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SB742便、アトランティス全盛期

 火星のスターゲートを潜ると、そこは12,000年前の地球だった。2012年カナキー生まれのアメリー・ルーは、アトランティスに渡った。青い空、白い雲、広がる紺碧の海は変わらない。最高の夏休みだ。時の旅人となったアメリーは、バカンスで、過去の文明を体験した。
 アトランティスは伝説の文明だが、人類の記憶の底にある。北大西洋、ノーザン・アトランティック・オーシャンにあった大陸だ。後にアトランティスは、三分割で沈んで行くが、今はその時ではない。アトランティス滅亡2,000年前の時代だ。アトランティス末期とは異なる。
 この時代はアトランティス全盛期で、その力は太陽系外周にまで及ぶ。宇宙船で、人を太陽系外周まで送っていた。恒星間航行一歩前である。超天才の手で、太陽の船が設計され、恒星間航行が可能とされた。結局、建造されたのは、2,000年後で、最後の王の時代である。
 太陽の船はアトランティス滅亡時、エジプトに逃れ、文明播種船(はしゅせん)となった。
 これが現代にまで伝わるストーリーだが、一部異なるかもしれない。
 アメリーは、アトランティスを知らないが、直観的には知っていた。過去世の転生で、生まれた事があるからではないかと思っていた。キリスト教には、生まれ変わりの教えはないが、あると思っている。子供の頃、日本から来た謎のJKに教えてもらった。彼女は巫女だった。
 アメリーは、キリスト教徒のまま、初歩的な巫女の修行を授かった。実は大昔、二人は同じ神殿で、共に修行をした仲だったと伝えられた。それがアトランティス時代で、アメリーは謎のJKの話を信じた。そしてキリスト教的には、神の花嫁となり、神秘の力を授かった。
 それがアメリー・ルーであり、スターゲートを潜る事ができた。稀有な星の持ち主だが、それだけの運命と実力を持っていた。悪い宇宙人など怖くないし、未知の状況でも、智慧と勇気で突破できる。SB742便の300名の希望の星であり、精神的支えでもあった。
 
 アメリーには目的があった。大学進学だ。それはパリの大学から、アトランティスの大学に変わった。カナキーのリセには出せないが、そっと心の願書は出しておいた。ポンティス大学だ。アトランティスの首都にある。火星からの特待生で、未来からの地球人という肩書だ。
 未来人として、恥ずべき行動はできない。高い徳が求められる。
 アメリーが大学に進学する理由は、歴史だ。西洋文明の根幹は、ギリシャ・ローマの古典古代にあると言われているが、違う。本当はアトランティスにある。アトランティスこそ西洋文明の母体だ。本当の歴史を知りたかった。もしかしたら、とんでもなく古いかも知れない。
 何億年なんて時間は認識できないが、一万年であれば、まだ認識できる。今も北米の英語圏では、アトランティスの記憶を持つ人は生まれてくる。だがポンティス大学に行く前に、言葉から学ばないといけない。大変だ。アメリーは寮生となり、大学の図書館に通う毎日を始めた。
 因みに、このアトランティスのポンティス図書館の蔵書は、一部流出して、エジプトの古代アレキサンドリア図書館まで伝わる。中世にイラクのバグダッド図書館に移され、今は教皇庁禁書庫の闇の奥にある。ヴァチカンは人類の秘密を知っている。決して明かさないが。
 
 アメリーは、図書館から寮までの帰り道、港に立ち寄った。いや、港と言うよりは、空港と言った方が正確かもしれない。飛行船の発着場になっている。空にクジラのように沢山浮いている。プロペラが回っている。動力源は何か?電気ではない。
 アトランティスでは、植物の発芽をエネルギーとして活用していた。エジプトの壁画にもあるが、発芽エネルギーの変換に成功している。蔓植物とランプを繋いだ壁画だ。豆電球みたいに人工的な光が輝く。究極のクリーン・エネルギーだが、あまり大きな力は得られない。
 だが数を集めれば、飛行船を飛ばすくらいの力は得られる。
 あとクリスタルに太陽光をエネルギー変換して、溜め込む技術もある。これがアトランティス末期、巨大な力となり、核兵器的な役割を為す。マスドライバーもあり、宇宙船も打ち上げていた。ロケット技術に見えた。化石燃料を使っているのだろうか?
 不思議な世界だった。現代とは明らかに異なる技術体系だった。
 アメリーは港の端に、木造の飛行船を見つけた。浮いている。その船は和風だった。明らかにアトランティス製じゃない。見ていると、その船は港に着いて、艀を渡し、人が降りて来た。
 和服を着た東洋人だ。いや、アレは日本人だ。見れば分かる。青い袴を着た黒髪女性を見た瞬間、記憶がフラッシュ・バックした。白い鳥居と青い袴。立花神社。スマホで見せてもらった謎のJKと同じだ。アレはホツマツタエの神を信じている日本最古の宗教の巫女だ。
 アマノトリフネという言葉が聞こえて来た。巫女の力で飛ぶと言う。こんな時代からいたのか。12,000年続いている計算になる。いや、それ以前に、日本はこんな古い国だったのか。知らなかった。この時代、すでにムー大陸はない。一夜で太平洋に沈んでしまった。
 あのアマノトリフネは、太平洋を渡って、アトランティスまで来たのか。
 アメリーは、日本という国に注目せざるを得ない。ムーさえ凌ぐのか。
 
 夕暮れ時の港で、暫くの間、ぼんやりした後、アメリーは帰途についた。
 「……アメリー、今帰り?」
 その女子生徒は アメリーと同じ特待生で、赤い肌をしていた。
 「ええ、そう。これから寮に帰るの」
 彼女はマイラの地から来た赤色人種だ。現代では滅びて、いない人種だ。
 「……アメリーも故郷に帰りたくなった?」
 マイラの地は、北米大陸に当たる。ネイティブアメリカンの祖先か。
 「ううん。まだ頑張るよ。どの道、元の世界に帰れないし」
 アメリーは微笑んだ。その特待生の頭には美しい鳥の羽が刺してあった。
 
 寮に帰ると、アメリーは食堂で食事を取った。黒パンと豆のスープだ。いつも自分の時代に近いメニューを選んでいる。味が合わない。自室に戻ると、蔓植物が反応して、明かりにエネルギーを送り始めた。最初薄暗いが、徐々に部屋が明るくなって行く。とても優しい光だ。
 アメリーは机の上に、蔓植物に縁取られた鏡を立てた。化粧台ではない。彼女の時代で言えば、PCのモニターか。彼女が両手を組んで、お祈りを始めると、鏡が薄暗く点灯した。
 イエス様とマリア様に、夕べの感謝の祈りを捧げる。ここはアトランティスだが、全ての時空は繋がっている。本から本に登場人物が渡れるなら、祈りもどこでも通じる筈だ。
 クリスタルを取り出すと、エネルギーを増幅させた。人工的な力だ。
 鏡が強く輝いて、制服を着た男性を映し出した。彼は電話交換手みたいな人だ。
 「21世紀、火星ジオフロントに繋いで下さい」
 鏡が一瞬、揺らいで、別の女性が映った。火星の人だ。
 「Please open the channel. This is Amelie Lou from SB742.」
  (通信を許可願います。SB742便のアメリー・ルーです)
 「……Hi! Amelie, How about staying at Atlantis?」
 (……アメリー、アトランティスのステイはどう?)
 その火星の女性は英語国民だった。懐かしい言葉だ。
 「It might be tight. The words and characters are quite different. Is it close to Egypt?」
 (結構きついかも。言葉も文字もかなり違う。エジプトに近い?)
 覚悟していた事だが、リセで学んだギリシャ語ラテン語の知識も役に立たなかった。
 「……But you can use telepathy, right?」
 (……でも念話が使えるのでしょう?)
 アメリーは火星で、アトランティスに行く前に、念話能力を得た。
 「The average Atlantean can‘t use telepathy.」
 (平均的なアトランティス人は念話が使えない」
 ここでもアメリーは、他の人より一歩進んでいた。心の修行は尊い。
 「……I see. You could dive a stargate.」
 「……なるほど。だからスターゲートを潜れるのね」
 実はアメリーは、恒星間航行に耐えられる資質さえある。
 「I has spent many reincarnations and trained on various continents. My soul can even cross the star sea!」
 (幾転生、様々な大陸で修行して来た。私の心は星の大海さえ渡れる!)
 修行すれば、アマノトリフネも飛ばせる気がする。掴めそうだ。
 「……Anyway, I'll connect him, so wait a little while.」
  (……とにかく、繋ぐから少し待っていて」
 火星の女性は、SB742便で隣だった小さな男の子を呼び出した。
 「Bonsoir」(こんばんは。)
 「……Bonsoir, ça va ?」(こんばんは。元気?)
 小さな男の子は画面越しに身を乗り出して、こちらを見ていた。
 「Ça va bien merci.」(元気、ありがとう)
 アメリーは微笑んだ。やはりフランス語は心地よい。
 「……Comment est ta vie ?」(アトランティスの生活はどう?)
 「Comme si comme ça.」(まぁまぁね)
 ホントは弱音を吐きたい。だが子供を心配させてはいけない。
 「……La Terre était-elle une planète d'amour ?」(地球は愛の星だった?)
 「Oui c'est le cas.」(ええ、そうよ)
 アメリーは、地球が愛の星かどうか知るためにスターゲートを潜った。
 「En regardant les Atlantes,……Je pense que oui.」
  (この時代の人を見ていると、……そう思う)
  人から苦しみを抜く事を、愛だと言っていた。アトランティス流だ。
 「Je ne peux pas croire que l'Atlantide sera détruite dans 2,000 ans.」
 (2,000年後、アトランティスが滅びるなんて信じられない)
 この時代にいると強く感じる。結論を知っているだけに猶更だ。
 「……De nos jours, c'est la même chose, n'est-ce pas?」
 (今も、それは同じ事じゃないの?)
 小さな男の子は、画面から横にズレて、地球のニュースを映した。
 相変わらず、21世紀の戦場は凄惨だった。多くの人が死んでいる。
 「Le monde de souffrance.」(苦しみの世界ね)
 だからナザレのイエスは、人々の心の中に神の国を作ろうとした。
 「……Allons-nous périr ?」(僕たちは滅びるの?)
 「Non, jamais.」(そんな事ない)
 アメリーは、地球人はそこまで愚かでないと信じている。
 「La Terre est une planète d’amour, cela ne fait aucun doute.」
 (地球は愛の星よ。それは間違いない)
 「Mais nous vivons le moment le plus dangereux de l'Histoire du monde.」
 (でも私たちは、世界史で一番危険な時期に生きている)
 それがSB742便、アトランティス全盛期を見たアメリーの見解だった。
 
            『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』補遺025

『SB742便、未帰還事件』 SB742便 1/5話

『大和の心、沖縄特攻』 軍艦神社物語1/3話


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