下瀬ミチル

一生ふざけたい

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    毎週土曜日発行(したい)近況報告。

  • 小説 月に二回の劣情

    全15回 【配信スケジュール】 〜#9 毎週火・金 #10 12/19(日) #11 12/21(火) #12 12/24(金) #13 12/26(日) #14 12/28(火) #15 12/31(金) 最終回 19時頃投稿 年内完結します

  • 月に2回の劣情

    気まぐれなあしながおじさんと私の記録

  • R18推奨短編集

    夜の街の出来事を集めました

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放し飼いの羽ばたきに愛を

最後の出勤をしたのは3月中旬、割合と肌寒い夜だった。 目尻が切れ、荒れた肌。 懸命に化粧品を塗った甲斐なく、出勤してみると金曜の夜だというのにまったくと言っていいほど来客がなかった。 まいったな、という表情の店長から、薄情にも早退の許可を得ると、深夜まで営業している駅前のスーパーマーケットに立ち寄った。 目前の客が自動ドアを通るなりアルコールスプレーを手指に擦り込み始めたので、そうだったとばかりに見よう見真似でなんとなく両の手を揉む。 取り急ぎ何が欲しいということもなく、

    • 弔いごっこ(週報_2022_03_09)

      食卓を囲んでいた。 いつも通り、私が炊いた白米と、大皿に山盛りの名もなき惣菜。 大家族によくある風景。 じいちゃんは魚より肉が好きだ。 遅れてばあちゃんも卓についた。 伯父が言う。 「お前はこう見えて案外親孝行なんだな」 そうだ。 私は養父に強制され、幼い頃から米を研いでいたし、家族の好物を誰より知っている。 ……母の隣で笑う、この伯父は誰だったか? 見たことがない。 ああああああああああ ああああああああああ 自分の叫び声で目が覚める。 祖父母も、母も、死んだの

      • 月に二回の劣情 #15

         翌朝11時ちょうどに出社すると、めずらしく店長が事務所にいて、室内からは蛍光灯の明かりが漏れていた。電子ロックを解除し「おはようございます」とデスクの上のPCの電源だけ入れると、流しで昨日私の退勤後に店長が使ったであろう湯呑みを洗う。 何の気なしに振り返ると店長は観葉植物の葉を一枚一枚ドライモップで拭いている。その姿を見て私は「その木、造花だったんだ」なんて妙な感心をする。 「あのね、前から話はあったんだけど、あと一年くらいで会社畳むことにしたんだって、社長」 ブライ

        • 月に二回の劣情 #14

          <2019_11_19_19_16_Sam> 「昔からよく来てて、日本に帰ったときは必ず来るけど変わらず美味しいんだよね」  サムと名乗るおじさんに誘われ入った場所は、もう一ヶ月以上音沙汰のない大きな男と入った北京料理の店だった。新宿では割と有名な店だというから、無理もない。 「ここは水餃子が旨いのよ」とメニューを開くサムに、知ってますと心の中で呟く。レディースバッグのバイヤーだという彼は、僕が日本に滞在していることが非常にレアなんだとしきりにアピールする。 実際サム

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        放し飼いの羽ばたきに愛を

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        • 小説 月に二回の劣情
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        記事

          月に二回の劣情 #13

          <2019_10_21_17_39_****> 「油断してた……」  ショートパンツ姿の私は、搾り出すように言った。この日、男が連れ出したのは老舗の洋食店で、ダメージスウェットの私はしっかりと、間違いなく浮いていた。先客である老夫婦の視線が痛い。 大衆店よ、と男が開いたメニューには隙のない感じのコース料理がいくつか載っていて「言ってくれれば調べてくるんですよ」と私は泣きそうな顔をする。ファミレスみたいなもんだから。君、飲み物は?なんて質問も耳に入らず「フォーク ナイフ 

          月に二回の劣情 #13

          月に二回の劣情 #12

           区役所通りの黒人キャッチはまだ10月も中旬だというのに分厚い革ジャンを着込んでいて、私を見るなり「ハァイ」と言った。 「もうこんなの着てるの? 真冬に着るものなくなるじゃん!」 硬い袖口をつまみ私が笑うと、一体どこまで言葉を理解できているのか、南国リゾート地生まれの彼も「着ルモノアルヨ!」と白い歯を見せた。 彼ら黒人キャッチもほとんどが多摩だとか相模原だとか、新宿から片道1時間はかかる遠い土地に住んでいて、夜9時くらいから街頭に立っては、始発電車に揺られて地元に帰る。

          月に二回の劣情 #12

          月に二回の劣情 #11

           翌朝、地上13階の眺望をバックに、昨日と同じシャツにきちんと収まった男がいた。評判通りの品数豊富な朝食ビュッフェを楽しむと、食後のコーヒーを飲みながら片足だけ持て余したように胡座をかき、男は言う。 「フミさんね……話があるんです」 ウィンドウ越し、新宿駅へ向かう通勤客が束になって抜けていく。一つ空けた隣の席では外国人観光客のファミリーが、英語の出来るボーイに地図を見せながら何か問いかけている。 もしかして。まさかこんな化粧も直していない、パジャマ同然の格好で。あれだけ

          月に二回の劣情 #11

          月に二回の劣情 #10

          『フミ、という名は私が施設に預けられている間に知り合った女の子の名前だ』    楠本の死を間接的に祈った日の夜、私はそんな書き出しから始まる日記をしたためていた。SNS上で自らを語るのは、初めてだった。 母の再婚によって連れ子となった日のこと。浪費癖のある二番目の父、その父と母の間に生まれてくる弟。初めはお産のための入院期間だけの約束が、産褥期が、年子の妊娠が。あれよあれよといううちにその期間は伸びてゆき、やがて私は家族にとって『たまに訪問する、よその子供』になった。 ふ

          月に二回の劣情 #10

          月に二回の劣情 #9

          「フミ姉最近あんまりGPS送ってこないよね」  あれだけ脅かしてやったのに、タカハシは相変わらず仕事終わりの通話をやめなかった。一回3、4分ほどであったが、それでも懲りずにかけてきて、今この通話だって私が休みであるのをいいことに、1時間ぶり、本日三回目だ。 「そろそろ誰にも誘われなくなる頃なんだよ」 事実、どこかの女の裸の写真と裸の写真の間に真剣な読書レビューを上げてみたところで、かかるのはあの大きくて変な男くらいで、あとはタカハシのように生身の人間相手に話をしたいよう

          月に二回の劣情 #9

          月に二回の劣情 #8

          『めずらしいね、そっちから連絡してくるなんて』  柴田の言葉に、だってイライラしてるからとは言い返せずに、そうかな、とだけ送る。まともに暮らしていたらなんの接点もない私たちは『まだ朝活続けてるの?』なんてつまらない会話しかできない。 だってあんな殺風景な部屋に住む人のこと、どこをどうつついてみても私なんかには盛り上げられないのだ。テンポの悪い沈黙ののち、『英語力を活かしてキャリアアップしたいから』とまた私には掘り下げようのない返信が返ってくる。 『あのさ』 柴田が言う

          月に二回の劣情 #8

          月に二回の劣情 #7

           男が仕切り直しに選んだのはゴールデン街二階の飲食店だった。あれだけ狭い座敷に苦労したというのに、上がり込んでみたらここもまたすれ違うことすらままならないほどの広さだ。先客の女性にカウンター席を奥にひとつ詰めてもらい、女、私、男、の順でようやく座ることができた。 愛想のない店主と二人きりどれくらいの時間を持て余していたのか、女性客はしきりに私たちに話しかけてくる。既にだいぶ喋りすぎたと後悔し始めていた私は、男と女性客の会話が胸の前を行き来するのを、卓球の審判のように左右に首

          月に二回の劣情 #7

          月に二回の劣情 #6

           結論から言うと、その場のテンションで誘われるがままに柴田の家に行ったのは、完全に蛇足だった。引っ越し後、生活も落ち着き、朝活で4時には駅前のジムに行きシャワーも済ますと聞いていたから、朝は一緒に駅まで歩くものと思っていた。 垢と埃の混じったあの匂いのする布団に一睡もできなかった私に、早朝4時、パジャマ代わりの部活ジャージ姿の柴田がかけた言葉は「気をつけてね」だった。その一言で柴田の朝が、私を帰してから始まるのだと気が付いた私は、苦笑いして殺風景な部屋を後にした。 たまに

          月に二回の劣情 #6

          月に二回の劣情 #5

          「あれ」  どんなに始発帰りが続いても、私は昼の事務職をこなしていた。決してお給料は良くないけれど、日中のほとんどを一人で過ごせる小さな不動産管理事務所。今の私にはこれ以上なく都合の良い大切な職場だ。年老いた山羊みたいな雇われ店長の不在中、PC画面いっぱいに堂々と開いたSNSに違和感を覚えた。 力いっぱい伸びをして、モニターとしばらく睨み合う。違和感の正体は思いのほか簡単に見破ることができた。楠本のアカウントのフレンドが増えていた。たったそれだけなのに、なぜだか私はそれを

          月に二回の劣情 #5

          月に二回の劣情 #4

          <2019_04_04_21_22_kusumoto>  私が『既婚であること』を指摘すると、楠本は一瞬面食らったもののすぐに吹き出し、言った。 「由利……口、悪いねえ……!」 その口調が砕けたものだったので、一方的に仕掛けておいて勝手とは思いつつも、胸を撫で下ろす。どうやら驚いた顔をしたのは既婚が図星だったからではなく、私の口の悪さが原因だったようだ。真顔で「私、賢者タイムの落差がすごいんだよね」と断りを入れる。 「楠本さんみたいに立派な人が、今の歳まで独身とは思え

          月に二回の劣情 #4

          月に二回の劣情 #3

           自殺防止の青いライトが、午前5時台のホームに立つ通勤客の横顔をより不気味に浮かび上がらせる。地元の寂れたコンビニはとっくに24時間営業をやめていて、新宿を始発後に出ても各駅停車で最寄り駅に着いた頃にはまだ閉店中だ。 お腹の空いた私が仕方なしにまだ開かない自動扉の前、幽霊のように佇むと、6時きっかりにアルバイト青年の手動によりドアが開けられる。開店したてだというのに、チルド棚には昨日のおにぎりが数十円引きで乱雑に転がっていて、それを見るたび私は今日の朝がちゃんと昨日の夜の続

          月に二回の劣情 #3

          月に二回の劣情 #2

          <2019_04_12_22_54_shibata>  柴田の家に初めて行ったのは二週間前の週末のことだった。出会い系SNSで私の書いた本のレビューを読んで「読書の話をしませんか」とメッセージを送ってきた柴田に、やはり私は初対面で自宅まで持ち帰られる羽目になった。 大学を卒業して一年間高校で数学教師をしていたという柴田はペーパーテストでだけ点数をとれる人間の典型のような男。学生時代はずっと陸上部で今も朝活と称して早朝、まだ暗いうちから資格試験の勉強をしているという柴田を、

          月に二回の劣情 #2