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☆本#175 自ら由る「103歳になってわかったこと 人生は一人でも面白い」篠田桃紅著を読んで

先月107歳で亡くなった美術家のエッセイを読んでみた。あと27日生きていたら108歳だった。

その前にWikipediaチェックするととても自立した大正生まれの人だった。

43歳で渡米したときの決断について、以下のようにいうポジティブさ。

自らを年齢で縛りつける生き方をすることのほうが、私には不思議でした。こうして私が長生きしているのも、自らの人生を枠におさめなかったことが、幸いして、精神的にいい影響を及ぼしているのかもしれません。
無駄のある人生は、1+1を10にも20にもすることができます。

無駄かもしれなくても後で意外と何かにつながってる時があり、上記にとても共感。100歳を超えているひとの言葉は響く。

著者の父親は最後の江戸時代生まれで著者に結婚するよう遺言を残すも、婚期が戦争中で、友人が寡婦になっても夫の家から出られなかったり、あまり結婚に意味を見出せず、独身を貫いた。周りは見合いで23歳までに結婚する時代に。23か24歳で家を出たようだけど、桃紅という雅号は父親が3月生まれの著者のために命名したようだ。ちなみに、本名は満州子という。満州で生まれたので。

著者の母親は明治生まれ。著者が自らに由って生きていく道を選んだとき、やりたいようにやりなさいと言ったという。家父長制は女性にとって縛りの多い制度で母親も縛られていた一人だけど、心は自由だったと、著者は後に気付く。

渡米しても着物と草履で過ごし、帰国後日本の美術の団体には属さず、常に自立し、独自の美を模索し、海外でも個展をしていた。凛とした姿がただただかっこいい。

エッセイには迷いも見受けられる箇所があったけど、発言には責任を持ち、潔い人だったんだろうと想像。

現在、そごう横浜で彼女の美術展を開催中。
品格のあるアート、線。あえて作品名を入れてないらしく想像力ふくらむ。偏見無く見てほしいからだそうだ。抽象画は興味なかったけど、この作品上の文字はまるで竹林の絵のようで、圧倒的存在感と、「和」のテイストは別格。

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エッセイから印象的な個所を一部抜粋。

現在の感じの人は、2本の線が支えあっているけど、古代の甲骨文字だと1人で立っている。横向きに立っていて手を差し出している感じ。以下、著者に同意。
2本の線が支え合わないと成り立たない「人」とは違い、相手への過度な依存はしていません。
私は、古代の「人」のほうが、本来の人の姿だと思います。
古代の「人」のように、最期まで、一人で立っている人でありたいと願っています。
生きているかぎり人生は未完。
「いい加減」は、すばらしい心の持ち方だと面ます。
ほどほどに余裕を残し、決定的なことはしない。

著者が女学生だったころ、英語を教えていた教諭は、島村透谷の妻のミナ先生。大恋愛の末結婚後、夫が25歳で自殺。その後単身渡米し、アメリカの大学で学位を取得後、帰国し英語を教えていたらしい。こういう人は稀だった時代。渡米の決定に際し、影響があったのかもしれない。

読んでていろいろ気付かされた。

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