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小説「15歳の傷痕」58

<前回はコチラ>

<第43回までのまとめ>

― あなたを愛したい ―

昭和63年7月15日、クラスマッチが全て無事に終わった。
俺は吹奏楽部へ遅刻しながらも参加し、翌日の野球部の試合応援の為の曲練習を何とかこなした。

その後ミーティングで翌日の日程を打ち合わせ、解散となったが、俺はすぐに帰れる状況ではなかった。

若本と山中から、不穏な話を聞かされる予定になっていたからだ。

山中は結局クラスマッチの後始末に手間取ったのか、曲練習には間に合わなかったが、ミーティングには顔を出していた。

俺はしばらく音楽室の椅子に座って、どちらから先に話し掛けられるのか、裁判所の被告人席に座っているような感じで待っていた。

すると先に声を掛けてきたのは、山中だった。

「上井、ちょっといい?」

その時、若本も俺の様子を窺っていたようだが、山中が先に声を掛けたので、そのまま吹奏楽の雑誌を書架から持ち出してきて、読み始めた。

新村が俺と山中に、音楽室をどうするか聞きに来たので、俺が締めておくから…と言い、鍵を預かった。

「ここでこのまま話す?」

「どうしようか。若本も上井に、用があるんじゃろ?」

「あっ、はい。私はここで待ってますよ」

「じゃあ男同士で、音楽準備室を借りるか」

山中は俺を引き連れ、先に福崎先生が帰った音楽準備室にそっと入り、若本に聞こえないよう、ドアを閉めた。
時期的に蒸し暑かったが、我慢するしかない。

「悪いね、残らせて」

「いやいや、山中こそお疲れなのに申し訳ないね、俺のために…」

2人はあっという間に汗だくになった。窓も閉めてあり、ドアも閉めてある状態では、蒸し風呂みたいなものだからだ

「暑いな、早目に話すよ」

「そうやね。で、話の内容は…」

「…森川さんなんだけど…」

「やっぱりな。予想通りだよ」

「ん?上井、何か思い当たる節があるんか?」

「昨日からかな…。生徒会室で俺と顔が合っても、ガン無視するんよ」

「そうか、何となく予感めいたものはあったんやな」

俺は、森川さんから好かれていることに甘えて、特に何もケアをして来なかった自分が悪いんだろうと、理由らしきことを述べた。

「でも、それだけじゃないんよ」

山中は言った。

「と言うと?」

「クラスマッチで、お前と組んだのが山田さんだったよな」

「ああ、今回初めて話したけど、一生懸命な子だよね」

「それが森川さんには面白く無かったみたいなんだ」

「…そ、そうなん?」

「クラスマッチの事前準備から、日が経つに連れてお前と山田さんが、どんどん仲良くなっていく、それが悔しくて耐えられなかったらしい」

「う……」

俺は蒸し暑さによる汗の他に、違う汗が流れているような気がした。

「俺は森川さんと組んで、女子バレーボールの本部にいただろ?もう森川さんの落ち込みが酷くてさ。だから、俺が上井に、真意を聞いてやるって慰めておいたんよ」

「……」

「生徒会室で交わされる、お前と山田さんのやり取りが、見ていて泣きたい位だった、そう言ってるよ」

「…確かに、山田さんも少し内気な子だったから、心を開かせようと思って、色々な話はした。昨日、山田さんが怒ったフリをしてるのを見た時は、やっと心を開いてくれたと思ったよ」

「そのお前の思いが、森川さんにとってはさ、アタシが好きなのはきっと伝わってる筈なのに、なんで山田さんにあんな親しげに接するの?になる訳だよ」

「…面目ない。そりゃ、森川さんも俺のことなんか無視したくなるよな。とりあえず…山田さんと付き合おうとかは全然思ってない、と伝えてもらえたら…」

「まあ、今の所はお前もそうとしか言いようが無いよな…。俺がお前と森川さんをちゃんとカップルにしようとしてるのは体育祭の日の予定だしさ。だけどその前に森川さんの気持ちが、お前から離れたら、諦めてくれ」

「自業自得だよ。元々俺はもう、若本や村山のせいで、恋愛恐怖症みたいになってるから、森川さんが俺を嫌いになっても、去る者は追わず、のつもりだよ」

ここまで話をすると、俺も山中も汗だくだ。

「今の所、そんな感じで、森川さんに伝えてもらえたら助かる。とりあえず、この部屋から出ようや」

「そうやな、蒸し暑くて堪らん」

と言って俺と山中は音楽準備室を出て、音楽室へと戻った。
音楽室はまだ窓が開いていたので、風が通って涼しかった。

「あ、先輩達、お話終わりました?」

「ああ、終わったよ。でも蒸し暑くて死にそうだ…」

「じゃ、死にそうな上井は放置して帰るけぇ、若本、後はよろしく」

と山中も汗だくなのに、若本と俺が話す時間を少しでも早く作ってやろうという事からか、先に帰ってしまった。

「先輩、音楽準備室の中で話さなくても、廊下とかで山中先輩と話せばいいのに…」

若本がそんな心配をするほど、俺は汗だくになっていた。

「悪いね、心配させちゃって。どうしよう、音楽室で話す?それとも帰りながら話す?」

「帰りながらにしますか?ジュースでも飲みながら…」

「うん、そうしよう!それがいい!」


若本と俺は、購買の前でミルクコーヒーを買って、飲みながら一緒に帰った。

「生き返るよ、ふぅ…」

「だよね、先輩はよく考えたら生徒会の仕事で一日中グランドだったもんね。日焼けしたんじゃない?」

「日焼けしたら痛いから、なるべく太陽の移動に合わせてテントの陰にいるようにしたんだけど、どうだろうね?風呂に入ったら分かるかな?」

「そうだね~。アタシはソフトの試合してたから、只でさえ地黒なのにもっと黒くなったかも…」

実際俺は腕や顔が、少しヒリヒリしていた。

「ところでさ、肝心の話だけど…」

ゆっくりと若本家に向かうように歩きながら、俺から話を切り出した。山中に続いて森川さんの話ということになるが、俺はあくまで森川さんの話は若本としかしてない体を装った。

「…うん。今朝も先輩にちょっと言ったけど、森川がミエハル先輩のことを嫌いになろうとしてるんだ…。この話はね、昨日の夕方聞いたの。アタシが部活に向かおうとしてる時に森川が生徒会室から戻ってきたんだけど、なんか暗くてね。どうした?って聞いたら…」

「俺のことを嫌いになりたい、って言ったの?」

「まあ、いきなり先輩の話にはならなかったけど、アタシの顔を見付けるなり、ウルウルしながら、『アタシってどうしてダメな女なんだろ』って言い出してさぁ」

「うん…」

「アタシも何を言い出すの?って思ったから、教室じゃなくて、森川をそのまま屋上へ連れ出して、悩みを聞いたの。そしたらね、森川曰く、『アタシが積極的にミエハル先輩に話し掛けたりしないから、ミエハル先輩はもうアタシのことなんてなんとも思ってない。もしかしたら恋が叶うかもって思ってたけど、その思いは封印する。ミエハル先輩を嫌いになれるようにする』って泣きながら言うんだよ…」

「……」

「アタシも何でいきなりそんな展開になるのか分かんなかったから、なんか勘違いじゃないの?とか、アタシがミエハル先輩とくっ付けてあげるよ?って言ったんだけど…。先輩、クラスマッチの担当が女子ソフトボールだったじゃない?」

「ああ、そうだったけど…」

「その先輩の相方してた、山田さんっていたじゃん。アタシも森川も1年生の時、山田さんと一緒のクラスだったんだけど、どうやら森川は、ミエハル先輩は山田さんのことを好きになった、と思ってるらしいのね」

「え?」

若本と話をしながらゆっくり歩いていたが、いつもの自動販売機がリニューアルされていることに今気がついた。

「先輩、ちょっと休憩で、何か飲まない?」

「うん、実はまだ喉が渇いてるんだ。助かるよ」

「じゃあ特別に、アタシが奢ってあ・げ・る💖冷たい缶コーヒーでいいよね?」

「そんな艶っぽい声出すなってーの。突然そんな声出されたら戸惑っちゃうじゃん」

「ダメだった?会話の内容が重たいからさ、せめてサービスしてあげようと思ったのになぁ」

「あっ、ゴメンゴメン!若本の気持ち、ありがたく受け取らせてもらうから、もう1回頼むよ!」

「ブーッ!1回きりだもん。はい、先輩の缶コーヒー」

「あ、ありがとう。あの声はもう聞けないのかぁ」

「うふっ、また気が向いたら、ね。じゃあ、カンパーイ」

「おぉ、カンパイ!」

冷たい缶コーヒーが、一気に俺の喉を潤す。一緒にこのモヤモヤも流れ去ってくれれば良いのに…。


再び若本家へ向かって歩き始めながら、俺は会話を再開させた。

「ところで森川さんのことだけど、俺が山田さんを好きになったと思って、俺のことを嫌いになろうとしてる、手短にまとめるとそういうことだよね?」

山中にも言われたことだ。

「うん、そういうこと…。ね、ミエハル先輩は森川が言う通り、山田さんのことを好きになってるの?」

「いや、好き嫌いで言うと、そりゃ好きに分類されるけど、付き合おうとまでは思ってないよ。俺は女性運がない、恋愛恐怖症な人間じゃけぇ…」

「でも森川が言うには、横で見ていたらまるでカップルみたいだったって。先輩、山田さんとどんな会話というか、接し方してたの?」

「うーん…。話は部活の話とか…。あ、これはカチンと来るかな、ワザと山田さんをからかって、怒らせたことがあってさ、その時の怒り方がホッペを膨らませて怒るっていう、小さな子みたいな怒り方だったから、思わずそのホッペを突付いたんだ」

「あー、先輩。それは森川の視界に入ったらNGだわ。先輩はさ、多分アタシへの分け目チョップみたいな感じで、山田さんのホッペを突付いたんでしょ」

「うん。まあ、可愛いな、っていう思いがゼロではないことは謝罪しなきゃだけど」

「森川は、自分自身がミエハル先輩とあんなに親しくしたことないのに、山田さんとはイチャイチャしてるように見えたのよ」

「そっか…」

山中も言っていたが、森川さんは俺と山田さんのやり取りを見ていて、泣きそうになったとのことらしいから、かなり傷付けてしまったのは間違いなさそうだ。

「ミエハル先輩、森川のこと、どう思ってる?」

ズバリ核心を付く質問だった。

「…多分、驕りがあったんよね」

「驕り?」

「そう。俺は女性運がない、恋愛恐怖症だとか言ってるけど、森川さんという最後の砦がある、森川さんは俺のことを好きと言ってくれてる、後は告白のタイミングだけだ。そんな風に、いつまでも森川さんがいるから大丈夫、みたいに思ってる所があったんだよ、きっと」

「先輩…」

「だから、罰が当たったんだろうね。森川さんに嫌われてもしょうがないよ。恋愛運がないクセに、森川さんがいるからって、いつまでもノラリクラリして、告白し合うチャンスもあったのにその時には何故か臆病になって先送りしたり…」

若本はしばらく考え込んでいたが、

「このままじゃ、森川は本当にミエハル先輩を諦めちゃうよ。ミエハル先輩、それでいいの?」

「…うん。自業自得だから…。ただ、山田さんのことを好きで、付き合おうとしとるとかは間違いじゃけぇ、それだけは森川さんに伝えてほしい」

俺は山中に言ったことと整合性を持たせるため、山田さんと付き合おうという気はないという部分を強調した。

「アタシは…このまま森川がミエハル先輩のことを誤解したままで、縁を切るのは、悲しいよ」

若本は寂しそうに俺のことを見上げた。

「仕方ないよ。俺が山田さんと接する中で、誤解されてもおかしくないような事をしたのは事実じゃけぇね。デリケートで恥ずかしがり屋さんの森川さんにとっては、耐えられなかった、そんな事をした俺が、悪い」

「…先輩の気持ちは分かったわ。山田さんとどうこう…ってつもりはないけど、誤解させたのは悪かった、もう先輩のことを諦めたいなら、先輩はそれでいいと言ってる……こ、これで、いいの?」

若本は涙ぐみながら、そう言った。

「うん。そう伝えてくれれば…」

「分かったよ、先輩。とりあえず来週、森川に伝えてみるね。先輩、気丈に振る舞ってるけど、大丈夫?」

ふと発した若本の言葉に、俺は動揺した。

「…なっ、なんで、俺はこんな、不器用、なんだ、ろうなぁ…」

不意に俺は涙が込み上げてきた。まさか若本の前で泣いてしまうとは…。

「…ミエハル先輩、先輩も辛かったでしょ。森川に嫌われるってアタシが朝に予告しちゃったから…。逆にそんな1日を過ごさせちゃってゴメンね。先輩だってそんな言葉を聞いたら、今日1日、森川のことが気になるけど、森川のことはまともに見れなくなるもんね…」

若本もそう言うと、泣き出してしまった。

若本家に着くちょっと前に、小さな公園があるので、そこのベンチに座ることにした。
かなり暗くなってきたが、若本家はもうすぐだから、その点は心配要らないだろう。

俺は不意に流れ出た涙が落ち着いてから、若本に話し掛けた

「…若本はその後、彼氏とか出来たん?」

「うーん…。彼氏はいないですけど、好きな男の子はいます。いや、いると言えるのかな…。男の子というより、男子かな…。でも秘密にしてて下さいね」

「そっか。村山と違って、女子は切り替えが早いね」

俺は15歳でフラれた時を思い出していた。神戸さんの切り替えの早さ、あれこそ女子ならではなのかもしれない。

「村山先輩は、まだアタシとの事を引き摺ってるんですか?」

「そうなんよ。コンクールに出るとか言ってたけど、一度も練習に来んじゃろ?だから期末の時に捕まえて、コンクールに出るんなら部活に来いよ、って言ったんじゃけど、まだ若本の事を引き摺ってるのがアリアリじゃったよ」

「そうなんだ…。アタシはもう何とも思ってないのにね。男と女の違いなのかな」

「そうかもね。俺もだけど、俺以上にアイツはネガティブだから」

「でも先輩は、酷いフリ方したアタシを許してくれたよね。更にアタシが先輩を避けてた時も、部活ではいつもと変わらない明るくて面白い先輩だった。だから先輩は優しいんだよ。ネガティブなのかもしれないけど、こんな優しい先輩、いないよ」

「ありがとう。若本にそう言ってもらえると、他の女子に言われるより、重みがあるように思うよ」

しばらく2人の間には静寂が流れたが、若本は俺の目を見ると、こう言った。

「だからアタシ、森川には、森川がミエハル先輩を諦めるんならアタシが代わりにミエハル先輩を取っちゃうよ!って付け加えておくね」

「え、えっ?」

「先輩、アタシがさっき好きな男の子がいるか?って聞かれて、ちょっと答えに戸惑ったでしょ?」

「う、うん」

「アタシ、ミエハル先輩のことが…好き」

「……」

俺は何も答えられなかった。

「突然言われても困るよね。去年、アタシがフッたくせにって思うよね。でも、でもね、改めてアタシはミエハル先輩の後輩として、ずっと背中を見てきたの。先輩のことを避けてた時期も、先輩の活躍は見てたし。そしたら、こんなに一生懸命何にでも精一杯頑張って、文化祭の時なんかいつどこに先輩がいるのかサッパリ分からなかった位なのに、どの仕事も仕上げて、オマケにドラムを叩いてヒーローになるし。アタシにはこんな素晴らしい先輩がいるのに、去年、酷いフリ方して…」

「若本…」

「だからね、アタシはミエハル先輩のことが、改めて好きです。でも、すぐ付き合えなんて言わないから。好きでいさせて…」

そう言うと若本は、俺の方に頭を預けてきた。

混乱し続けた1日の終わりが、まさか若本からの告白とは思わなかった。

この告白に対する俺の返事は…

<次回へ続く>


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