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「日傘」

 私にとって、介護とは「日傘」です。日傘は、晴れた日に眩(まぶ)しい日差しから大事なからだを守るという役割があります。それと同じように、病気やケガといった、良くないものから助けを必要とする方のからだを守るというのが、介護の役割です。いつも心の日傘を持ち歩くようにしています。「困っているから、助けてほしい」と希望される方に対しては、心の中の日傘を大きく広げて、その方に差し出します。逆に「特に困っていることはない。ひとりで、ゆっくりさせてほしい」と希望される方に対しては、心の中の日傘をそっと静かに折り畳みます。そして、少し離れたところから、その方を優しく見守るようにしています。


 毎日同じ日傘を持ち歩いているわけではなく、日によって、花柄や水玉など、異なる柄の日傘を持ち歩いています。それと同じように介護も、日によって異なることをしています。その時の状況によって、必要となる助けは大きく変わるからです。かわいらしい模様の日傘を頭の中で思い浮かべながら、前向きな気持ちで介護をしています。明るい気持ちで相手と接することは、お互いの健やかな体づくりにつながると考えているからです。
 「もっとゆっくりした口調で、話してくれんかのう」85歳の祖父から、時々このように言われることがあります。つい早口で話してしまうのが、私の会話の特徴です。しかし、祖父と話をする時は、なるべく意識をして、ゆっくりとした口調で話すようにしています。3年前まで、介護の仕事をしていました。現在は転職し、クリエイターの仕事をしています。けれど、こういった場面で、介護と深く関わることがあります。気軽に持ち運べる日傘のように、介護は私にとって、とても身近な存在です。


 いつも心の中で持ち歩いている日傘は、とても強くて丈夫です。折れることは決してありません。ですが、介護を始めた頃は、弱くて脆(もろ)いものでした。何をするにも不慣れで、介助をするのに時間がかかりました。「あなたが、一人前の介護士になれますように」と、温かく見守ってくれた方々のおかげで、強くて丈夫な日傘を手に入れることができました。ある方は、立つことがしんどいのにトイレ介助に慣れるまで、一生懸命立って下さいました。ある方は「丁寧な言葉遣い、素晴らしいです」と、お褒めの言葉をかけて下さいました。感謝の気持ちでいっぱいです。


 これから先も、心の中にある日傘を大事に持ち続けます。そして、助けを必要としている方がいたら、そっと優しく差し出すようにします。すべてのひとが、病気やケガに悩むことのない、健やかな世の中を創っていきたいです。このエッセイを書くことが、そんな世の中を創る第一歩だと信じて、筆を擱(お)きます。


★作品説明★
全国老施主催 第16回「介護作文・フォトコンテスト」 応募作品 ※本文のみ※
残念ながら落選してしまいました。心を込めて書いた作品なので、
多くの方に読んでほしいと思い、こちらに投稿しました.

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