はるのみぃ

しあわせになりたい無職37歳。独身。 過去を振り返って整理してみるのも良いんじゃない?…

はるのみぃ

しあわせになりたい無職37歳。独身。 過去を振り返って整理してみるのも良いんじゃない? と思い立ち、底辺からお届けします。 もし何か聞きたいこととかあれば以下のメールアドレスへ。 仕事のご依頼、ライバーもやるのでお便りとかでも…?! myiharuno @gmail.com

最近の記事

勉強についてつらつらと。

毎日noteを書いてるからだろうか。 何と記事作成依頼がきた。(このnoteとは関係ないけど。) 私は週に1回ワインバーをやっていて、元同僚がワインを、私がツマミを作って持ち寄って開いている。 今日は午前中は授業、午後はその用意で時間がない。 (今、毎日noteに1記事と絵の練習を日課にしている) なのでさらっと、勉強関連のことについて触れてみようと思う。 夏季合宿で偏差値がドンっと上がった話を書いた。 それまで国語の「作者が言いたいことはなんでしょう」の問題が嫌いだっ

    • 小学校の思い出

      (小話) 来月からイラストの仕事も決まった。依頼主たちは「こんな素晴らしいクリエイターがうちに来てくれるなんて!」と両手をあげて喜ぶ。大歓迎を受けている。SEの時と同じだ。 アニメーターやイラストレーターさんのnoteを見ては焦り、絵の練習を開始した。iPadの充電が100から0になるまで描き続ける。 遅い! 下手くそ! こんなんじゃ、こんなんじゃ…。 そんな気持ちで焦る。 苦しい時に描いてる絵は昔の自分の絵にそっくりで、苦い気持ちになる。 絵を描くこと、勉強すること以外出

      • 捨てられた絵

        先日SEの仕事を獲ってきた際は、本気でやろうと思って何冊か入門書を読んだのです。もともとあまりパソコンに興味がないので寝落ちするのを堪えながら何とか読んでいたのです。(言い訳) 今度はイラストの仕事を獲ってきたので、(やだなあ…)と思っていましたが、何冊か入門書をbook offで買ってきました。 デッサンと背景・小物と手の描き方と模写用のイラスト集を2つ。 もう1度、無駄になるかもしれないけど、基礎から丁寧にやるぞー! おー! 今日は何でそんな決心をしたかのお話しです。

        • 無職アラフォー仕事に悩む | イラスト小話

          10歳まで振り返ってきて、絵が好きだったんだなあと思いました。まる。 いやいや。 私の職業履歴は、俳優・声優→イラストレーター→事務職(整体師)→SE(P M)だ。 私が子供の頃に初めて憧れた職業は当たり前のように「アニメーター」だった。でも絶対にならないと決めていた。 今日はその話しをしよう。 小学生の頃、るろうに剣心の劇場版に行けばセル画がもらえるというので、セル画目当てに劇場へ行った。 初めて見る生の原画。どうしたらこんなに美しい線が描けるんだろうと毎日何時間も眺めた

        勉強についてつらつらと。

          幼少期の思い出-3- | 私が完全に消えた日

          最初のnoteの記事で書いたが、私は今何も出来ない。 これでも挑戦はしているつもりだ。3社即退職。これだって、頭が動かなくなって土日も夜も眠れないで「やらなくちゃやらなくちゃ…」と碇シンジくんばりに自分を追い詰めても体が動かなくて、辞めた。 良い条件で周りも優しくて、休息だって1年取った。それでも体が動かない。 今はイラストの仕事に手を伸ばそうとして、嫌な予感がしている。 以前、イラストで自営をしていた時の最後の方は酷いものだった。 栄養失調でメニエール症候群。一歩も家から

          幼少期の思い出-3- | 私が完全に消えた日

          猫とわたし

          初めての友達の話しをしよう。 小学3年生頃、私はよく児童館近くの公園で涙を流していた。 ほとんど毎日泣いていたので、泣くことは食べることや寝ることと同じようなものだった。 なんで? とか、どうして? とか聞かれても答えられなかったと思う。 人前で泣くと怒られるので、公園で泣いている。そんな感じだった。 泣いてるのがバレると怒られるので、ただ涙を流すだけだ。声は出さない。 その頃はまだ近所にたくさん野良猫がいて、たまに野良犬もいた。 季節は秋から冬になろうとしていて、日向で

          猫とわたし

          幼少期の思い出-2- | 5歳から9歳まで

          ああ、またか。 白い霧に包まれたように世界がぼんやりしている。現実感がなく、静かだ。 遠くまで見渡せないが、この道は家の近所の砂利道だろう。 それが夢だったのか、現実だったのか、よく思い出せない。しかしはっきり覚えている。 また繰り返すんだ。 そう思った。この景色を、感覚を、前も経験したのだ。覚えてないが。 酷く、投げやりで、嫌な気持ちだった。 正直に言うが、スピリチュアルと言われるものが私はあまり好きではない。 それを特別なもののように扱って自分は他と違うと考えてい

          幼少期の思い出-2- | 5歳から9歳まで

          幼少期の思い出-1- | NYからハワイ、そして日本へ

          弟が産まれるまでニューヨークとハワイに住んでいた。 その頃の記憶は断片的なので散文的になる。当時を思い出すと、自分で言うのもなんだが普通の人間みたいだったなあと思う。 父親は新進気鋭のカメラマンだった。母はメイクの仕事をしていたらしい。 ニューヨークに事務所を立てて、車でいろいろな場所に行って写真を撮っていた。 父が荒野みたいな道で急に車を止めて、三脚を立ててハッセルブラッド1000F(※)を構える。暗幕みたいなのをかけて、そこに入ろうとして、ふとこちらを見て「おいでおいで

          幼少期の思い出-1- | NYからハワイ、そして日本へ

          すぐ対応しないと大事になりますよ

          こんにちは、お外が大好きなはずなのに、あれ、引きこもりでは?家から出られない、てか布団から出るのも大変っ。動けないから家はどんどん汚部屋になるし、誰から罵詈雑言吐かれてもおかしくない状況です。恐ろしいです。はるのみぃです。 題名は今の取引先から先ほど届いたLINEです。 私は火曜水曜と発熱と頭痛で会社を休み、木曜日は倒れて医師からドクターストップがかかったことにして離職依頼のメールを送りました。 金曜日は起き上がれませんでした。起き上がるために昨日からnoteを始めたと言っ

          すぐ対応しないと大事になりますよ

          わたしのこと

          私は37歳。空き家になっていた実家に住んで10年経つ。 私の居住を拒む母親に姿見を振り回し「ここは私の家です。ジャマをするなら殺します」と脅して住み始めたが、仮暮らしの予定が随分経ってしまった。 20代後半は原宿のメインロードを歩けば芸能事務所の名刺を30枚は押し付けられたし、会社から家に帰る間に毎日10人くらいにナンパされていた。 会社では背後霊のようなストーカーも何人もいた。 危ない目にも幾度もあった。 なので容姿はまあ、キレイめと言ってもいいだろう。 29歳の時、人並

          わたしのこと