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小説

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千住白の創作です。BL/GL小説が主ですが、特に但し書きはしていないので、向いていないと思われる方は自主避難してください。
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記事一覧

2024 愛のもうひとつの名前3

3

 私たちをあやす箱のなかでは、たくさんの罪悪が垂れ流されている。
 父が引きこもりの息子を殺したニュースを観ながら、ドラマで黒焦げの死体を解剖する監察医の手さばきを観ながら、私たちは食事をしている。
 飴色の陽光が落ちる午後、温泉宿の露天風呂で人が血を流して倒れている映像を見る。色あせたドラマの再放送、いくらでもある過去の映像のなかで、彼らは執拗に他人の暴力と死を刷り込んでいく。
 まるで私

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2021 Great Escape2

 ミアの攻撃を受けてしまった。頭蓋骨が砕けて、頭の中身がバラバラになってしまった。
 これではミアに脳のステーキを作られてしまう。灰白質をフォークで突き刺されて、脳をソテーにされてしまうだろう。
 豊は隣で眠っている静に助けを求めるか迷った。眠り病の静は排泄や食事のとき以外、ベッドで眠って過ごしている。
 自分のベッドの周りに脳の欠片がジグソーパズルのように散らばっている。床に豆腐を叩きつけたよう

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2024 愛のもうひとつの名前2

2

 私はあいかわらず他人とは違うレイヤーにいて、周りからは無視されている。必要なときだけ存在を認識するようだ。
 私は幽霊のように彼らのそばにいて、彼らの話に笑ったり不快になったりするけれど、彼らの恐怖を他人事だと感じる。
 重い感情のリンクが切れていて、私は淡い光のなかでふわふわと幸せでいる。
 どうやってこの世界を生きながら外に出ようかと考えている。
 この貨幣経済はチートで、上はいくらで

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2024 愛のもうひとつの名前1

愛のもうひとつの名前 千住白

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 三十年ぶりに新作を出した映画監督の作品を観に行った。
 宇宙人が観ても感動する映画を。
 百年後の人が読んでも心を動かされる小説を。

 私はあなたのためにこの小説を書いた。

 映画を観るという行為は、自分の目を他人に貸すということ、記憶の領域を明け渡すことだ。
 他人の意識を自分のなかに入れる。
 自分の内側に入ってくるものを吟味して受け取りなさい。
 

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2021 Great Escape1

Great Escape

 手の隙間から世界を見る。指の股が光に透けて、自分の血が流れているのが見える。赤い世界だ。光を放つ赤。
 興梠豊(こうろぎゆたか)はひとりでミアと戦っている。ミアは世界征服をたくらんでいる悪者で、豊の頭の中身を吸い取ろうとしている怪物だ。ミアは豊を病院のベッドに縛りつけ、豊に針を挿して養分を取っている。ミアの手下が毎日豊を見張り、透明な血を身体に入れては赤い血を奪ってい

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2020 聖灰

2020 聖灰

夏目漱石『こころ』の二次創作です。K×先生+私。
同人誌『こころのとも』参加作品(別名義)。https://booth.pm/ja/items/2427180
本編のその後、私が先生の弔いのために鎌倉の海へ行くお話です。



 先生の墓は、先生の友人であったKの墓所と同じ雑司ヶ谷に建てられていた。先生が生前、友人の傍で眠りたいと墓を用意していたという。
 私は夫の急死で打ちひしがれた先生の奧さ

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2020 花の匂い

2020 花の匂い

夏目漱石『こころ』の二次創作です。K×先生。 BL的(男性の同性愛)な表現があります。
私に宛てた先生のその後の手紙。



 Kが私に御嬢さんへの想いを告白したすこし後のことでした。

 私が大学から帰ってくると、Kは自分の部屋で和綴じの本を広げながら、

「女所帯は男とは違う匂いがするものだな」

 そう私に話しかけました。

 御嬢さんが私の部屋の床の間に活けた百合の花の匂いが、Kの部屋ま

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2020 殯(もがり)

2020 殯(もがり)

夏目漱石『こころ』の二次創作です。K×先生。 BL的(男性の同性愛)な表現があります。
私に宛てた先生のその後の手紙。



 私はKというかけがえのないものを失いました。本当にひとは失ってからその存在の大きさに気づくのです。

 警察から帰ってきたKの遺体を、私たちはKの遺族とともに弔いました。Kの父親は、勝手なことばかりしていた義理の息子を疎んじて、私にKの墓の手配を頼みました。私は郷里のK

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2019 秘蹟

2019 秘蹟

夏目漱石『こころ』の二次創作です。K×先生。 BL的(男性の同性愛)な表現があります。
私に宛てた先生のその後の手紙。



 手紙とは、読まれたい思いと読まれたくない思いが混交して存在するものであります。私が以前あなたに私の心臓の血しぶきを浴びせかけたとき、私は襖に浴びせかけられたK の血しぶきをそっくりあなたに投げつけたのです。あなたは私の血しぶきを浴び、唯一私の罪を知る者となりました。聖餐

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2006 幽霊の靴4(最終)

2006 幽霊の靴4(最終)

 あのとき泣いていたのはぼくだった。
 おかあさんがかたくなる。
 あのとき、通夜の席で、布団に横になったお母さんの前で泣いていたのはぼくだった。
 白くなったお母さんの頬に、小さなぼくの手形がついていた。
 ねじれたもみじの葉のような形をしていた。
 死後硬直が始まったお母さんの身体は、ひんやりと冷たくて、やわらかかった。
 ずっと忘れていた記憶の一片だった。

 せきこむように泣き出したぼくを

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2006 幽霊の靴3

2006 幽霊の靴3

 あれは七月の熱帯夜のことだった。コンビニエンスストアの前を通りかかった真利さんがアイスを食べようと言った。
 真利さんがアイスを買いに行っているあいだ、ぼくらはコンビニエンスストアの角で壁に凭れて座っていた。
「うちさあ」
 将人は逆三角形の目をさらに鋭くして腕を組んだ。
「そろそろ金がヤバいんだって」
「将人のお母さん、バイトしてるのに?」
「家のローンが払いきれないんだって」
 真利さんがソ

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2006 幽霊の靴2

2006 幽霊の靴2

 二週間前、将人は『家を売るんだって』と言った。
 将人の父親の真利さんが精神的に不調をきたして、家族で真利さんの実家へ戻ると決まった。
 真利さんは、将人によく似た背の高い人だった。
 真利さんが「お父さん」をやめてしまったのは、広告代理店をクビになったことがきっかけだった。
 真夜中まで働いていた真利さんが、会社を辞めて一日じゅうベッドで眠るようになった。将人のお母さんはしばらく真利さんのよう

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2006 幽霊の靴1

2006 幽霊の靴1

幽霊の靴

 宮崎将人の部屋のベランダは、ぼくの部屋の窓から一メートルも離れていないところにあった。早田家の窓から宮崎家のベランダへ飛び、ベランダの鉄柱を滑り降りる。それがぼくらの逃走ルートだった。
 ぼくらは同じ日に同じ病院で生まれた。母親同士が仲良くなったのがきっかけで、将人はぼくの隣の家に引っ越してきた。将人の両親が離婚した小学校六年生の夏まで、ぼくらは双子の兄弟のように育った。
 将人と別

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2003 水辺

2003 水辺

 電話の声には抑揚がなかった。
 俺がドライブに行こうと誘うと、冬木は明日の予定は大丈夫なのか、と聞いた。壁の時計を見る。十一時を回っていた。ドラマの録画を観て寝るつもりだったから、気にするなと答えて電話を切る。
 革のジャケットを被り、財布と車のキーを手にマンションを出た。丸い月が空に浮かんでいる。かじかむ指を握りこんで、車に乗り込む。
 冬木は大学の友人で、大学を卒業して六年経った今でも飲み友

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