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小説「15歳の傷痕」-28

- 時 代 -

「久しぶりの合奏に、久しぶりのティンパニ。いや~、オッサンにはつらいねぇ」

と俺が合奏後に楽器を撤収しながら言うと、

「いえいえ先輩、ちょっとブランクがあったなんて感じませんでしたよ!しかもほぼ初見なんですよね?すごーい!」

と、1年女子の藤本さんが目を輝かせながら言ってくれた。間違いなくお世辞100%だとは思うが、こう言われて嬉しくないわけはない。

「そんなにおだてられたら、木に登らんにゃあいかんね。あいにく体育は苦手なもんで、木に登るのは勘弁してくれる?」

「もうミエハル先輩って、どうしてそんな面白い人なんですか?ギャハハッ」

藤本さんは爆笑しながら返してきた。そんなに可笑しかったかな?笑いのツボは人それぞれだというから、藤本さんの場合、独特なのかもしれない。

とりあえずボロボロではあったが、なんとか総文の曲は通して叩けたので、ちょっとだけ自信が付いた。次にいつ練習に来れるか分からないから、一回一回の練習をしっかりやらなくてはいけない。

「…以上でミーティング終わりまーす。お疲れさまでした」

新村の進行も上手くなってきた。4月当初は助けを求められることが多かったが、5月下旬の今は、安定してきている。
また周りを見渡しても、総文に出るよと言っていた3年生は他にもいるのだが、今日は来てなくて、3年生は俺1人だった。
それでも合奏ではなんとなく曲らしき演奏は出来たので、徐々に世代交代が進んでいるんだなぁ、と思わずにはいられなかった。

「久々に最後までおったけど、新村、もう大丈夫だね」

「えーっ、全然ですよ。3年の先輩が全然おられない日もたまにあるんですけど、何か起きたらどうしようってビクビクしてますから」

「まあまあ、そんな時は先生に頼りなよ。俺も切り札として頼ったことがあるから」

「そうなんですね」

「俺も次に練習に来れる日はいつか分かんないけど、なるべくちょっとでも空いた時間が出来たら来るから」

「はい、お願いします!」

「じゃあまたね~」

「お疲れさまでした~」

と新村の声を背中に受けながら、若本はどこに行ったかを探していた。

(あれ?若本から今日の帰りに予告の件、教えますね、って言ってくれたのにな~)

音楽室には既にいなかったし、音楽室から下駄箱までゆっくりと時間を掛けて歩いてきたが見当たらない。

(俺との約束、忘れて帰っちゃったのかもな)

と思って下駄箱でしゃがんで靴を履き替えていたその瞬間だ。


2

俺は突然背後に人気を感じたかと思ったら、目隠しされた。

「おわっ、だっ、誰?」

「だーれだ?」

「声で分かったよ、若本~。また寿命が30分縮まったじゃんか、どうしてくれる?」

「えー、声変えたつもりなのになぁ…もっと研究しようっと」

と若本は俺の目から手を離した。

「もう俺も年なんじゃけぇ、あまり驚かさんとってよ~」

「年って、アタシと1年しか違わないじゃないですか!そんな年寄りぶらないの、先輩は」

と、冗談を言ってはいたが、背中に当たった若本の胸の感触は忘れられなかった。結構思ったよりも大きいんじゃないか…?

「先輩?どうしました?大丈夫ですか?」

「あっ、ごめんごめん、ちょっと今起きたことを考えてたら妄想の世界に入っちゃって」

「妄想って…。あっ、ミエハル先輩、もしかしてアタシの胸が背中に当たったのを覚えてたんでしょ。もう、仲直りしてもやっぱりエッチなんだから!」

「そんな、俺から胸を触りに行った訳じゃないんだし、仕方ないじゃん」

「それはまあ、そうですけど…」

「ね、だからお咎めなしで、予告の件を教えてよ」

「えーっ。ダメです。じゃあいつもの自販機でジュース1本!」

「うむむ…仕方ないね。次回は俺が奢るって言ったし。じゃあ行こうか」

「はーい、帰りましょう」

俺と若本が2人で帰るのは、和解した日以来だった。

その頃に比べると、日が長くなった。

「そういえば最近、桧山さんとは別々に帰ってるの?」

「うーん、実はですね、ミエハル先輩をフッて村山先輩と付き合ってた件で怒っちゃって…。絶交されちゃいました、ハハッ」

「え?絶交?笑ってる場合じゃないんじゃない?」

「いいんです、中学の時も含めたら、十何回も絶交しては復活してますから。今回もいつかは復活しますから、先輩は心配しないで大丈夫ですよ」

「そうなの?それならいいけど…」

俺自身、村山と二度と口を聞くものかと思ったが、復活しているし、若本だってそうだ。

「アタシと先輩だって、二度と喋れない危機から、ここまで仲直り出来たんですもん。人生、一寸先は分かりませんよ」

「まあ、そうだね」

そう喋っている間に、何時もの自販機に着いた。

「じゃあアタシは、何時もの缶コーヒーで!」

「あれ?さっき、何とかジュースって言って無かった?」

「やっぱりミエハル先輩と帰る時は、缶コーヒーがいいなって思って…ダメ?」

「ううん、全然OKだよ」

俺は自分の缶コーヒーと、若本の缶コーヒーを買って、若本に渡した。

「はい、俺の背中に若本の胸が当たったお詫びの缶コーヒー」

「んもう、先輩ったら、楽しい雰囲気が台無しじゃないですかぁ」

「え?俺は楽しいけどな♫」

「やっぱりミエハル先輩はエッチなんだからぁ!そろそろ体操服も夏用になるけど、先輩、女子のブルマばっかり見てたらダメですよ!」

「なんか凄い変態みたいじゃん!」

俺自身、若本と話せるようになって良かった、と思った。
打楽器の宮田とも屈託なく喋れるが、帰る方向が真逆だから一緒に帰るのは不可能だからだ。

「じゃあ先輩、カンパーイ!」

「おっ、カンパーイ!」

2人で缶コーヒーをカチンと合わせた。

「ところでさ、前回予告の、俺の事を好きな女の子って…」

「先輩、ゆっくり歩きながら話しましょ」

「あ、ああ…」

2人して缶コーヒーを飲みながら、歩き始めた。

「先輩、実はね、もうアタシが紹介する前に、先輩とその子は初対面というか、初会話を済ませてるの」

「はっ?そんな女の子、いたっけ?」

「先輩の胸に手を当てて、思い出してみて」

「うーん…」

「手を当てる胸は、先輩の胸だからね。アタシの胸じゃないからね!」

「そんな、自分から胸がどうのこうのって…。若本の小さい胸を触っても分かんないかも…」

「えーっ?酷ーい!まさかミエハル先輩がそんなこと言うなんて…」

と若本は、俺を殴ろうとしてきたので、思わず身構えたら、頭に分け目チョップを喰らっただけで済んだ。

「先輩、分け目チョップで済むのは今回だけ!」

「あ〜、良かった♪…ってさ、女の子って、胸の事を小さいって言っても怒るし、大きいって言っても怒るよね?なんで?」

「そんなの、知らなーい!そういうデリケートな事は、彼女が出来たら聞いて下さい!」

上手く若本にかわされたが、これは男側の永遠の謎だろう、間違いない。

「じゃあ先輩、その気になる子、もしかしたら彼女になる子については、もう言わなくてもいいですか?」

「そ、そんな…。鈍感な俺に教えてよ」

「仕方ないな〜♫」

「絶対、この状況を楽しんどるじゃろ?」

「そうかも〜♪」

若本が楽しそうにしているなら、本当はそれだけで俺は良かった。この半年間のギスギスした関係ではなく、性別と学年も無関係に楽しく会話出来ることが、何より嬉しかったからだ。

「あっ!」

俺は一つ思い当たる節があった。

「ビックリした〜。先輩、何か思い当たる節がある?」

「もしかしたらその女の子は、生徒会役員じゃない?」

若本は驚いていた。正解だろうか。

「先輩、そうですよっ。生徒会役員になってるんですよ、その子は。もう名前も言っちゃいますね」

「森川裕子!」

俺と若本、同時に同じ名前を叫んでいた。

「やっぱりね。この前、生徒総会の後の打ち上げで、やたらと俺にジュースを注いでくれる女の子がいたんよ。誰だろう、名前を知らないやと思って名前を聞いたら、物凄い照れながら名前を教えてくれたんよ」

「やっぱり照れてました?森川はアタシとは高校で知り合ったんですけど、1年生の時も、2年生でクラス替えがあっても、同じクラスで仲良しなんです」

「そうなんだね。でも仲良しなのは分かったけど、何で俺なんかのことを気に入ってくれたのかな?」

「やっぱりミエハル先輩は鈍感なんですねぇ。ハァー…」

「だって直接関係があるのって、それこそ生徒会役員になってから、じゃろ?しかも俺、生徒会では大した仕事してないし」

「森川がミエハル先輩のファンになったのは、それこそアタシが先輩をフッてしまった、去年の体育祭の日なんですよ〜」

「体育祭で?俺、何か目立つようなことはしてないし…」

体育祭の頃は、それこそ若本の事が好きだという気持ちがピークに達していた頃だ。他の女の子に恋するような目を向ける事は全くない時期である。

「普通の事です。ミエハル先輩は、部長として体育祭での現場指示とか、途中、福崎先生が指揮出来ない時に指揮してたじゃないですか、その姿を森川が見ていて、目がハートになったらしいんですよっ!このぉ、憎いね〜ミエハル先輩ったら!その時、森川はブルマ姿だったんだから!」

「わ、若本はブルマに何か恨みでもあるの?」

「いえいえ、先輩が好きかな?って思って」

「だからそんなに変態じゃないってば!」

もうすぐ若本の家に着きそうだったが、敢えて若本は歩くペースを落としているようだ。

「でも、そこから何で生徒会役員になろうって事に繋がるの?」

「やっぱりミエハル先輩は鈍感なんだからぁ。先に山中先輩に口説かれて、先輩が役員になったじゃないですか。で、1年生からも役員を…ってなった時に、ミエハル先輩が生徒会役員候補になってるのを森川が知って、みんなが嫌がる役員に立候補したんですよ〜」

「じゃあ、もしかして俺に近付きたくて、生徒会役員になったの?森川さんは」

「実は、そうなんですよ。だからミエハル先輩と喋れたーっ!って、この前凄いテンションでアタシに教えてくれましたよ」

そろそろ若本の家だ。続きはまたいつか、かな?

「ミエハル先輩、森川のこと、どう思います?」

「うーん、まだどんな女の子か分からんけぇ、何とも言えんけど、でも俺みたいな男のことを好きだと、ほんの少しでも思ってくれるなんて、光栄だよ。もっと色々話してみたいね」

「じゃあ森川に明日、そう言っておくね、先輩♫じゃあまたね!」

「ああ、じゃあまた…」

若本が家に入るのを見届けて、俺は宮島口駅へ向かった。

(メッチャ嬉しい話だけど、俺はこれから生徒会の集まりで、どう動けばいいんだ?)

贅沢な悩みだが、女子を好きになることを辞めた俺には、新たな悩みでもあった…。

(次回へ続く)


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