小説「15歳の傷痕」―25
― SOMEDAY ―
1
「上井、1年間お疲れ…」
村山はそう言って話し掛けてきた。
「悪いけど、俺は疲れてない。疲れたのは恋愛面だけ。じゃあな」
俺がそう言って立ち去ろうとすると、村山は強引に俺の腕を掴んだ。
「まあまあ…。上井!悪かった、何もかも!土下座しろというなら土下座する。だから話を聞いてくれ」
俺はそれでも村山の顔は直視しなかったが、敢えて顔を逸らしたまま、言った。
「…もしかして、若本と別れたんか?」
村山は俺の言葉を聞くと、唇をグッと噛み締めながら言った。
「…別れた。というか、フラレた」
「フラレた?」
意外な展開に、俺は村山の方へと向き直った。
「ああ、若本にフラレた。昨日ね」
「昨日?昨日は入学式用の練習して、特に変わったことは無かったと思うけど…」
「その帰り道だよ」
「帰り道…」
「若本が言うには、俺と若本の2人は、明らかに部内で浮いてるって。視線が冷たいって」
「……」
「体育祭の日にお前が告白したのを断った理由も、実は俺が、上井から告白されたらこう言ったら?って教えといたんだ…」
「は?」
「ごめん、初めから言うよ。若本と桧山が中3の時、俺らの高校の体育祭を見に来たらしい」
「…それは、俺も聞いた」
「俺が自分で言うのもおこがましいけど、体育祭でトランペットにいた俺を見て、一目惚れしてくれたんだって」
「ふーん」
自慢話か?
「で、元々高校に入っても吹奏楽部に入ろうとは決めてたけど、俺を見付けたことで、高校に入ったらいつか俺に告白したいと思ってた…んだって」
「はあ、そう」
「で、本来あの子が吹きたかったバリサクはお前が吹いてただろ?だから夏のコンクールで棚ボタでバリサク吹けたのは、本当に嬉しかったらしいよ」
「だから?」
「ごめん、急ぐよ。途中まで、俺と上井、若本と桧山っていう4人で帰ってたじゃろ」
「そうだったね」
「その時も会話はお前とよくしとったけど、必ずあの子は俺の横にいるようにしてたんだって」
「そう言えば…俺と村山が缶コーヒーを奢る時も、俺が渡そうとしたら桧山さんが受け取って、村山が渡す缶コーヒーは若本が受け取ってたな…」
色々と思い出して来た。
何だかんだ言って、俺はピエロだった訳か。
「で、2学期に入ったある日、4人で帰っとる途中で、手紙を若本からそっともらったんよ。去年の体育祭の時から好きでした、付き合って下さい、って」
「ふーん…」
「その時点で俺は誰とも付き合って無かったから、次の日にOKの手紙を返して、付き合い出したんよ」
「それが、体育祭の前ってことか」
「…そう」
俺は瞬間的に怒りが爆発した。
「じゃあその時に教えてくれよ!それから体育祭の日まで、俺は馬鹿なピエロだっただけじゃろう?若本は脈ありみたいなことばかり言うし、俺は何も知らんから今度こそ付き合えそうだと思って、一生懸命色々考えて…。まあ、俺もそんな動きをお前に言わなかったのは悪かったけど」
一気に溜まっていた怒りを発散したら、ハァハァと肩を上下にゆするほどだった。
村山は俺の怒りを受けて、絞り出すように応えた。
「…俺は単純に彼女が出来て嬉しかった。だけどお前が若本を好きだってのも知ってた。だから言い出せなかった。若本はお前を傷付けたって思いを背負ってたから、お前に近付かなくなって、それが余計に部内でオカシイって言われ出して。誰もが、どうして急にお前と若本は話さなくなった?って疑問に思い始めて、お前に聞いたり、若本に聞いたりしたじゃろ」
「俺は後輩から何度も聞かれた。誤魔化してたけど、アンコンの後に広田さんに聞かれて、これ以上堪えきれんところまで来てたから、俺なりの立場、経緯を一気に喋ったよ。広田さんは俺に同情してくれて、涙まで流してくれたよ…」
「……」
「それ以来、凄い広田さんは俺のことを気にしてくれて。事ある毎にミエハル大丈夫?って聞いてくれて。俺が入院した時も、原因はあの2人じゃないの?って言ったりね」
「だから俺が打楽器にコンバートしても、広田さんは冷たかったんか…。もっぱら1年生の宮田さんが俺に教えてくれたから」
しばらく沈黙が覆った。
その沈黙を破ったのは、村山だった。
「…若本が言ったよ。『こんなに周りから冷たい目で見られるのはもう嫌だ、別れて』って。俺も何も言い返せなかった。順番が間違ってたんだよな…。お前は若本にフラレた後も、表向きは元気に明るく振る舞ってたけど、ポツンとたまに1人でいる時とか、帰り道に1人で歩いてる姿を見たら、物凄い落ち込んどったのが分かったし」
「落ち込まない訳、ないじゃろ。俺は神戸、伊野、若本、3人の失恋相手がおるんよ、吹奏楽部に。こんなミジメな奴、なかなかおらんよ。神戸とは業務的な会話は出来るようになったけど、伊野さんは結局会計やりながら一度も俺とは話さなかったし。トドメが若本だ。俺はもう、女性不信を通り越して、人間不信になってた」
「……」
「誰を好きになっても、惨めにフラれるだけ。信頼してた友人には裏切られる。それでもこの半年、俺を支えてくれたのは、福崎先生と広田さん、宮田さん、あと意外かもしれんが、大村。そして純粋な1年生の後輩達からの『ミエハル先輩!』って明るい声だよ」
「……」
「じゃけぇ、俺はもう、女の子を好きになるのは本当に辞めた。絶対上手くいかない、いくわけがないから」
「そ、それは行き過ぎじゃないんか?お前の事を好きだっていう女子は絶対にいるって」
「じゃあ、俺の前に連れて来てくれよ、俺みたいな男を好きだっていう女の子を。いないだろ?想像も付かないだろ?だから、もう俺は中3の3学期に神戸にフラれた時点で、恋愛の神様に見捨てられてるんだ。何人から同じ慰めの言葉を言われたと思ってる?」
「まだ分かんないって、そんなの。今年の新入生の女子で、お前の事を好きになる女子がいたらどうする?」
「いない、そんな奇特な女子は。絶対にいない。俺のことを好きになるなんて、それはもはや、ボランティアだよ。俺はもうモテないし、モテようとも思わない。それでいいんだ。これだけ女子が多い環境で、部活も女子が圧倒的に多いのに、ラブレターもバレンタインの本命チョコも一度も貰ったことがない、呼び出されて告白なんて、夢のまた夢。これが何よりの証拠なんだ」
実際に俺はもう、女子を好きにならない、万一好意を持ったとしても絶対告白しない、と硬く心に決めていた。それは今決めた訳ではない、去年若本にフラレた後に、既に決めたことだった。
しかし村山とここまで言葉の応酬をしたことが今までにあっただろうか?
多分初めてだ。
ここまで溜めに溜めていた思いを吐き出すことで、俺は村山に対する頑なな気持ちが氷解していくのが分かった。
村山も村山で苦しんだんだろう。
俺は自然に、村山に握手を求めた。
「…上井?」
「もう、俺が言いたかったことは全部言ったから。結構キツイこと言ったやろ?悪かったね」
村山も握手に応じてくれた。
「なんだろうな、お互いに独自の道を探しながら、一番大事な親友を傷つけ合って、結局お互い若本にフラレた同士になったよな」
「上手いこと言うなぁ。ハハッ」
「とりあえずもう一度。上井、部長の1年間、お疲れ様」
「ありがとう。会計もお疲れ様」
「ありがとね。俺が去年会計で伊野さんを指名したのは、役員やってる内に、お前と伊野さんが話せるようになってほしいって思いがあったんよ」
「そうなん?」
上井は、初めて村山が会計のパートナーに伊野さんを選んだ意図を知った。
「じゃけど、伊野さんの心は頑なだったなぁ。結局上井、喋れてないだろ?」
「原因不明にフラレて以降はね」
「次は伊野さんとの仲直りか、俺の仕事は」
「無理せんでもええよ。多分、伊野さんはブラスにはもう出てこんだろうし。クラスも違うから、無理してもっと険悪な関係になりたくないんだ、もう」
「そうか?でも話せるに越したことはなかろう?」
「それはそうじゃけどね。まあ帰りながら話そうや」
と靴に履き替え、帰路に着いた。
そんな俺たちのやり取りを遠くから見ていた女子がいたのを知るのは、後のことになる。
2
「では次、文化部の紹介をします。最初は吹奏楽部からです。部長さん、お願いします」
今年の新入生担当の教務主任の先生が、スポーツ系の部活照会が終わった後、そう言って俺にサインを出した。
俺の部長としての最後の仕事、入学式翌日の、新入生への部活説明会での吹奏楽部紹介演説だ。
最初は楽器でも持ってこようかと思ったが、歴代の部長がそんな奇をてらったことはしてないことに気付き、喋り1本で勝負しようと決めて登壇した。
「新入生の皆さん!入学おめでとうございます!吹奏楽部の部長をしてますと言うか、していました、上井と言います。
さて皆さんは昨日の入学式、何のメロディーでこの体育館に入場し、退場しましたか?そうです、我々吹奏楽部の演奏です。もし私達、吹奏楽部がいなかったら、レコードの音楽で、入退場したり、校歌を歌ったりと言うことになります。それは寂しすぎますよね、ねっ?まず私達は、学校行事に欠かせない部活だということをアピールさせて頂いた上で、本題に入りますね。
きっと新入生の皆さんの中には、多くの吹奏楽部経験者がおられると思います。でも多分、その半分くらいは、高校に入ったら楽器なんか辞めたるって思ってるんじゃないかと思います。
いや~、それは実に勿体無いですよ!何が勿体無いって、楽器を吹ける、叩けるってことは、一生の財産です。卒業された先輩が言ってたのですが、
『俺、サックス吹けるんやで』
『俺、トランペットのトップ吹いてたんやで』
こう言っただけで、周囲の見る目が変わる!それだけ、楽器を吹ける、叩けるってのは、将来的にも尊敬される可能性大なんですよ~。
これで、吹奏楽部に入ったら将来的にも魅力的だというのが、3/4ほど伝わったと思いますが、まだ魅力が分からない残りの1/4の新入生の皆さんに、こう訴えたいと思います。
初心者大歓迎!
今吹奏楽部にいる先輩方の半分以上が、高校から楽器を始めた先輩ばっかりです。
そして何より、ここが重要です。学校行事に欠かせないということは、体育祭の時、暑い中を行進させられることなく、テントの中で過ごせます!どうですか?これで新入生の100%の皆さんに、吹奏楽部の魅力が伝わったと思います!
是非今日の放課後は、音楽室へ来て下さい!思った以上にイケメンな先輩と、可愛い先輩が皆さんを待ってます!
私は単なる見栄晴に似ただけのオッサンですが、私以外の先輩達は、きっと皆さんの彼氏欲しい、彼女欲しいという願いも叶えてくれる先輩ばかりです。放課後、待ってますね!以上、吹奏楽部のプレゼンでした、ありがとうございました!」
体育館の中は、先生方も含めて、笑いが絶えなかった。体育の先生は苦笑い気味だったが。俺が降壇する際も、まるで何かの落語を聴いたかの如く、大拍手が起きた。俺自身、会心のプレゼンが出来たと思っていた。
「ちょっと~上井君。吹奏楽部、美味しい所持って行きすぎだってば~」
と、俺の次に喋る放送部の部長、同じクラスの田坂雅美に文句を言われてしまった。
「まあ、ええじゃん。こんだけ喋って、何あれは?ウザいって思う生徒もいるよ、きっと。そんな新入生に安心できる部活は放送部🎤って喋ればええんじゃない?」
「そっかな~、まだ場内ざわめいてるよ…。こんな中出ていくの、やだよ~。上井君、責任取ってよね」
田坂さんが苦笑いしながら、俺の横腹を突いて、放送部のプレゼンへと登壇した。
「みなさーん、さっき見たのは幻だと思って聞いて下さい。放送部でーす…」
なんだ、上手いじゃんか。とりあえず一安心して音楽室へと向かった。
部活の準備をしている2年生には、プレゼン、上手くいきました?と聞かれたが、敢えて俺は失敗した…とうなだれてみせた。
「えーっ、喋りはミエハル先輩の見せ場じゃないですか、なんで失敗しちゃったんですか?」
と、沢山の2年生が残念がっていたが、そこで打楽器の宮田さんが見破ってきた。
「ウソだよね、ミエハル先輩。だって、顔が笑っとるもん」
「うっ、流石アネゴと見込んだだけある…。何とか、全力で会場を爆笑の渦に巻き込んできたよ!」
「おーっ、やった!期待してていいですか?」
出河が聞いてきた。
「いや、笑いが見学に結び付くかどうかは不明だし、ブラスがトップだったから、その後にプレゼンした部活がもっと爆笑をさらっていったらどうなるやら、それは心配かも。あとは、運を天に任せるしかないかな」
「うわっ、心配だなぁ。ミエハル先輩、一体何を喋ってきたんですか?」
「それは奇跡的に入部してくれる1年生に聞いてくれ~。俺は歴代の部長の役目を引き継いで、音楽室の入り口で即入部希望者か見学者かを確認して、その上で各パートに回すから。みんなはパート練習の準備しててよ」
「うぅっ、心配だけど、期待してますよ、ミエハル先輩!」
「おうっ、まかせとけ!」
こんな時は前向きな言葉に限る。
俺は、もうちょっとで終わるだろう部活説明会の後にやって来る新入生を捌くため、音楽室の入り口に椅子を持ってきて座り、新部長の新村を呼んだ。
「大体、新入生の部活説明会の後、旧部長がここで新入生の希望を聞いて、じゃあ何処何処へ行ってみて、って指示するんよ」
「はい、なるほど」
「新部長はその間、各パートの状況を観察しつつ、人気が無さそうなパートがあったら、旧部長に教えるんだ。割り振りとかのためにね」
「そうなんですね」
「新入生が来るまであと1時間…は大袈裟かな、まだ30分ほどあると思うけぇ、それまでは新村自身の楽器の準備しとっていいよ」
「分かりました」
新村はユーフォニアムの準備をしに行ったが、部長職になったことで、緊張しすぎてるような気もする。俺がサポートしてやらなきゃ…と思っていたら、背後から肩を叩かれた。
「はいっ?」
と振り向くと、肩を叩いた人物の人差し指が俺の頬に刺さった。
「こんなオヤジギャグするのは誰…え?」
そこにいたのは、若本だった。
(次回に続く)
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