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石と水、空間デザインのイマジネーション

「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し。」(鴨長明『方丈記』)
鎌倉時代初期に書かれた方丈記は古典三大随筆の一つである。
鴨長明の生きた時代は、源平の争乱があり、福原遷都があり、安元の大火あり、震災、飢饉と、、度重なる人災天災に見舞われた。その中で、鴨長明は賀茂川のほとりに小さな庵をつくり住んだ。川の流れを見つめながら生まれたであろうこの名文句が多くの人に愛されてきた。
このコロナの時代、『方丈記』を今読むべき本という人は多い。かくいう私も、『すらすら読める方丈記』(中野孝次)という本を自粛期間中に取り寄せた。
災害の度に気がつくことは、人間は自然の力の前には無力であること、人間も自然の一部ということであろう。また、現在のように遠出もままならないようになると、いかに私たちが自然の豊かさを求めるのか、切実に感じるようになった。真の豊かさとは何かを考え、人間が自然にどう対峙していくかが求められる時代である。

そんな、「行く川の流れ」をデザインに落とし込もうとする建築家がいる。
自然から得たインスピレーションを独自のアプローチで空間デザインに落とし込む。落合守征さんは東京を拠点に活動する建築家である。

今回、新型コロナウィルスの感染拡大の影響で中止となってしまった国内最大級の店舗見本総合市「JAPAN SHOP」にて、IDM(日本インテリアデザインミーティング)は「ものづくりの技とデザインを次代に繋ぐ」をテーマとして「NIPPONプレミアムデザイン展」を展示する計画を進めていた。出展予定であった落合さんにこの計画にまつわるエビソードとデザインについて、J-WAVEさながら自由に参加者がトークを交える企画が行われた。

落合守征×石材会社 株式会社松下産業によるコラボレーション「石の茶室」
―生々しい石のありようと茶室空間、水へとつながる不定形のデザインについてー

モデレーター 飯島直樹さん(飯島直樹デザイン室)
ゲストスピーカー 落合守征さん(落合守征デザインプロジェクト)
@落合守征デザインプロジェクト

落合守征のこれまでのデザインとインスピレーションについて

落合氏は、日本より先に海外の数々の最高峰のデザインアワードを総ナメするという経歴の持ち主だが、国内より先に世界が目につけたという点では異色の建築家だ。早稲田大学大学院 理工学研究科建築学専攻 修士課程修了後、どこの設計事務所に属することもなく独立。「どこの流儀」というものにも囚われない、自然から得たインスピレーションを自身の世界観に取り込み、具現化する人だ。そのデザインマインドを辿るため、今までの作品から落合氏を紐解く。

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落合 私がデザインのお仕事をいただいた時は、必ず自然の中に浸りなが
   ら、デザインの核になるものを探し、様々なインスピレーションを掛
   け合わせるような方法でアイディアを得ます。
   今回、「石の茶室」のお話を頂いた時に、ちょうど出張の合間に広島
   の仙酔島を訪れました。この体験をエネルギーの塊としてデザインが
   できたら良いなと思って。仙酔島で見たものは、9000万年前からの大
   地の地殻変動と水の侵食でできた形でした。
飯島 人間が見るもの、人工物はどうしてもフラットにできている。
   自然の石は意識して見ないと普通なんだけど、意識して見てみると
   自然の形にショックを受けるよね。
   石でいうとマグマ・堆積・サンゴなどからなるのだけど、生き物の
   地球としての「身体」がここにあってそれを我々がちょっとつまみ、
   利用させてもらっている。
というのが正しい気がする。それが石材。

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落合 こういった自然の造形を見たとき、誰しも一度は、その力に心を揺さ
   ぶられたり感動したりする経験があると思う。ここでの風景は、長年
   かけて水が石を造形していく様。その過程を考えたときに、人間も毎
   日水を飲んで、体内に取り入れ、それを外に出す。その循環が、生命
   の循環のイメージに通じて、私の中で今一度「水と石」を自分の身体
   を通してデザインに落とし込みたいと思いました。

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落合 僕はイタリア人の彫刻家、ベルニーニもすごく好きなんです。この流
   体のイメージが身体と結びついている。
飯島 20世紀のデザインのモダニズムの話をすると、ちょうど100年ほど
   前、20世紀のモダニズムの出発点が1920年位のちょうどバウハウスに
   当たる。
   合理的で、工業生産に見合ったデザインや建築が良しとされた。
   でも、人間は無い物ねだりの生き物で、必ずその反動が出てくる。
   その後、1940年代、ヨーロッパを中心にアンフォルメルという動きが
   できて、それには形がない。ムニュムニュで、ちょうどこのベルニー
   ニのようなもの。40-50年、アンフォルメルの動きが続くと、また
   1960年頃にはミニマリズムが出てくる。不定形も乗り越えた、形も削
   ぎ落としたミニマリズムの概念。そうすると、1980年頃にまた反作用
   が起きて、ニューエキスプレッショニズムという具象的な表現が起こ
   る。だいたい10年15年ごとにクルクルと動いて表現の推移が続いてい
   る。そんな中で、今21世紀、2020年になって落合さんのような不定
   形、ムニュムニュが出てくることは非常に面白いというか、心強いと
   も思うんだよね。というのが、僕の勝手な見方です。笑

落合守征の仕事

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ARKHE beauty salon
これは美容室の設計で、落合氏はこのプロジェクトでデザインアワード世界最高峰と言われるiF デザイン賞 最高位金賞(ドイツ)、レッド・ドット・デザイン賞(ドイツ)など、欧米の数々のアワードで最優秀賞を受賞し、また世界の主要なデザインメディアでも特集が組まれた。
この美容室の設計にあたって、クライアントからは「水をテーマに」という要望があった。全ての生命の源である「水」。根源の美を追求する場としての設計を要望された。そこでたどり着いたのが、この浮遊する流体のデザインだ。これは厚さおよそ0.4ミリのアルミを使っている。通常、断熱としてダクトに巻く建築材である。当初は、折り紙や着物といった薄いもの一枚を折り上げて淡い空間を作りあげようと試行錯誤したという。
0.4ミリの厚さのアルミを天井に据付けるのは相当な至難で、少しでも力を加えすぎるとパキッと折れてしまう。そして、上を向いての作業になることで、施工は難航したと落合氏は語る。

落合 水面のような輝きを放つ素材と、着物や折紙などの日本の伝統的な技
   法を意識し、薄い金属コイルのようなものを見つけて、それをどうい
   う風に使えるか考えたのですが、壁につけたりすることは簡単だけ
   ど、天井に展開させたいと考えました。難易度が高いことをすること
   で、見たこと感じことのない新しい空間が創れるのではないかと。
飯島 これは誰が、これを作るの?こんな職能はないよね?
落合 大工さんに相談したり、色々とトライアンドエラーを繰り返していた
   のですが、作業が上を向いてやることで、みんな首や腕を痛めてしま
   ったりして、根を上げてしまったのです。そんな時に、その側で、ひ
   とり電気屋さんが配線の工事をしていたんです。
飯島 天井の工事は電気屋さんが得意なんだよね!
落合 そうなんですよ!やっぱり、筋肉のつき方が違うみたいで、首も痛ま
   ないし、手も吊らない、電気屋さん特有の身体性があるんです。
   結局、この岡本さんという電気屋さんと、その仲間の方達と一緒に試
   してみたら造形的にもうまくいったんです。
飯島 でも、これ、図面に描けないよね?下世話に聞くと、どうやって見積
   もりとったの?
落合 そうですね。笑 仲の良い職人さん達なので、この天井部分は別枠
   で!材料代と手間代と職人さんの心意気で決めてくれました!笑。
   皆さんにとてもお世話になりました。 難易度が高い工事ですが、
   現場で皆、ニコニコしながら楽しんでやってくれたのが本当に嬉しか
   ったです。
   施工して分かったことは、一見すると、計算されてなくてごちゃごち
   ゃに見えるのですけれど、やっていくうちに、岡本さんの手の動きが
   アルミの物性と同調し美しい曲線を作り上げるようになって。人間の
   身体と物質が一体化して流れるような形を生み出していることを感じ
   たのです。この形に内在しているものは、手や腕の作り出すスケール
   感から出来上がるものなんだと。この美容院のスタッフやお客様か
   ら、金属なんだけど、どこか心が暖かくなると言われて、金属を使う
   ことは硬質感を生みますが、人の力が作り上げることで、暖かいエネ
   ルギーを生むように思いました。工業製品であっても、人の力が加わ
   ることで暖かさを生むことができるのではないかと、この作品で思い
   ましたね。

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飯島 このデザインや、さっきの石の写真を見て思い出したのは、自然と人
   工物の違いは、目地があるかないかだと、藤森照信さんが言ってい
   て。人間の作るものは、必ず大きさに限界があるから、継ぎ目である
   目地が存在する。タイルも石もそう。ただ、自然は、一切なく、水も
   石も土もそのまま続いてシームレス。人間がどうやったって逆立ちし
   てもできない自然のもの。でも、その考えを、環境を作る時にデザイ
   ンに取り入れるというのも一つの方法なのではないかなと思った。
落合 煉瓦を見た時にも、あの大きさが良いのだと思う。あの大きさは、身
   体の動きに理が適っていて、煉瓦を見て温かみを感じるのは、人が積
   み上げたことを、施工の時間を、人は肌で感じ取るのだと思う。

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Waterscape / Memory of Spring
箱根芦ノ湖にほど近く建つ植物園を、工芸品を展示する美術館へとリノベーションし、企画展示、音楽会や演劇などの舞台公演、厨房、飲食スペースなどに対応する多目的スペースを作るプロジェクト。
多目的な活動に対応する空間として、かつてこの植物園の象徴であったガジュマルの大木の根本に湧き出る泉と、箱根観光の名所である芦ノ湖の水面を意識した、深い静けさと神秘で満たされた泉のような透明樹脂の床と、八角形の階段広場を中心とする空間を創った。ここで落合氏は鏡や金属片を割って敷き詰めることで、泉の光の反射を作り出した。

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鏡は割れないように使うもの。それを割ろうとした時、簡単に割れず、思い通りに破片の形をコントロールできないという事を知った。それでもトンカチで割る作業を続けていると、望むような形の破片を得るためには、一定のルールが必要だということに気がつく。90度45度30度というようにルールを決めると不思議と作業が進んだのだ。落合氏は「自分は完全なランダムが美しいとは思わない。ある一定のルールに則っているが、あるところでルール通りにいかない、裏切られるようなところで美しさを感じるのだと思う。」と語った。

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飯島 先ほどの美容室にしても、このプロジェクトにしても、施工をする人
   というのがいかに大切かという事がわかる。昔、日本の中世には職人
   というのは一種の神様で「神人」ジニンと言った。無から有を生むと
   いうことが神様の世界に近い。
今もそれは変わらなくて、こういった
   仕事をするのには、昔からやっている人と一緒にやるのが一番良い。
   やはりそういう人たちには、キチッとお金を払って良い仕事をしても
   らうということ、そういう場面が増えれば良いなといつも思うことな
   んだ。

この言葉は、日本のものづくりの原点というべきものだと感じた。
落合氏のプロジェクトは、知らずに見ると私たちの知っている範疇から一つ頭が飛び出しているような、人によっては理解しがたいと思うような作品かもしれない。しかし、そこには、自然から得たインスピレーションと、それをいかに人間の力で、無理がない身体性を通してつくり込まれた人の熱量が込められている。そのエネルギーの塊のようなものが、時にうねるような水となり、時に、かつてそこにあった泉の光の反射を生み出す。

茶室プロジェクトの始まり

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星庵 星空を眺める茶室群(岡山県美星町)

星空観察の聖地と言われる岡山県・美星町に設置する「星や自然と、人とを繋ぐ装置/茶室」として、星空や風景を眺めるための茶室群の計画。
町おこしのメンバーから受けた依頼は、「町のイベントで使えるような、町のシンボルになるものをつくってほしい」ということだった。ここは、気流が安定していて、名前の通り、美しい星を眺められる場所であり、また、臨済宗の開祖の栄西が岡山に生まれ、禅や茶を広めたということにちなんで、星と茶室のテーマの掛け合わせが生まれた。
箱の一つ一つが実験的な茶室である待庵(2畳茶室)をイメージしており、色とりどりの色は、恒星のカラーである。

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水のオマージュ

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水のオマージュ 保育園プロジェクト
飯島 落合さんて、定規を使うことある?笑 設計とか建築の場合って、T
   定規・平行定規・三角定規を使うんだけど、使うの?
落合 あんまり好きではないかな。笑 
飯島 普通は、定規の組み合わせで直角を作ってそれが美しいとかなるんだ
   けどね。笑
落合 昔、学生時代は定規を使って、直角を取ってましたよ。笑
   でもある時から、自然をよく観察するようになってから、自然の曲線
   のラインに身体が反応するようになりました。その感覚を深めていく
   と、形を見ているような気がしなくて、その美しい自然そのものと身
   体が一体化するような心地よさを感じて。自然の風景全体の気という     か「気の運動感」のような状態というものを捉えるようになりまし
   た。国籍の異なる世界の人々、さらには、大いなる宇宙の生命全体が
   「美しい」って捉えるものはきっとあるような気がして、それを考え
   ていきたいという思いが強いですね。
飯島 そういうのって、早稲田は関係あるのかな?笑 早稲田の人たちって
   ちょっと変わってて、僕は早稲田芸術学校の講師をしていたのだけ
   ど、校長でさえ「真面目な構造とか考えるな」と言うんだよね。そう
   言う校風ってあるのかな。
落合 そういえば、授業で「自由な発想のための授業」ってありました。
飯島 早稲田は、理工系で唯一、試験でデッサン書かせるもんね。
落合 そうですね。割と自由な人材を育てようという意思はあるかもしれな
   いですね。そうは言っても、なかなか20代30代は自由にはできないで
   すけども、、、でも、世間に揉まれながら、強い意思を持って粘り強
   く仕事を続けていくと、先ほども話していた施工を一緒にしてくれる
   仲間と出会って、自由なことができるようになったかなという気はし
   ます。
   岡本さん(電気会社)、梶山さん(施工会社)、山口さん(ペインター)に感
   謝です!

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落合さんが水のオマージュでデザインした京都清水焼プロジェクト。

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水と石の茶室
落合 こう言った私の作品の流れがあって、今回の「水と石の茶室」をまだ
   スタディ段階ですが作っています。天井や壁には、流動する水のよう
   なもの、そして石の存在。この水と石が融合していくものがつくれな
   いか、というところのスタディです。床には半透明な、反射する床の
   上でお茶を楽しむ。

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落合 今は、この石の存在と水をどのように近づけていくか。両者の存在の
   拮抗。松下産業の方(山田さん)と一緒に考えてる最中です。

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飯島 こういうのは、もしかしたらホテルのプロジェクトなんかで使える
   可能性はあるかもしれないね。敷地もあるし。
落合 ホテルいいですね。僕の夢では、こういうものを紛争地帯につくって
   みたい。休戦中に心休まる場所を作り出したり。
   また、砂漠の地下水脈に沿って、水の流れのように配置したりも。
   水がなくなった場所に、過去の水の記憶を作り出すのも良いかと思っ
   ています。

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飯島さんによる、まとめのような脱線のような終わり

飯島 今回、「石と水」の話ということで、石と水にまつわる写真をいくつ
   か持ってきました。

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茨城県の稲田というところで、石を採掘する場所を撮ったもの。発破現場に遭遇した。石の世界に30年いてもなかなかお目にかかれないものらしい。建材で使用する石の元となるものの原型だ。

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飯島さんがサーフィンで時々訪れる、千葉の漁村にある神社。大きな岩の上に神社が乗っている。
日本には巨岩信仰というものがあり、有名なのには東北にある羽黒山・湯殿山・月山がある。巨岩を信仰は日本に様々ある。そして、この千葉のあたりは、古くは四国の阿波から紀伊半島を経て、房総半島に流れてきた人々が住み着いた場所であると言われる。

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飯島さんが1960年頃から通うこの辺りはノスタルジックな街並みがいまも残る。

房総半島の最南端にある安房神社は、阿波の国から黒潮に乗ってやってきた阿波忌部氏の祖が祀られており、忌部氏は古く古代王朝において、産鉄の民、鉄を作りだす一族であった。
房総には鉄を含んだ岩が多くあり、ここに住み着いたと言われ、古代の鉄屑も発見されている。また、この忌部氏が上陸した仁右衛門島は、平安後期、平治の乱で敗れた源頼朝が匿われた場所でもある。また、日蓮聖人も、この安房族の作り上げた文化の中で生まれた。
「石と水について」から巨岩信仰へ、話はいつしかとどまる事なく、古代・歴史への思いへと傾いていった。

次回をお楽しみに・・・

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そして、とうとう仁右衛門島に上陸した時の話は、こちらへと続きます。


協力:
松下産業株式会社 山田さん

松下産業株式会社 ショールーム
東京都品川区東五反田5-25-19 東京デザインセンター2F
営業時間:10:00〜18:00(土日祝除く)
お問い合わせ:03-5447-6431 / info-mts.stones@mts-kk.co.jp

水谷晶人さん(撮影・機材)ミズタニデザインスタジオ

写真クレジット
ARKHE beauty salon : nacasa & partners
Waterscape: Tkumi Ota
星庵 星空を眺める茶室群:Fumio Araki
保育園:Fumio Araki

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