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小説「年下の男の子」-20

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第19章「5月4日」-3

「想像以上の混雑だね…」

レストラン街のある階に着いたら、人混みでごった返していた。

「朝子は食べたい店とか、決めてたの?」

「うん。スパゲッティの美味しいお店!でも一番行列が凄いね…」

「スパゲッティかぁ、いいね。でも確かに、いつ食べれるんだろう…」

2人はスパゲッティの店の入り口から続く入店待ちの行列を見て、顔を見合わせていた。

「かなり時間が掛かりそうだから、もし正史くんさえよければ、先にランチの後に行く予定にしてたお店に行かない?」

「ああ、俺なら大丈夫だよ。バレー部時代も昼飯なしで水だけで夕方まで過ごしたことがあるし」

「それならアタシも経験してるよ。じゃ、お互い元バレー部の経験を生かして、しばらくランチは我慢して、先にアタシの行きたい店に行ってもいい?」

「うん、そうしようよ」

「やった〜、ありがとっ、正史くん」

原田は笑顔で、井田の腕に自分の腕を絡ませた。

(む、胸が当たる…)

井田は柔らかい感触を右肘に感じつつ、照れながら原田の行きたい店へと向かった。

エスカレーターで2階ほど下がり、女性ファッションのフロアに来た。

「なかなか俺には厳しい世界だね」

井田はいつの間にか汗をかいていた。なんでエスカレーターを降りてすぐの場所に、女性下着専門店があるんだよ…

「まあエスカレーター周りはね。でもアタシが行きたいのは違うところだから、付いてきてね」

そう原田が言って井田を連れて行った店は、奥にあるスポーツ用品店だった。

「スポーツ店?」

「そう。女性フロアにあるから、男子は入りにくいかもね。ここはアタシがバレーに燃えてた頃から、よくお邪魔してたの」

「なるほどね。でもなんで今日、ここに来たかったの?俺とバレーボールごっこでもする?」

「違うよ~」

原田は苦笑いしながら、ある方向を指さした。

「昨日から特設コーナーが出来たの。で、今年の夏に着れるのとかないかな~って思ってね」

原田が指さした方向には、

【この夏を華麗に過ごそう♪最新水着でアナタもアタシもクールでホットな夏に!】

という看板、ポスターがあり、その下には水着を着たマネキンが多数展示されていた。

「み、水着?!」

「…うん。ちょっと早いよね。でもね今年の夏、アタシは絶対に正史くんとプールか海に行きたいんだ。アタシの昔からの夢なの。彼氏が出来たら、一緒に泳ぎに行くっていうのが…。そして一日の終わりに、どこかで2人で花火したいの。その夢を叶えたくって、少しでも早く水着を買いたいなって思ってね、それで今日、正史くんをSデパートに誘ったんだ」

「そうだったんだ。なんか朝子、可愛いよ」

「えっ、そんなこと言われると…照れるよ…」

原田は年上と思えないような仕草で、照れていた。

(可愛いよ、朝子!本当に朝子が彼女で良かった〜)

井田は照れて顔を赤くしている原田を見て、改めて感じていた。

「ところで朝子は、今まで着てた水着はどんなの?」

「…実は、スクール水着しか持ってないの」

また原田は照れて、俯いてしまった。

「そうなんだね。じゃあ俺が初めて、朝子のプライベート水着を見る男になるんだね」

「ありがとう、正史くん。前向きに言ってくれて。笑われたらどうしようって思ってたんだよ」

原田は少し上目遣いで井田を見上げながら、そう言った。

「だって俺も、スクール海パンしか持ってないから」

井田は正直に言った。これまで夏に泳ぎに行ったのは、小学生の時に家族と海に行っただけで、あとは学校の授業でしか泳いでないからだ。だから学校指定の海パンしか持っていなかった。しかも中学時代はバレー部の活動で夏休みを潰していたので、とても友達とでも泳ぎに行こうという発想にはならなかった。

「そうなんだ!じゃあさ、アタシの水着もだけど、正史くんの水着も買おうよ」

「えー、俺のまで?俺、今日はそこまで予算が…」

「心配しないでいいよ。アタシが出してあげるから」

「それはそれでなんか恥ずかしいような…」

「今日はアタシの我儘に付き合ってくれてるんだから、それぐらいは彼女としてプレゼントしてあげるよ。たまには甘えて、ね?」

と言って、原田は首を傾げてみせた。井田の好きな原田のポーズだ。

(うわっ、このポーズをやられたらダメだ〜。か、可愛い…)

井田は原田に、水着を買ってもらうことにした。その前に、まずは原田の水着だ。

「ね、ねぇ、正史くん…。アタシの水着、どんなのが、いい?」

「えっ、それは朝子が着たいのを探せば良いんじゃない?」

「んもう、女の子は、好きな男の子のために水着を選びたいの!正史くんの好み、教えてよ」

少し頬を膨らませながらそう話す原田も可愛いと、井田は思った。

「じゃあ、思い切ってビキニはどう?」

「ええっ、ビキニ⁉️」

「うん。でも恥ずかしいなら、競泳用水着みたいなのにしとく?」

「ビキニ…は恥ずかしいな…。でも、正史くんがそう言うなら…」

「挑戦してみる?朝子はバレーボールやってたから、絶対に似合うと思うよ」

井田は率直に朝子のビキニ姿が見てみたかった。男としての欲求もあったが、欲求抜きにしてもきっとビキニが似合うと思ったのだ。

「うん!分かったよ。チャレンジしてみるね。じゃあ何着か探してみようかな…」

「そうそう、チャレンジしよう!」

「試着したら、正史くん、似合ってるかどうか、ちゃんと言ってね」

「そりゃもちろん」

「その代わり、正史くんの海パン、アタシが選んでもいい?」

「うん、男の海パンなんて、女の子の水着ほど種類はないでしょ。朝子の好きな柄のでいいよ」

「よーし、正史くんがアッと驚く海パン選んじゃお!ワクワク!」

原田は自分用のビキニより、井田の海パン選びに興味が湧いているようだった。

「あ、朝子…、まずは朝子のビキニを選んでよ…」

井田は何となく漠然とした不安感に襲われつつ、先に原田のビキニを選ぶよう、促した。

「そうね。何だか楽しくなってきたよ、アタシ」

原田はそう言いながら、水着コーナーの内、圧倒的面積を占める女性用水着コーナーへと入って行った。

井田は原田の後を追うように、付いていった。

(本当に女性用の水着って、カラフルで種類が多いなぁ…)

ビキニコーナーは、下着コーナーを回っているようで、井田はここにいていいのか自問自答してしまった。原田が近くにいなかったら、絶対に変質者として捕まるだろう。

そのビキニコーナーの中から、原田は3着ほどビキニを選び、井田に見せた。

「ね、正史くん、どうかな…」

3着とも色合が違っていて、大雑把に白系、青系、黒系を選んだようだ。

「なんか、俺まで照れるけど…。朝子が気に入ったなら、まず試着したら?店員さんを呼べばいいのかな?」

井田は本当に照れてしまい、原田の顔を正面から見れなかった。

「そうだね。試着室を探して…、あっ、すいませ~ん。試着していいですか?」

原田は店員さんを捕まえて、試着室を案内してもらっていた。その際に、下着を着たまま試着することと、試着後はボタンを押して連絡するようにと言われていた。

「はい、分かりました」

「ではごゆっくり、彼氏さんとお選びくださいね」

店員さんは試着室前まで原田を案内すると、微笑みながらそう言った。

「正史くん、店員さんにはバレバレだったよ~。アタシ達がカップルだってこと」

「い、いいじゃん!それもまた嬉しいことだよ」

とお互いに照れていた。

「それとあのね、一つお願いがあるの…」

原田は甘えるような言い方で井田に頼み事を伝えた。

「試着する時、下着は着けたままで、って店員さんに言われたの。ビキニの水着からアタシの下着がもしはみ出てても、気にしないで、見ないふりしてね…」

「えっ、ああっ、うん…わ、分かったよ」

突然そんなことを言われ、井田は戸惑った。

(そんな、見ないふりなんか出来ねーよ!)

と内心では思ったものの、そんなこと言えるわけがない。ここはおとなしくしておくのが得策だ。

試着室に入った原田の、カーディガンとワンピースを脱ぐ音が聞こえる。

それだけで井田は、試着室の中で下着姿になっている原田を想像してしまい、ドキドキが止まらなくなっていた。

床に置いてある3着のビキニから、まず原田は白系のビキニを手に取ったのが分かった。

そこからはまだ商品なので、原田が慎重に水着を扱っている様子が、カーテン越しにも伝わってくる。

井田にとってはとても長く感じられた時間が過ぎ、やっとカーテンが少し開いた。

「正史くん…」

原田が真っ赤になった顔だけ出していた。

「朝子、照れてるの?全部見せてよ」

井田も顔を赤くしながら言った。

「最初に言っておくけど…。笑わないでね」

「笑うわけないじゃん!」

「じゃあ、まずこのビキニ…見てくれる?」

「うん。見せて」

原田はカーテンを開けた。

「おぉ…」

思わず井田は溜息が出てしまった。

「朝子、凄い似合ってる!可愛いよ!」

「ホントに?」

白いビキニを着た原田は照れながら、首を横に傾げた。そのポーズがまた井田を喜ばせる。本当に可愛くて似合ってて、井田は自分の彼女だとは思えないくらいだった。
ちなみに白ビキニだからか、下着がはみ出ているとかどうかは全く気にならなかった。

「もう、俺はこの白ビキニで十分じゃないかと思うけど」

「そ、そう?でも、一応あと2着持ってきたから、もう2着も見てみて」

「うっ、うん。分かった!」

再びカーテンが閉ざされ、原田が慎重に白ビキニを脱いでいるのが分かった。自分の彼女がカーテン越しではあるが、試着室でビキニの試着のために下着姿になり、ビキニを着たり脱いだりしている環境は、高1の男子には刺激が強すぎる。
井田は体の異変を周囲に悟られないように、前屈みになってその場にしゃがんだ。

「正史くん、今度はどう?あれ?しゃがんだりして、大丈夫?疲れた?」

と、今度は最初からカーテンを全開にし、原田は黒系のビキニを試着して、井田に見せてくれた。
今度は黒系のビキニとあって、嫌でもビキニから少しはみ出ている下着が目に入ってしまう。
ブラジャーの肩紐も、ビキニの方が細いから否応なしに見えてしまうし、パンツもビキニの方が小さいから、多分朝子は下着のパンツを無理矢理ビキニのパンツの中へ押し込んだのだろうが、所々はみ出ていた。

こういうのを、目のやり場に困るというんだな、井田はしゃがみながらそう思いつつ

(今日の朝子は、あんな下着だったんだ…)

という男の好奇心と心の中で戦っていた。

「正史くん、お腹でも痛いの?大丈夫?」

原田はしゃがんだままの井田を気遣い、そう言った。

「あっ、お、俺なら大丈夫。ずっと立ってたから、その、疲れちゃって」

「ゴメンね、もう1着あるから…。ところでこの黒系ビキニはどうかな?」

原田は下着のはみ出しなど気にせず、井田に聞いてきた。

「白も良いけど、黒だと大人っぽいね!悪くないと思うよ」

「ありがとう、大人っぽいだなんて、照れちゃう…。じゃあ、もう一つだけ試着するから、待っててね。ゴメンね」

原田はそう言い、カーテンを閉めた。
井田は悶々とする自分の気持ち、身体をなんとか鎮めようとしていたが、白いビキニに黒いビキニ、そして黒いビキニからはみ出ていた下着を思い出すと、男としての本能、煩悩、生理現象を理性で押さえ込むのが、かなり辛くなっていた。

そんな井田のことを知ってか知らずか、試着室内では原田が慎重に黒ビキニを脱いでいる音、次の青系ビキニを着用している衣擦れの音が聞こえてくる。

井田はなんとか少しでも理性を取り戻そうと、必死に数学の公式や英語の構文を思い出していたが、そんな努力はなんの意味も無かった。

ますます立ち上がれなくなった状態の井田の前に、再びカーテンが全開になり、青系ビキニを着た原田が現れた。

「正史くん、このビキニはどうかな?あ、正史くん、しゃがみ込んじゃって大丈夫?どこか痛い?」

「だ、大丈夫だよ!なんともないから!本当に!」

青系ビキニも、さっきの黒ビキニと同じで、ブラジャーの肩紐やパンツがはみ出ているのが見えてしまう。

「本当に大丈夫?無理しないでね。アタシの我が儘のせいで正史くんがダウンしたら、責任感じちゃうから…」

と、原田もしゃがんで、井田と同じ目線になり、井田の頭をそっと撫でた。

(か、勘弁して…)

井田はビキニがこんなに刺激が強い水着だとは思わなかった。ワンピース水着を勧めておけば良かった、と後悔した。

「ねぇ、正史くん、3つのビキニ着てみたけど、どれが良かったかな?」

と原田は首を傾げながら、井田に聞いてきた。
井田が好きな原田のポーズだが、今はもはやどれでも良いから、この環境を脱出して、平静を取り戻したかった。

「ど、どれもいいよね…。じゃあさ、俺と朝子でジャンケンして、俺が勝ったら白ビキニ、朝子が勝ったら黒ビキニ、アイコだったら今着てる青ビキニ、そうしない?」

「あっ、それ楽しいね♫じゃあジャンケンして決めよう!アタシも、3つのビキニ、どれも可愛くってさ、いっそ全部買おうかと思っちゃったけど、流石にそこまでしたら予算がなくなっちゃうから…」

原田は苦笑いしながらそう言った。

「じゃあ、最初はグーで、一発勝負ね」

「分かったよ!よーし、最初はグー!ジャーンケーン・・・」

結果は2人ともチョキを出して、アイコになった。

「アイコだ!ということは、今着てる青系ビキニね。じゃあこれにするね、正史くん。じゃあ着替えるから、ちょっと待っててね」

カーテンが閉ざされ、原田が慎重に青系ビキニを脱ぐ音、そして下着を整えて私服を着る音が聞こえる。
井田はやっと落ち着ける…という気持ちの方が大きかった。
そして男の自然生理現象とは、自分の理性ではどうにもならない時があることを学んだ。

しばらくしたらカーテンが開き、さっきまでと同じ姿をした原田朝子が、3着のビキニを丁寧に畳んで持っていた。

「ごめんね、正史くん、待たせちゃって」

「ううん、大丈夫だよ」

「お腹は?疲れとかは大丈夫?」

「大丈夫!復活したよ!」

「良かった!じゃ、店員さん呼ぶね」

原田は試着室の中にあるボタンを押し、店員さんを呼んでいた。そして白ビキニと黒ビキニを店員さんに返し、青ビキニを買いますと告げた。
ではレジへどうぞと言われたが、すいません、彼の海パンも買いたいので…と男性水着コーナーの場所を聞いていた。

「正史くん、男性水着はちょっと奥の方だって。行こうよ!」

と青ビキニを手にした原田が井田の手を取り、男の水着コーナーへと誘導した。

女性水着コーナーに比べると、圧倒的な面積の少なさだ。

「ねえねえ正史くん、さっきの約束覚えてる?」

「え?なんだっけ…」

「もう、忘れちゃってる。正史くんの水着、アタシが選ぶって話しだよ」

「あ、それね。はいはい、思い出したよ。うん、朝子がコレだってのを好きに選んでもらっていいよ」

「やったー!彼氏の水着を選んであげるっていうのも、アタシの夢の一つだったの。ちょっとアタシの青ビキニ持って、待っててね」

原田は青ビキニを井田に預け、男性用水着のコーナーへと入っていった。

(うーん、男が女性用水着や下着コーナーへ入ると変態扱いなのに、逆が許されるのは何でだろう…)

と井田はベンチに座って、嬉々として正史用の海パンを探す原田を眺めていた。

「正史くん!2枚、選んだよ!」

原田は嬉しそうな顔をして、ちょっとウトウトしていた井田の前に戻ってきた。

「あ、ありがとう。って、2枚?1枚で良いのに」

「あのね、2つまで候補を絞ったんだけど、どっちかを選ぶことがどうしても出来なくてね、じゃ、女性用ほど値段は張らないから、どっちも買っちゃおうって思ったの」

「どんな海パン?」

「んーっとね…今夜、アタシの家でお披露目!それまではヒ・ミ・ツ」

と言って原田は、井田の手から青ビキニを取ると、レジへと向かった。

「ちょっ、秘密って、なんなんだよ~」

井田は慌てて原田の後を追った。女心って分かんねー! 

<次回へ続く↓>


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