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短編小説

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開いた傘は嘘つかない

開いた傘は嘘つかない

会えないかもしれない人を待ちつづけるのは胸がざわつく。 でも行き交う人々の中で「その人」を見つけたい。

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冷めたコーヒーカップをすすりながら、青信号で渋谷のスクランブル交差点に散らばっていく人々を見つめていた。

赤になれば同じ箇所にまた集まり、ぶつかりもせず、すれ違っていく人々を見て万華鏡のようだなと思った。その一粒一粒が誰かの大切な人なんだなともぼやっと思う。

周囲の建物

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消えた縫い糸

消えた縫い糸

分かっていた。
全ての縫い糸を捨てたのは母だ。
きっとなんの躊躇もなく。

うちの地域では燃えるゴミの日は月曜と木曜。ごみ収集車が来る8時前に、私は母が捨てたそれを仕事前に確認した。
今日は何を捨てているのだろうと。

数週間前から、自分の物で捨てられるものを品定めしては、ゴミ袋に詰める母の姿を、私と父は極力見て見ぬ振りをしていた。

その姿はまるで、自らの命を削り取っていくような行為に思え

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明日も生まれる3 「新しい命」完結

明日も生まれる3 「新しい命」完結

あらすじ: 毎日の2人育児に疲弊するわたし。繰り返される日常の中、ふと長男 一馬からの「魔法の言葉」に勇気付けられる。



結局、達也をお風呂に入れるのを諦めて、リビングの隣の和室で左手が痺れるくらい達也のお腹と宙をトントンと行き来していた。

19時過ぎに保育園から帰ってきた一馬の「おかえりー!」の第一声に「ただいまでしょ」と言い間違えを正したくても、喉元を声が通らない。

「ただいま

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明日も生まれる2 「目をそらせて」

明日も生まれる2 「目をそらせて」

あらすじ: 毎日の2人育児に疲弊するわたし。繰り返される日常の中、ふと長男 一馬からの「魔法の言葉」に勇気付けられる。



とかれた髪が重力に素直に沿って洗面ボールへ抜け落ちる。1本、2本どころじゃない。

産後の母親の体の中は急激に細胞同士が打ち合わせしていたかのように変化する。髪が抜けるのは個人差があれど、ピークは産後3ヶ月から6ヶ月の間だ。通常の抜け毛が一日100本から150本に対し、

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明日も生まれる1 「忙しい日々」

明日も生まれる1 「忙しい日々」

あらすじ: 毎日の2人育児に疲弊するわたし。繰り返される日常の中、ふと長男 一馬からの「魔法の言葉」に勇気付けられる。



朝日が射し込んでいる。目を細めながらも、カーテンを閉める気になれず、サイドテーブルに肘をつく。

聞こえるのは赤ん坊の泣き声と、壁掛け時計の秒針、テレビの雑音。

テレビの中の専門家が話すには、来年開通予定の羽田空港新ルートは大井町の都市上空で、騒音問題があるという。

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運命の赤い毛糸⑤ <完結>

運命の赤い毛糸⑤ <完結>

〜私の人生〜

4ヶ月後、母の死はとても静かだった。ちょっとファミマ行ってくるねと言って父と病室の席を外した後に帰ってきたら息を引き取っていた。

「食べていい?」

父にお伺いを立てると、いいよ、と静かに言ってまた同じ席についた。

足元が波にさらわれるように濡れていったけれど、気にせずタマゴサンドの包装紙をいつものように破った。味がよく分からなかった。

もう20年も前のそのことを、こ

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運命の赤い毛糸④

運命の赤い毛糸④

〜私を強くしたもの〜

今日は0度を下回るとパパが言っていたけれど、毛糸のパンツを履いていれば暖かかった。

心の中はものすごく静かだった。風も吹いていない。吹いていたとしても、きっと身じろぎもしない。

教室に入ると、例の2人はいなかった。

ーーあれ?いない…

「はるちゃん!良かったぁ!来たぁ!」

りっちゃんがツインテールをゆらゆらさせて腕に優しく絡む。

「おはよ

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運命の赤い毛糸③

運命の赤い毛糸③

〜命の期限〜

「とりあえず、春香も車に乗ろう」

パパの声かけに、アスファルトの上でゴシゴシと上履きの底を擦り付けて無言で乗り込んだ。

ーー綺麗なパパのソリオ、汚しちゃうな…ごめんパパ

脳内だけに響かせる言葉をいま声に出せたらかわいい娘なのに、一言も口に出せなかった。

「ママ、具合悪いからちょっと病院行くから」

エンジンをかけたパパがまっすぐ進行方向だけを見て言った。

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運命の赤い毛糸②

運命の赤い毛糸②

〜嫌なものは嫌〜

1時間目は図工の授業で彫刻刀を持って図工室に移動した。自分の顔を木彫りで作るという授業で、今月中に完成させる予定になっている。

豪太とキチリにかなり頭がきていたので、無意識のうちに彫刻刀を持つ手に力が入った。

「鈴木さんちょっと掘り過ぎかな。少しずつ掘って調整していってみて」

図工のトイちゃん先生は優しくてイケメンだ。確か30歳でおじさんって年齢だけど、肌がつ

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運命の赤い毛糸 ①

運命の赤い毛糸 ①

〜赤い毛糸のパンツ〜

窓に手を当てて水滴を拭うと、二羽の小鳥が朝日に昇っていくのが見えた。

ーーあんな薄そうな体毛で寒くないのかな

そんなことを思いながらパジャマのまま一階に降りていくとリビングのソファで横になりながらテレビを見ているママがいた。

「あっ、春香…朝ごはん置いてあるよ。パパ今日先に出たから」
「うん」
「あとこれ。スカート履くなら毛糸のパンツ履いていってね、今日0度だっ

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