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カスタマー・ハラスメント対処法─病院スタッフができること─

2019年1月25日、日本テレビ『スッキリ』で特集されたカスタマーハラスメント(略して、カスハラ)。ご覧になっていた方もいらっしゃるかと思います。

カスタマーハラスメントとは──
企業などの事業者や従業員に対しておこなわれる、客の立場を利用した悪質なクレームや迷惑行為のこと。

年々、カスタマーハラスメント(以下、カスハラ)が増加し(というよりも表面化し)、企業や店舗などの事業者側も対応に困ることが多くなってきているようです。その背景には、SNSツールやインターネットの存在があります。トラブルが起こるとすぐにネットに書き込まれ、一方的にイメージを傷つけられることも少なくありません。最悪の場合には、事業者側に非がなくとも風評被害によって経営困難に陥ることすらあります。

客と直接関わる業種や職業では、カスハラに対するマニュアルを用意しているところもあれば、事業の特性上なかなかそれが難しいというところもあります。後者の場合、客と接するスタッフが臨機応変に対応する必要に迫られます。

カスハラは、一般的な苦情との線引きが(書類上)難しいこともあって、マニュアルで対応できる場合とできない場合があり、対策が難しい嫌がらせ(場合によっては脅迫罪に当たる)行為です。

病院はカスハラ対策が難しい

サービス業のなかでも、とりわけ対策が難しいといわれているのが医療機関です。なぜなら、医療機関に受診に来られる方には、病気や薬の副作用が原因で攻撃的になっている方もおられます。さらには、医師法によって患者の治療する権利が守られており、病院は原則来院を止めることができません。

しかし、医療機関は決して誰でもウェルカムの施設ではないのです。近頃は少しずつではありますが、カスハラ歴がある患者さんの来院を断るケースも出てきています。

これに関しては、同じ医療機関内でも賛否両論分かれるところです。ですが、カスハラ患者さん以外にも医療機関にはさまざまな患者さんが来られたり、入院されたりしています。また、院内スタッフの大半が女性スタッフであることを考えれば、カスハラ患者さんを守り、ほかの患者さんやスタッフを守らない医療機関では安心して治療を受けたり、施したりすることはできないでしょう。そういった点では、医療機関であっても、ほかの患者さんやスタッフの治療や通院の迷惑になる患者さんを拒否する権利はあっていいはずです。

それでも、多くの病院ではカスハラ患者さんへの対策は、なかなか進んでいないといえます。実際に、私は2年前まで公立の総合病院に事務スタッフとして約7年間勤めていましたが、その間にカスハラ患者さんへの対策はほぼ進んでいませんでした。

進んだのは、警備される場所や回数、人数が増えたことや、よほど悪質な場合は警察を呼ぶといった対応がされるようになったことです。それまで、どんなに酷いカスハラがあっても、警備員が駆け付ける程度で、警察への通報はありませんでした。そのため院内で暴力行為があっても、看護師や病棟・外来スタッフはみな泣き寝入り状態だったのです。

カスハラする人は自分よりも弱そうな相手を狙う

どこの業種でもそうでもですが、カスハラをする人は大変狡猾で、狙われるのは女性や自分よりも弱そうな相手を狙います。そのため、気の弱そうに見える従業員は、比較的カスハラに遭いやすい傾向にあるようです。

実際、私が勤めていた病院でも、いつもカスハラされるスタッフはたいてい特定のスタッフでした。当時、私は外来の会計部署で責任者を務めていたので、カスハラを何度も目にしているうちに気が付いたのは、カスハラに遭う人にはある一定のタイプがいることです。

<カスハラに遭いやすい人>
・背が小さく、声が細い人
・自信がなさそうに見える人
・猫背な人
・目を合わせて話すのが苦手な人

これらは私が約7年間、外来で何千人(一日平均2,000人程度)もの患者さんや、何十人というスタッフと関わっているうちに気が付いたことです。私の経験則なので、これが絶対というわけではありません。ですが、ここに挙げたタイプとは真逆のスタッフは、カスハラ遭遇率がかなり低かったのは事実です。

なぜなら、私たち事務スタッフは、病院に外注スタッフとして入っており、患者さんとトラブルがあれば、それを病院側に報告しなければなりませんでした。私は管理職だったので、部下から受けた報告を必要に応じて書面にまとめたり、病院側と調整を図る立場であったので、報告があがるスタッフがいつも同じだったことから、被害に遭いやすいタイプがいると感じてたのです。

病院の事務スタッフができるカスハラ対策

正直に申し上げて、病院でできるカスハラ対策の決め手となるものはありません。大変残念ですが、医療機関の特性上、なかなか対策のしようがないというのが本音です。しかし、カスハラしそうな相手をある程度絞り込むことは可能です。

医療機関では、患者さんのカルテは個人情報です。ですから、いくら事務スタッフといっても、業務に無関係な患者さんのカルテを見ることはできません。(見れば、プライバシーの侵害になります。)

ところが、唯一患者さんの情報を得る手段があります。それには、診療報酬明細書(以下、レセプト)を作成する部署の協力が必要です。レセプトには、患者さんがどんな治療を受け、きちんと会計請求出来ているのかを毎月チェックします。これは、外来・入院の両方でそれぞれおこなわれます。

その際、レセプト担当者は患者さんのカルテを確認することになります。カルテには、その患者さんの治療情報や疾患名が記載されています。薬が処方されたり、処置が施されたりした場合は、それが適切だったのかをチェックします。このとき、レセプト担当者はカルテ内の必要箇所を読むことになります。当然、この内容は他言してはなりません。(そのため、レセプト担当者及び事務スタッフは、病院や外注元の会社と機密契約を交わしています。)

患者さんが診察室や検査室、もしくは入院中に暴言等があった場合には申し送り事項として、その旨が記載されていることがあります。レセプト担当者には、病院側からカルテを読む権限が与えられていますので(といっても業務に関係する範囲内のみ)、閲覧時にこうした申し送り事項を確認できる場合があります。

申し送りのあった患者さんの情報を、関係する事務スタッフに通達することによって、被害を減らしたり、トラブルを大きくせずにすむことがあります。ただし、これは患者さんのプライバシーにかかわることですから、いちスタッフで勝手に判断してはいけません。必ず、上司を通して病院側と意思疎通を図り、患者さんの情報をどう扱うのかルールを作るようにしてください。

大きな医療機関では、私がいた病院のように事務スタッフが外注で入っているところも少なくありません。ところが、事務スタッフと看護師や検査場の技師とはカスハラ患者さんがいたという情報が回ってこないことも多くあり、知らずに対応してしまうことも多々あるのです。

医療従事者側と事務スタッフに垣根なく情報が伝わると、トラブルを未然に防げることもあるのですが、隔たりがあると防げるものも防げません。この隔たりの原因は、医療機関によってさまざまなので、一概には対応することは難しいかもしれません。けれど、もし取り除けるのであれば取り除いておいたほうが、病院全体のため──ひいては、ほかの患者さんのためにもなります。
病院全体で情報共有することが、まずは一つの対策だといえます。

スタッフがカスハラに遭ってしまったときの対処法

患者さんの病気や薬の副作用など、いろいろな要因が絡み合ってカスハラが起きてしまった場合、スタッフは大変な精神的苦痛を受けます。特に、先述したタイプのスタッフは、他のスタッフに比べると頻繁にカスハラ被害に遭うわけですから、相当な苦痛を感じています。いくら仲裁に入ったり、代わりに対応をしたりしても、彼女たちにしてみれば、何の用意もなく突然ハンマーで思いっきり頭と心をぐちゃぐちゃにされるような衝撃を受けているわけですから、そのショックたるや計り知れません。

実際に、頻繁にカスハラに遭うことが原因で、医療事務をやめてしまったスタッフが何人もいます。

スタッフがカスハラに遭ったとき、管理職だった私が実際にしていた対処法を紹介します。

(1)まずは仲裁に入る。
   ※傍観しない。
   ※気づいた時点で即座に入る。時間を置かないこと。
(2)すぐに被害に遭ったスタッフを下がらせる(もしくはその場から退出させる)。
(3)目線を合わせて話を聞く。
   ※目線を合わす。ただし、凝視しない。
   鼻先から眉間の間の位置を見るイメージがベスト。
   ※反論しない。口を挟まない。ひたすら傾聴する。
   ※正面に立たない。相手に対して斜め45度くらいの位置を確保する。
   ※他の患者さんの視線を感じさせない位置に、相手を向けさせる。
   ※興奮状態が収まったら、すぐに座らせる
   ※座らせたら、必ずその隣に腰かける。もしくは、跪く。
   ※相手に対して、斜め45度の姿勢で相手の話を聞く。
(4)ひとしきり相手に話をさせる。
(5)興奮状態が落ち着いてきたら、個室に移動する。
   ※必ず病院側の人間、または自身の上司を連れていく。絶対に2人きりにならない。
   ※移動時は隣を歩く。先を歩かない。
(6)相手の言い分を否定せずに、こちら側の主張を伝える。
   ※相手が腰かけてから話しかける。
   ※体勢は(3)と同じ。
   ※ゆっくりと、落ち着いた声で言う。
   ※声のトーンは高くもなく、低くもない程度に抑える。
   ※相手の態度が軟化してきても焦らない。
(7)帰られる際には、明るい声で「お大事に!」「お気を付けて」など相手を気遣う言葉を伝える。
(8)深々とお辞儀して見送る。

初めて対応するときは、かなり恐怖心もあるかと思います。実際に私も殴られそうになったこともありますし、院内に響き渡るほどの罵声を1時間以上浴びせ続けられたこともあります。

ですが、上記の対応をするようになってから、カスハラだった患者さんから対応の指名をされるほど、気を許していただけるようになりました。
もちろん、その陰では患者さんの要望をできるだけ、院内での共通認識とするように努めたり、何かあったときはすっ飛んで行くなどして、気を遣うことは多々ありましたが、結果的にトラブルなくお帰りになられるようになったことは大きな成果でした。

カスハラ患者さんへの対応には心理学を視野に入れてみて

心理学を学んだ方から見れば、私がとっている対応が心理学に基づいたものであることがわかるかと思います。
怒りが湧いているときは、かなり精神的に興奮している状態ですから、正面に立つことは得策ではありません。人間も動物ですから、興奮状態のときに正面に立つと敵だとみなされてしまい、相手の攻撃性が高まります。

個人差がありますが、人にはそれぞれパーソナルスペースがあります。これは、心理的な受容域となり、好意のない相手に近づかれると不快感を感じてしまう要因にもなっているものです。

<パーソナルスペース>
●男性の場合
前後に広く、横に狭い

●女性の場合
前後に狭く、横に広い。
ただし、個人差が大きいため、ほぼ円形と考えておくと無難。

斜めに立つことは、相手の敵意をかわし、パーソナルスペースを侵さない位置に自分を置くことができる、ベストポイントでもあるのです。
真横だと、相手の顔が見れないため、相手に自分のほうを向かせてしまうことになりやすく、それが新たな火種となってしまうことがあります。ですが、斜め45度をキープしておけば、あなたが患者さんのほうを向く格好となり、相手の心象を損ねにくいのです。

また、座らせられそうなタイミングで椅子に腰かけてもらうことも、相手を落ち着ける要素になります。特に医療機関に来られる方は、みなさんお体の不調があって来られています。怒っている最中は興奮しているので、本人も無自覚であることが多いようですが、体のしんどさはあるものです。

しんどいなか、ずっと立っているのはツラいですよね。そこで、そっと椅子を勧めるのは、相手にとっても意識が一瞬だけでも他に向いて、精神的な落ち着きを取り戻すキッカケにもなります。

しかも、立ちっぱなしでいることは、交感神経を働かせてしまい、余計にイライラを増長させます。ところが、腰かけることによって副交感神経が働き始めるので、立ったままでいるよりも早く冷静になっていただきやすいのです。

さらに、お部屋を移動する際に隣を歩くのも、背中を見せないという配慮です。猛獣が捕食時や興奮状態のときに、背中を向けた動物に襲い掛かるのと同じで、背中を見せると相手への攻撃性が増してしまいます。ほかにも、目の前を歩くことによって、カスハラ患者さんが勝手に「こいつは自分を下に見ている」という被害妄想を持つことがあります。

特に年配の方には、女性や自分よりも若年者に前を歩かれることを嫌がる傾向が強いです。これは、女性や若年者は年長者の後ろを歩くものと思っておられる方に多く、前を歩くだけで新たな火種になることもあるのです。せっかく時間をかけて対応しているのですから、極力余計なトラブルを引き込まないほうがいいに越したことはありません。

病院でのカスハラ対処で最も大切なことは、相手を落ち着けることに注力するということです。なぜなら、院内におられる患者さんは、病状によってはショックを受けて症状が悪化したり、暴力の被害に遭い怪我する恐れがあります。つまり、二次被害が出る可能性が多大にあるからです。

スタッフは自分たちを守ることも大切ですが、ほかの患者さんへの影響も考慮した対応が求められます。早急に事態を収束させるには、遠回りと感じるかもしれませんが、カスハラ対応中のスタッフは一切時間を気にせずに、目の前の患者さんに注意を向けることが素早いトラブル解決へと繋がります

かなり精神的にもキツイ時間になります。正直、私も最初のころは何度も心がズタズタになりました。ですが、これが最も早く事態を収める方法だとわかってからは、「この人は何を言いたいのだろうか?」「何を求めているのだろうか?」と考えながらお話を伺うようにしました。

本音はいつも言葉の裏に隠されている

カスハラをする方は、たいてい心に問題を抱えています。それを解決するのは、本来は本人自身なのですが、その問題には病院に対する欲求不満が隠されていることも少なくありません。

たとえば、医師に相談したいことがあるのに、それが言えない。病気になってしまったことが受け入れられず、病院側もそれに寄り添ってくれないなど。こうした本音が上手く表現できず、怒りや暴言となって現れ、カスハラとなっている例もあります。

事務スタッフができることは、よく話を聞いてあげること。これだけでも、小さなカスハラはかなり減ります。また、話を聞いてくれる人が一人でもいると、案外彼らは落ち着いて帰っていってくれることもあるほどです。

ただ、なかには本当に理不尽極まりない身勝手な人もいます。話をしても、一向に噛み合わない人もいますから、そういった方と対峙するときは、出来る限り上司や病院側の人間を巻き込むようにし、スタッフだけで対応するのは避けるようにしましょう。


この記事が、医療機関で働く事務スタッフの皆さんにとって、少しでも役立つものであれば幸いです。

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