めながら、公務員試験に向けて勉強に励んでいる。政治家志望の麻衣子と付き合っていたが、別れて後輩の灯と交際中。そんな陽介の日常が一人称で語られる。
彼は一見、順調に人生の階段を上る学生のように見える。しかし、果たしてそうなのか。彼は父の教えや社会的な規範にこだわり、日常をこなしてるが、虚無というか、中身が空っぽなのだ。
恩師の自宅で焼肉をごちそうになる陽介は、「肉だけ食べていられると幸せ」だが、「肉だけで腹を満たすのはマナー違反という気がして」、モヤシやご飯を口に入れる。何だか、数学の公式に当てはめて解く、みたいな考え方だ。その思考も表層的で、一瞬の風のように思える。
そんな陽介でも、女性に迫られると性欲には勝てない。正しくあれ、と思いつつも心が伴わないので、いびつにズレている。他人に共感しているようで、していない。
何だか変なのは、陽介を取り巻く女の子たちも同じだ。灯は、陽介と交際を始めてからどんどんセックス依存になるし、元カノの麻衣子もどうして政治家になりたいのかは謎で、彼女もステータス依存。陽介がマナーや規範に依存しているとすれば、主要人物はみんな何かに依存している。
遠野さんは受賞インタビューの中で、陽介のキャラクターを「サイコパス」「気持ち悪い」なとど言われ、傷ついたと語っている。自分の中にも、陽介のような部分はあって、リアリティーを持った人間である、とも。
陽介のような若い人って存在すると、実は私も感じている。ネットも含めた多くの情報に身をさらしながら、深く考えず生きている私たち。無条件に信じたいことを信じ、自分とは違う他人の視点や立場に立って物事を考えようともしない人たちや社会の中から、陽介のような若者はいくらでも存在するとさえ、私は思う。
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