【伊勢御師旅~いせおんしたび~】 プライベートガイドツアー
あなたの知らない伊勢をご案内いたします。
伊勢と言えば伊勢神宮、二見夫婦岩。
だけ。って思っていませんか?
伊勢にはもっともっとディープなスポットが
いくつもあるんですよ。
地元の人も知らない場所です。
そんなパワースポットをご案内しております。
室町から江戸時代にかけて
伊勢を有名にしたのは
御師(おんし)と呼ばれる
当時の旅行代理店兼神職でした。
わたしの父型の先祖にあたる人たちは
御師の仕事を
生業としていました。
私はなんとなくその血を
知らず知らずのうちに
受け継いできたようです。
御師の血脈が21世紀に蘇り
伊勢御師旅として
伊勢の新しい旅をご提案させていただきます。
外宮内宮だけが伊勢ではありません。
伊勢には地元民でさえ知らない
美しい場所や聖地がたくさんあります。
そういった場所を訪れると
どうしてアマテラスは伊勢を選んだのかが
よく理解できます。
伊勢の歴史は
2万年前の旧石器時代にまで
遡ることができるんです。
まだ日本という国ができる前、
もちろん、
伊勢という名前もなかった時代の
遺跡から
ナイフ形石器が出土しています。
ここで生活していた誰かが
いたんです。
伊勢に生まれ育った人だけが語れる町の移ろい
あたしツアーガイド
みきなかむらは
昭和35年に伊勢に生まれました。
まだ戦争が終わって15年しか
たっていな時代でした。
そのころから伊勢の町の
変遷を見続けています。
時代と共に変わってきた街のお話や
いろいろな出来事など
たくさんのエピソードを
お話しします。
フレンドリーで経験豊富なツアーガイド
20代のころはアジアの国々を旅したり
働いたりしながら海外に長く滞在しました。
30代でシャンバラというアジア衣料雑貨店を
外宮参道にオープンして以来30年間営業を続けています。
webショップシャンバラを現在も経営しております。
年に数回アジアに直接買い付けに行きました。
30年の間に日本とタイの間を
150回くらい往復しました。
そのほかに創作紙芝居のパフォーマー
カミシバラーミキナカムラ
として全国展開をしたり
369コーチングやカウンセラーとして
メンタルのサポートも行ったりしております。
もっとも大切にしていることは
誠実さと信頼と友情と愛と自由と笑いです。
わたしと関わったかたすべてに
どうしたら喜びと幸せが
たくさん訪れるようになるのかを
いつも考えて行動しています。
グループツアーコース
◆FACEBOOK 伊勢御師旅
FBの伊勢御師旅のページは
グループツアーのイベント情報があります。
ぜひチェックしてみてくださいね。^^★
●外宮逍遥旅(3時間~)
●蔵の街猫の街河崎ツアー(3時間~)
●二見しおのみち(3時間~)
●鳥羽レトロツアー(3時間~)
●参宮線ぶらぶら旅(1day)
●いにしえ古市みちゆき
●潜島探訪
●度会巨岩と一ノ瀬川
●潜島焚火と岩戸の塩
●洞窟瞑想
●伊勢の街歩き
その他いろいろ
上記を組み合せた
プランニングも可能です。コースお時間もご相談に乗ります。
伊勢御師とは
元々はお祓師(おはらいし)という
語源からきています。
産業の神である
豊受大御神(外宮)の
神職をしていた人たちが、
室町時代より
お札や伊勢暦を
全国各地の農村に
売り歩くいたことが始まりでした。
その先々で
伊勢参りの啓もう活動を行い、
おかげ参りブームの
火付け役となりました。
江戸時代
3000万人の人口のうちの400万人が
一年間に伊勢参りをした、
と言われています。
御師は伊勢参拝客をもてなすために
自ら経営する宿にとめて
豪勢な料理でもてなし、
お神楽をあげ
参拝の作法を教えました。
更に観光ガイドとして
二見 外宮内宮 朝熊山
日本三大遊郭の一つ
古市に案内する
ツアーしておりました。
そんな御師が伊勢に
700-800軒あったと言われています。
ところが
明治になって
廃仏毀釈令と共に
御師制度は廃れてしまいました。
ガイドみきなかむら
そんな御師の血を受け継ぐものとして
もう一度伊勢の地に御師を復活させたいという思いから
伊勢御師旅を始めました。
あたしはツアーガイドのほかにいろいろな仕事をしています。
詳しくは↓をごらんくださいませ。
アメブロ
FACEBOOK
shanbara
お申込み方法/移動手段/料金
下記のお問い合わせフォームからどうぞ。
お問い合わせフォーム
移動は徒歩、公共交通機関または
お客様運転のお車に同乗します。
料金は 半日コース(4時間)10000円
一日コース(8時間18000円)
4-5人のグループまでOKです。
旅行日
時間
行きたいところ
などをご記入の上
お問い合わせくださいませ。
きっと忘れられない伊勢の思い出ができますよ。^^☆彡
◆ラジオ出演
ワンダフルゆきさんのラジオに出演させていただきました。
ゆきさんの伊勢旅を案内させていただきました。
外宮 巨木の森からお話ししています。
ライブ 伊勢神宮1 - Free Spirit | stand.fm
ライブ 伊勢神宮2 赤福本店から - Free Spirit | stand.fm
御師とはwikipediaより引用
https://ja.wikipedia.org/.../%E3%81%8A%E8%94%AD%E5%8F%82...
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御師の活躍
御師が産業の大神である豊受大御神を、農民に広めたのがお蔭参りのきっかけである。御師は数名ずつのグループに分かれて各地に散らばり、農村部で伊勢暦を配ったり、豊作祈願を行ったりして、その年に収穫された米を初穂料として受け取る事で生計を立てていた。伊勢神宮の神田には全国から稲穂の種が集まり、参宮した農民は品種改良された新種の種を持ち帰った。江戸時代も中頃になると、農業技術の進歩により、農家の中に現金収入を得られる者が増え、新たな知識や見聞、物品を求めて旅をしようと思い立つ者が現れるようになった。しかし、農民の移動に規制があった江戸時代に旅をするにはそれなりの理由が必要で、その口実として伊勢神宮参詣という名目が使われるようになった。当時、他藩の領地を通るために必要不可欠な通行手形の発行には厳しい制限があったが、伊勢神宮参詣を目的とする旅についてはほぼ無条件で通行手形を発行してもらえたためである(この他にも、善光寺参詣や日光東照宮参詣など、寺社参詣目的の旅についてはおおむね通行手形の発行が認められていた。通行手形の発行は、在住地の町役人・村役人など集落の代表者または菩提寺に申請した)[1]。この口実には、御師が各地の農民に対して伊勢神宮参詣の勧誘活動を行っていたことも理由になっていたようである。
こうして伊勢に旅立った者は、伊勢滞在時に大抵、自分達の集落を担当している御師のお世話になっていた。御師は伊勢参拝に来る人をもてなすため、自分の家で宿屋を経営している事が多かった。御師の宿屋では盛装した御師によって豪華な食器に載った伊勢や松坂の山海の珍味などの豪勢な料理や歌舞でもてなし、農民が住んでいる所では使ったことがないような絹の布団に寝かせる、など、参拝者を飽きさせないもてなしを行った。また、伊勢神宮や伊勢観光のガイドも勤め、参拝の作法を教えたり、伊勢の名所や歓楽街を案内して回った。この時、豊受大御神が祀られている外宮を先に参拝し天照大御神が祀られている本殿の内宮へ向かうしきたりで、外宮先祭という。
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