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猫とわたし

初めての友達の話しをしよう。

小学3年生頃、私はよく児童館近くの公園で涙を流していた。
ほとんど毎日泣いていたので、泣くことは食べることや寝ることと同じようなものだった。
なんで? とか、どうして? とか聞かれても答えられなかったと思う。
人前で泣くと怒られるので、公園で泣いている。そんな感じだった。
泣いてるのがバレると怒られるので、ただ涙を流すだけだ。声は出さない。

その頃はまだ近所にたくさん野良猫がいて、たまに野良犬もいた。
季節は秋から冬になろうとしていて、日向ではよく子猫たちが遊ぶ姿が見られた。

道路脇の段差になったところに座って私が泣いていると、いつも膝の上に乗ってくる大きな白い猫がいた。
野良猫らしく体に傷がたくさんついていて毛がバサバサで、でもお日様の良い匂いがする猫だった。

猫は私の涙を舐めとって、ゴロゴロ言いながら服をモミモミした。
私は10年着れるように、身長150cm用のブカブカのダッフルコートを着ていた。生地が余った部分を寒くないように猫にかけてやる。二人羽織のようにして。
猫はゴロゴロ言いながら膝の上で気持ちよさそうにしていた。

私の初めての友達といってもよかったかもしれない。
私が泣いていると必ず猫は私を見つけて膝の上に乗ってきた。
一緒に日向ぼっこをしていると気持ちが落ち着いた。
雨の日は彼女が凍えていませんようにと神様にお祈りした。


児童館では夜に保護者が集まって相談をする場があった。
野良猫が増えていて問題になっていると話す声が聞こえてきた。
数日後公園には、水の入ったペットボトルがたくさん置かれていた。大人たちは猫はペットボトルが苦手だと何故か考えている。

私が座ると、ペットボトルをひょいと飛び越えていつもの白猫がやってくる。
「ペットボトル、こわくないんだね。よかったね」
猫の背中に顔を埋める。猫は私のダッフルコートをモミモミして、白い爪痕を残していった。
彼女の痕跡が自分の服に残るのが嬉しかった。
泣き終わるまで彼女はいつも側にいてくれた。


ある日、私が公園に行っても彼女は来なかった。
翌日も、その翌週も。

野良猫だからかな‥どっかいっちゃったのかな…
私はまた毎日、涙が終わるまで道端に座って1人で涙を流した。
ダッフルコートに残った白い猫の傷跡を触ると、心が温まるような気がした。
もう寒いから、どこか別の場所に行ったのかもしれない。

児童館の夜の会合は基本的に子供は話には入れない。
それでも近くで遊んでいると何を話しているかは何となく聞こえてくる。

……毒餌は効いた……
……数が少なくなって……
……これで安心……

呼吸が止まった。

大人は子供に説明なんかしない。
この世界は理不尽で暴力的だ。

もう白い猫は2度と姿を見せなかった。
子猫たちが戯れ合う姿もなかった。


たまに辛いことがあって、声を出して泣いてしまう時。
私は白い猫を恋しく思った。
冬が終わり春が来ようとしている。私は変わらず道端で泣いている。
日差しは温かくなったはずなのに、静かな公園は冷たくて硬くて孤独だった。

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