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小説「15歳の傷痕」―26

― You Were Mine ―

俺は半年ほど会話していないのに、お茶目なことをしてくる若本に戸惑いながら、セリフを探していた。
だが俺が言葉を発する前に、若本が先に喋った。

「ミエハル先輩、ちょっとだけ、いいですか?」

「…新入生が来るまで…だから30分ほどね」

「はい、分かりました。半年間、全然お話出来なくて…ごめんなさい」

「う、うん…」

「アンコンの時もミエハル先輩を避けるようなことしちゃって…ごめんなさい」

「うん…」

「理由は…」

「今更言わなくてもいいよ。若本も辛かったじゃろ。俺はお兄さん的存在なんだから、妹を責めたりはしないよ」

「先輩…それ、あの時の…」

若本はそれでも目を潤ませながら、言った。

「アタシはミエハル先輩に、酷い事を言いました。先輩が体育祭の日、一生懸命にせっかくアタシに告白してくれたのに、恋愛感情はないなんて。2学期に入って、村山先輩と付き合い始めて、アタシには一年越しの夢が叶った感じで、気分が浮わついてました」

「……」

「でもミエハル先輩に申し訳なくて、喋れなくなってしまって。ミエハル先輩は、アタシと普通に接しようとしておられる、それは分かったんですけど、アタシがミエハル先輩に申し訳なくて話さないようにしてしまって。その内、みんなからなんでミエハル先輩と急に喋らなくなったの?って聞かれ始めて…」

音楽室の中がザワザワしているのが、逆に救いだった。中には、久しぶりに若本と先輩が話しとる、と気付く2年の女子もいたようだが。

「それは自分も同じだよ。よく聞かれたよ」

「そうですよね、ミエハル先輩も聞かれますよね。アタシは最初は、ミエハル先輩を怒らせたからとか、誤魔化してたんですけど、その内誤魔化しきれなくなってきまして…。末田先輩に白状したんです」

「末田さんに?」

「はい。で、末田先輩は事情は分かったし、誰にも言わないから…と言って下さったんですけど、一言だけ、『そんな恋愛、楽しい?』って言われたんです。その言葉がずっとアタシの胸に刺さってて…」

「うーん…。俺が第三者でも、そう言うかもね」

「ですよね。だってアタシ自身、憧れていたはずの村山先輩とカップルになったってのに、後ろめたくて全然楽しくないし、ミエハル先輩が入院された時も、アタシと村山先輩の件で心労が溜まってたんじゃないかって声が、陰から聞こえてきたりして…」

「広田さんにも言われたよ。ミエハルは何でも背負いすぎるからいつか倒れるって」

「だから、本当の先輩の病名とかは知らないんですけど、物凄く責任感じちゃって、もう村山先輩とは付き合えない、別れようって、思ったんです。でもなかなか言えなくて、やっと言えたのがつい先日でした」

「村山からも、若本と別れたって、強引に聞かされたよ」

「えっ、そうなんですか?」

「村山が言うには、冷たい視線が刺さりすぎてて付き合えないって言われたとかなんとか」

「ちょっと言い回しはアタシの記憶とは違いますけど、当たらずとも遠からず、です。で、別れたんならまず報告しなきゃいけないのはミエハル先輩だと思ってたので」

「いや、別にそんな義務はないよ」

ちょっと敢えて冷たく言ってみた。

「アタシは、それだけ、2人の先輩を傷付けるようなことをしちゃったんです。傷付けただけじゃなくて、お2人の長年の友情も壊してしまったんです。謝らなくちゃ気が済みません。特にミエハル先輩はつらい思いをされてるのに、部活ではみんなのために明るくて楽しく振る舞われてて…。そんなミエハル先輩が1人で帰宅されてるのをたまたま見た時、ポツンと歩いておられて、物凄い色々な物を背負って寂しそうに見えたんです。そんなのミエハル先輩じゃないです。アタシ、思わず泣いてしまって…」

若本は再び目を潤ませながら喋った。

なんとなく1年生のクラスが集まっている反対側の棟の1階が、ザワザワし始めた。部活説明会が終わり、一旦教室へ戻ったのだろう。

「若本の気持ちは十分分かったよ。もうすぐ1年生が来るし、俺なんかのために涙を流すのは勿体ないよ」

「でも…」

「じゃあ、俺からの怒りの一発、受けてくれる?それで何も無かったことにしよう」

「はい、分かりました。覚悟してました」

「目を瞑って、歯を食いしばって…」

「はい!」

俺は若本の頭髪の分け目に、半年前までよくやっていた分け目チョップをした。

「終わり!これでオールナッシングだから。これからもよろしくね!わが妹ちゃん」

「えっ?ミエハル先輩…」

若本は何度目かの涙を浮かべていた。

「ありがとうございます!まだまだ先輩には教えてほしいことがあるので、部活、引退しないで下さい!」

「コンクールまでは、来るなと言われても来るよ」

「嬉しいです。本当に…ミエハル先輩と喋れるようになって良かったです!」

「そんな敬語、兄貴にはいらないから、半年前のように気楽に喋りかけてよ。多分俺は、パートでは打楽器に居続けなきゃいけなさそうだけど」

「そうなんですね…。先輩、引退までにもう一回バリサク吹いてみたいとかありませんか?心残りは?」

「まあ、無いと言ったらウソになる、くらいかな。あ、1年生の姿が見えたよ。じゃあ続きはまたね」

「はい!」

若本は慌ててサックスのパート練習の場所へと駆けていった。もしかしたら今度は、村山と若本が話さなくなるかもしれないが、そこまではもう面倒は見れないな…。

「失礼します!1年生の政本といいます!サックス希望です!」

「おっ、元気がええね!今年の第1号見学希望者じゃね。そしたら今日は見学か、あるいはもう正式入部でもいいか、ノートのどっちかにクラスと名前を書いてね」

「俺、マイアルトを持ってるので、正式入部させて下さい!」

「なに、マイアルトがあるの?嬉しいな~。じゃあもう決定だね」

「あ、それと部長、部活紹介の演説、サイコーでした。俺にもあんな喋りが出来るよう、コーチして下さい」

「あっ、あれは俺のアドリブ全開で、何とか笑わせて関心を惹こうとしただけじゃけぇ、あんまり真似するほどの価値はないよ~」

でも俺は、渾身の練りに練った漫談…いや、部活紹介が、新入生に響いていたことが、嬉しかった。

「そうなんですか。アドリブかぁ…。俺の弱い所だ~。では気を取り直して、サックスの練習場所はどこですか?」

「サックスはね、同じ5階の…」

と、入部希望者第1号の新1年生、政本君の相手をしていたら、気付いたら結構な数の新入生が列を成していた。

(おわっ、1人1人対応しとったら日が暮れる!)

「3年生~、1年生が予想以上に並んどるけぇ、助けて~」

何名か音楽室で喋っていた3年生が、新入生を捌く助っ人を買って出てくれたが、こんなに見学希望者が多いとは思わなかった。


「じゃあ、今日のミーティングは終わります。1年生の皆さん、明日も来てくださいね。ではお疲れさまでした」

生真面目な新村新部長による初めてのミーティングが終わった。

俺は新入生を捌くだけでドッと疲れが溜まった。

4月早々に受験勉強に専念したいから早めの引退を仄めかしていた元副部長カップル、大村と神戸も、今日は大変だろうと助けに来てくれたのが大きかった。またこんな時になると張り切る村山の存在も助かった。

続々と新1年生から音楽室を出ていく中、俺がミーティング後に一息入れていたら、宮田のアネゴがやって来た。

「ミエハル先輩、部活紹介でどんなスピーチしたんです?アタシが確保したよ~って言ってた元バスケ部の後輩も、さっそく打楽器に何人かと一緒に来てくれたんですけど、とにかく吹奏楽部の部長の喋りが一番面白くて、他の部に入ろうなんて気は失せたって言ってましたよ。でもミエハル先輩が何を言ったかは、秘密っていって、教えてくれないんです」

次に同じく俺が何を言ったかを聞きに来たのは、同期の山中だった。

「上井、お前、落語でも喋ったんじゃろう。トランペットから流れてトロンボーンでもいいって来てくれた女の子が、部活説明会で吹奏楽部の部長さんが喋ってたのが一番楽しかったです!って言ってたぞ」

俺は内心、ヤッター!と思いつつも平常心で、

「いやいや、普通のことしか喋っとらんって。楽器を吹けたり叩けたりしたら将来モテるよとか、体育祭の時にテントの中におれるとか、その程度だよ」

「それか!普通、部活紹介でそんなこと言わんって。お前、大学行ったら落研(落語研究会)に入れよ。将来プロになったら、応援しちゃるけぇ」

山中は苦笑いしながら返した。

「まあまあ、そんな俺の出番ももう今日で終わりだよ。あとは新世代に任せなきゃ。なっ、新村君!」

「はっ、はい…。でも俺にも、先輩のような人を惹きつける話術がほしいッス」

「大丈夫、大丈夫。俺みたいな奴のほうが変なんじゃけぇ、新村君は新村君の路線で行けばいいんよ。さあ3年生の諸君、帰ろう、新村君が鍵を閉められなくて困ってるよ」

一通り3年生が音楽室から出た後、新村に少しアドバイスを送り、俺は下駄箱へと向かった。

まだ各部活では、運動系を中心に終わってない部もあり、久々に賑やかな感じだった。

(あ、俺は3年7組だった…。つい2年7組の下駄箱へ行こうとしてしまう…)

苦笑いしながら場所を確認し、靴を履き替えたら、そこに1人の女子がいた。

「ミエハル先輩!久しぶりに一緒に帰りませんか?アタシの家までですけど…」

若本だった。


俺と若本はゆっくり歩きながら、色々と喋った。

「超久しぶりですね。ミエハル先輩と帰るのって」

「俺がフラれた日だから、去年の体育祭の日以来だよ」

「そうですよね。半年以上ぶりなのかぁ…」

「村山は?」

「一緒に帰る訳ないですよ。さっきもアタシの顔を一瞥して、とっとと帰っていきました」

「一昨日まで彼女だったのに、つれない奴だなぁ」

「でも、ミエハル先輩に対しても、アタシ、同じようなことしてましたよね?」

「ああ、部活とか帰り道とかでね。俺は普通に話そうと思って、声を掛けようとしてるんだけど、スッと目線を逸らされて…」

「だから、今になってあの時のミエハル先輩の心境が分かるんです。本当に申し訳ないことをしたなって」

「もうさっきの分け目チョップで済んだし、いいんだよ。まあ、あの時って俺も焦ってたし、多分みんな焦ってた。焦ってないのは桧山さんくらい?」

「あ、桧山は独自に動く人間ですから」

「じゃあ見事に三角関係じゃん。その中で一抜けしたのが若本で、受けた村山は二番手。残った俺は三分の一の失恋…昔中学の時に似たようなことを言われた気がするなぁ」

ふと俺は、中学時代に俺みたいな男を好きだったと言ってくれた、学校一のアイドル、山神恵子を思い出した。今頃何してるかなぁ。卒業式でボタンをもらいに来てくれた福本さんも、順当なら高校に入ったはず。豊橋の高校なんだろうなぁ。

「中学時代、ミエハル先輩はモテてたって聞いたことがあるんですけど、その関係ですか?」

「もうね、バレンタインデーはチョコを断るので大変!…んな訳無いってば。唯一、中3の時に今は大村夫人となった神戸さんと、半年ほど付き合っとっただけだよ。この話は聞いたことあるじゃろ?」

俺はちょっとだけ、嘘をついた。

「あ、はい…。それと去年、いやもう一昨年かな、伊野先輩にもフラれたって聞きました…」

「ね、モテないじゃろ?誰が言ってんだか知らないけど、俺はモテない運命なんだよ」

というタイミングで、自動販売機を見付けた。

「懐かしいな、自販機」

「先輩、今日はアタシが先輩に奢りますよ」

「えっ、いいよ、俺が出すよ」

「ダメです、せっかくミエハル先輩と仲直り出来たんですから、アタシに出させて下さい」

「あ、ありがとう」

若本は、俺が好んで買っていた缶コーヒーの銘柄を覚えていた。

「はい、先輩」

「ごめんね。次は奢るよ」

「あ、今の言葉忘れないようにしなきゃ…」

「忘れても大丈夫だっつーの」

「じゃあ先輩、乾杯しましょう!」

「ん?缶コーヒーで?」

「そう。仲直り記念の。せーの、カンパーイ!」

俺と若本の缶コーヒーがぶつかり合った。

「あー、美味いね!奢ってもらったから更に美味い!」

「でも先輩、いつも奢ってもらってましたけど、その件についても謝らなくちゃと思ってるんです」

「もしかして、俺じゃなくていつも村山からもらうようにしてたこと?」

「えっ、なんで知ってたんですか?」

「最初は気付かなかったけど、なんで俺からの缶コーヒーはいつも桧山さんが受け取るんだ?って思うようになってね。だから若本は、村山のことを好きなのかな…と思ってはいたんだ」

「先輩、観察眼が凄過ぎです。脱帽です。帽子被ってないけど」

「ははっ、やっぱり俺と若本って、こんな掛け合いしてる方がいいんだろうね。無理にカップルになるよりも」

「変な言い方ですけど、そうかもしれません。漫才の相方みたいな…。恋愛だと、究極の行き着く先は結婚するか別れるかの二択じゃないですか。そんなんじゃなくて、アタシにも旦那がいて、先輩にも奥様がいて、それでも2人出会って喋ると漫才みたいって関係、理想ですよね」

「確かにね。俺、フラれた相手とこんなに早く仲直りしたのは初めてかもしれん」

「ハハッ、そうですか?ん?というと、神戸先輩や伊野先輩とは…?」

「神戸さんが、中3の時に俺をフッたのが高校入試直前で、その後も新しい彼氏に困ったことがないという女性なんよ。今は大村と長期政権を築いてて、これは結婚まで行くな、いや、行ってほしいと思ってる。でもまだ神戸さんとは、去年部活上の会話は出来たんじゃけど、プライベートとかは全く…。で、もう引退するっていうから、また話せなくなるんじゃないかな。なんというか、その中3の時にフラれた傷が大きすぎて、俺のその後の人生に多大なる影響を及ぼしてるような気がするんよね」

「というと、傷の完治は、まだですか?」

「もちろん!」

「先輩、そこ元気に言う所じゃないって!」

「そう?あと伊野さんはね、今もフラれた原因が分からないんだ。村山は俺と伊野さんを喋れるようにしようと、会計のパートナーにしたらしいんだけど、結局去年の後半から村山とも絶縁状態になっちゃったから、願いは叶わず、だね。伊野さんも引退組だし」

「あちゃあ、先輩、つらい目にばっかり遭ってたんですね…ってアタシも加害者か」

「そうだよ~。だから俺、もう女の子を好きになるのは辞めたんよ。告白してもフラれるばっかり。もう傷付きたくないから…」

「えー、それは勿体無いです。絶対にミエハル先輩を好きな女の子っていますよ!」

「いないよ、そんな子。いたら教えてよ」

俺はいつもこの展開になるのが、嫌だった。それが…

「分かりました!今度、教えますね、先輩♪」

「ん?なんだって?俺の事を好きな女の子がいるの?まさかぁ…」

「先輩、もっと自信持って下さい。あ、アタシの家に着いちゃった。次に先輩にお会いするときに、その子の名前を教えますから。では失礼します!」

「あ、じゃあまた…」

俺は狐に摘ままれたような気持になった。

(俺のことを好きな女の子がいるって?マジか?でもガセネタじゃないのか?若本の親戚の友達の友達から聞いた話だとか…)

とにかく恋愛面では疑心暗鬼になっていた俺は半信半疑のまま、若本と別れ、家路に着いた。

昨日と今日で色々あり過ぎた俺は、家に着くなりベッドに倒れこみ、そのまま眠り込んでしまった…。

(やっぱり彼女、ほしいなぁ…)

(次回へ続く)




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