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追憶は甘くほろ苦く ショパンを訪ねてワルシャワへ

昔から興味や関心が及ぶ範囲が広いほうだ。
良くいえば好奇心が旺盛なんだけど、
短所でいうと飽き性で、ひとつのことがあまり長く続かない。

両親もそんな私の性格を見抜いていたのか何なのか、いろんな習い事を手当り次第やってみたいと常にねだっていた私はなだめられ、唯一10年間続けた習い事はピアノだった。

前回パリに行った時の記事でも書いたけど、
小学生時のわたしはクラシック音楽に傾倒していた。
そのなかでも大好きだったのがショパンで、
小学校で配られた通信の本の販売(名称が分からない、封筒配られて注文するやつ)でショパンの伝記の漫画版を買い、それを何度も何度も繰り返し、ボロボロになるまで読んだ。
甘く優美な旋律は、ささくれのできた心を滑らかに包んで、癒しへと誘ってくれた。
いつかショパンを弾くぞとピアノ先生の前で意気込み、子どもなりに練習に励んだりもした。

その時から訪ねたかった場所、ポーランド。
ショパンが生まれ、20歳で離れるまで育った国。(今の私と同い年だなんて...)
彼のポーランドへの愛国心は、クラシックとマズルカなどといった伝統音楽の融合から見て取れる。
ポーランド自体、戦火を幾度と経験し、複雑な歴史を辿ってきた国。
ショパンはその病弱な身の上でなく、そういった政治的理由からも、生涯二度とポーランドの地を踏むことは無かった。
幼ながらにすごく大変な歴史を辿ってきたんだなという気持ちになると同時に、ショパンが生まれ育ち、愛した国に、一度は行ってみたいと思うようになった。

そしてたどり着いたワルシャワの地。
戦争で焼け落ちたあと、生き残った人々の手で
煉瓦のひびひとつまでも再現しようと作られた旧市街地。
愛らしい街並みに、心躍る。
ショパンもここを歩いたのかもしれないと思うと、感極まる。

大好きなショパンの曲を聴きながら街を歩き、感傷に浸る。

ショパンミュージアムで、実際に彼が使っていたピアノや直筆の楽譜を見たり、

ショパンの心臓が今も眠る、聖十字架教会を訪ねたり。
お墓は半生を過ごしたパリにあるのだけど、この心臓はショパンの姉が直々にワルシャワに持ち帰ってきたもの。
第二次世界大戦の間は取り出されたりもしたらしい。
長い時を経て、やっとのことで愛するポーランドに戻ってこれたショパンの魂。
約200年も前の人なのに、なんだか勝手に心情移入してしまう。
留学してる身だから、もしこのままずっと母国に帰れなかったら...という想像に及んだ。

ワジェンキ公園にあったショパンの像は、きっとNHKの名曲クラシック集という番組でもショパンの音楽をBGMに映し出されていただろうし、ピアノの森でも登場していたな。

ポーランドの蜂蜜酒

せっかくなので、ポーランドでショパンの音楽を楽しみたいということで、ミニコンサートに足を運ぶことに。
演目は有名でありつつも何度も聴いた親しみのある曲たち。

鑑賞している間はどうしても自分がピアノをやっていた時のことを思い出さざるを得なかった。
ワルツ嬰ハ短調、最後の発表会で弾いたな、難しくて少し失敗してしまって、すごく泣きたかった。私が最後の生徒で、発表会を最後に私が辞めることが決まってたから、私の演奏のあとに先生が泣いていたこととか。
昔はすごく自信があって弾くのが楽しかったけど、高校に入ってからの発表会はなんかあがり症になってしまって、失敗した後は吐いてしまったりしたっけ。
あとは、ノクターン9-2、すごく大好きで弾きたかったけど、弾けるようになる前に辞めてしまったなとか。

ピアノをやっていたのも、熱心によく聴いていたのもだいぶ前のことだけど、
聴いていて感情がたかぶるメロディやパートは、その時から変わっていなくて。
わたしはすごく腕のある生徒ではなかったけど、表現力という点では先生もすごく評価してくれたなということを思い出して。

苦しかったこと、辛かったこと(練習や挫折、諦めた夢、失敗)もだけど、
自分の思いや世界観をこめて、曲や作曲家に心情移入して演奏することは本当に楽しかったし、
褒められて嬉しかったこと、ピアノを通じて自分の世界が広がったこと、救われたことを思い出した。

すごく大袈裟だけど、長年触れてきたものにまた触れると、「あ、自分もちゃんと生きてきたんだな」って思う。音楽を聴いて共鳴する部分、何年も前と同じだし、良かったこと、楽しかったこと、嬉しかったこと、辛かったこと苦い思い出、全部蘇ってくるからね。

大好きなアニメ「ハイキュー」のOP曲”I'm A Believer”で、「好きでいることって 楽じゃないだろ?」って歌詞があるけどまさにその通りだと思ってて。
楽しくて嬉しいことだけではない。辛くて苦しいこともある。好きだからこそ。
でも、なにかに打ち込むとはそういうことなのだと思う。

私がピアノを頑張っていたのはもう過去のことで、
その頃を思い出すと、ほろ苦い、なんともいえない感情になる。
それでも今の私に与えてくれたものがとても多いから、甘さも覚えるのかもしれない。

ショパンが連れてきてくれたワルシャワで、そんなことを思った。

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