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「ペチャクチャ・シティ」(後編)

本基調講演は「代官山T-SITE」をはじめとしたランドマーク建築を数多く手がける建築家であり、デザイナーの交流イベント「PechaKucha Night」の考案者でもあるマーク・ダイサムさんをお招きし、ハードとソフトの両面から都市についてお話いただきます。

後編となる今回では、今や世界1100都市以上で行われるイベント「PechaKucha Night」の誕生と発展の歴史を見ることで、国境を超えた巨大なコミュニティを支える「フレームワーク」の重要性を考えます。(前編はこちらから)

本記事は、2019年1月に開催した『METACITY CONFERENCE 2019』の講演内容を記事化したものです。その他登壇者の講演内容はこちらから
・TEXT BY / EDITED BY / TRANSLATED BY: Shin Aoyama (VOLOCITEE), Saori Tokushige
・PRESENTED BY: Makuhari Messe

OPEN HOUSE

今まで紹介したプロジェクトはいずれも、世界中の他のプロジェクトとつながっています。特にバンコクでは多くの仕事をしています。これはバンコクの「セントラル・エンパシー」というショッピングビルの6階、約5000㎡を設計する巨大プロジェクトで、「OPEN HOUSE」と呼ばれています。ビルの下5階は、シャネル、プラダといったハイブランドの小売店、上の30階はバンコクのパークハイアットホテルになっており、ここはその間に14のレストラン、本屋、美術館を擁するフロアをつくるものです。

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©︎ Ketsiree Wongwan

とても大きなスペースですのでご案内しましょう。ここはバンコクの都会のオアシスのようです。バンコクは信じられないほど暑く、陽射しと暑さから逃れる必要がありますから、そのための新しいタイプの「家」を提案したのです。ここでは朝食でもランチでもディナーでも好きに食べることができます。

空間内には非常に多くの柱が必要なので、それらを2つのタワーの中に隠しました。このタワーはキッチンの目隠しの役割も果たします。まるで高級フードコートのようですね。また、それぞれのレストランには看板を設置可能なタワーがあります。このような大きなタワーがあれば、人々は空間を簡単に移動できますし、レストランの場所をすぐに知ることもできます。

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©︎ Ketsiree Wongwan

そしてこれらの空間全体を書架が囲む形で、書店の機能が組み込まれています。まずはブックタワーとして始まり、そこからレストランや他のスペースを通り、糸や蛇のように人を導きながら空間内を書架が走っていきます。ここでも座席は人々に立ち止まる場所を与える重要なものとして設置されています。

このように、シームレスであることは非常に重要です。各機能は群として配置されており、T-SITEのように、都市の中におけるミニシティあるいはミニヴィレッジをつくることが意識されています。ここは美術館や展望台、レストラン、本棚、コワーキングスペースまで揃った、バンコクのビルの小さな村なのです。これはアジアデザイン大賞をはじめとした多くの賞を獲得しました。ウェブサイトに書かれている全ての賞を思い出せないくらい(笑)

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©︎ Ketsiree Wongwan

ここはコワーキングスペースです。緑は空気をきれいにし、自然の中にいるような気持ちにさせる重要なものです。そこで、私たちはここを温室のようにデザインしました。ロンドンの「キューガーデン」のビクトリアン調の温室と同じように、全てが白のフレームでつくられています。素晴らしいコワーキングスペースだと思います。他にも、子供用の遊び場や階段など様々な施設があります。いわばバンコクの中心にある、みんなのための「家」です。

最後にドローンで撮影した動画をお見せしましょう。私はドローンが大好きで、これも自分で撮影しています。ドローンに興味のある人はDJI Mavic Proがおすすめですよ。動画を見ると、タワーがどのようにして形成されているかがよくわかりますね。それぞれのタワーは異なる方法でつくられ、異なるパターンを持っているので、人々は空間のどこにいるのかがとても把握しやすいのです。

都市にはこのように多様なコンテンツがあることが重要です。そうであればこそ、人々は家の外に出て、素晴らしい空間に入ろうとするのです。私に言わせれば、コンテンツもイベントもなければ、建築家がいても建物は死んでしまいます。

PechaKucha Night

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では、ペチャクチャナイトの話題に移りましょう。まずはどのように始まったのか。きっかけは麻布十番に「デラックス」を設計したことです。ここは日本で最初のシェアオフィススペースで、1998年に20人ほどでつくりました。これは非常に成功し、開催されるイベントもどんどんと大きく、多くなりました。そこで、西麻布に「スーパーデラックス」という新しいスペースをつくったのです。「デラックス」ではイベントは月に4つでしたが、「スーパーデラックス」では毎月30ものイベントを開催する必要がありました。これは非常に難しく、私たちは赤字を出していました。また、木曜から日曜はいつも混んでいましたが、月曜から水曜は空いていました。

さて、2003~2004年に転機が訪れます。デジタル写真とKeynoteが誕生したのです。当時、私がこのようなプレゼンテーションをするとPowerPointはいつもクラッシュしていましたが、Keynoteは非常に安定していました。
そこで、毎週月曜日の朝に建築事務所でデジタル写真の発表会が行われました。建設現場に行った人、工場を訪れた人、休日に街で面白いものを見た人などがデジタル写真を撮って、Keynoteのプレゼンテーションを作成し、毎週月曜日の朝に発表するのです。これは15年後の今も行われていて、素晴らしいアーカイブとなっています。

こうして他の建築家が何をし、何を見て、何を面白いと思っているのかを知るのは素晴らしいことだと思いました。そこで、「スーパーデラックス」でデジタル写真の発表をすることを思いついたのです。

しかしこれには問題がありました。私のような建築家はしゃべりすぎなのです。これは聞く側にとって実に退屈なものですから、何かしらの制限が必要です。そこで、写真の枚数と時間を決めました。20枚の写真それぞれにつき20秒、全体で400秒、つまり約6分40秒がちょうどいいと判断しました。時間制限で写真が変われば、強制的に話題も転換するルールです。

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こうして生まれた形式を「PechaKucha Night(ペチャクチャ)」と呼んでいます。ペチャクチャはおしゃべりをあらわすオノマトペですが、実はこれは西洋人には非常に言いにくいものなのです。1回限りのイベントだと思っていたので深く考えずにつけてしまいました(笑)。

誰でもできるプレゼンテーション

「スーパーデラックス」で始まったPechaKucha Nightですが、皆からは「TEDみたいだね」と言われました。しかし違う点が3つあります。まず、TEDは時間制限のあるオープンマイクですが、形式はありません。形式が決まっているというのは重要なポイントです。2つ目は画像の存在です。ステージ上で登壇者が画像なしで話すだけではダメなのです。最後に、誰でもステージに上がれること。70歳をむかえる私の母は、ウェディングケーキについて話しました。私のビジネスパートナーであるアストリッドの娘も5歳の時にプレゼンをしました。とても楽しく、とても簡単です。20枚の画像を入れたり外したりするだけですからね。

1回限りのイベントのはずだったPechaKucha Nightですが、インターンとしてロッテルダムから来ていた男性が「私の街でもやってみたい!」と言ってくれたんです。そして彼が開催したペチャクチャナイトの初回には250人が参加しました。その次は近代美術館で開催され、参加者は400人に。今やロッテルダムでのイベントには毎回800人が来場し、大ヒットしています。私たちが2003年に始めたペチャクチャナイトは、2006年までに20都市に広がりました。私は誰にもイベントの開催を依頼したことはありませんが、イベントを見た人たちが「私の町でもやりたい」と言うので、簡単なルールをつくりました。1都市につき1つの免許を無料で与えます。誰でも開催できます。なぜ無料にしたかはこのあと説明しましょう。

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PechaKucha Nightのウェブサイトをつくるにあたり、私は当初、東京から世界各都市へと向かう道路標識のようなデザインを採用しました。高速道路を通って全ての都市に訪れるイメージを持っていたからです。しかしこれは間違いでした。都市が増えていった結果、標識がすさまじく大きくなってしまったので(笑)

今やペチャクチャナイトは世界中に広がっています。驚くべきことに現在では、世界1111都市で月に100以上のイベントがあります。東京では月に1回やっています。

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最も重要なのは、普段は舞台に立ったことのない人たちが発言できるようにすることです。ある鳶職人の方についてお話ししましょう。彼は人前でプレゼンをしたことがなく、非常に緊張していて、一度も口をききませんでした。そこで、私のオフィスで働く平井さんがプレゼンをまとめるのを手伝ってくれました。それでも彼は「平井さんが話して、私は隣で立っています」と譲らなかったのです。しかし、実際にステージに上がってマイクを持つと、彼は虎ノ門ヒルズの周りに工事用のフェンスを設置することについて、プレゼンしてくれました。実に素晴らしい体験でしたね。

世界中に広まったこのイベントは地域ごとに多様性を見せています。例えば、イタリアのカターニアでは屋外で行われています。これはロンドンのサドラーズ・ウェルズ・シアターでのイベント。テルアビブでの開催は最大規模で、2000人もの参加者がいます。一方最小のイベントはウガンダのカンパラで行われました。森の中に数人が集まり、必要なのは、シーツとプロジェクターだけです。

このように世界1200以上の都市に広まったのは、無料だったからです。イベントごとに100ドル請求していたら、100都市に留まっていたかもしれませんね。現在では驚くべきことに、学校でも国連でもイギリスの政府でも使われています。しかもこのイベントは今も毎月10都市ずつ成長しているんです。15年前の形式なのにもかかわらず、です。

すごいですよね。AppやiPadのフォーマットは1~2年しか使わないでしょう。私たちは15年間運営しています。これがフィジカルなことが起こるということです。15年の間に、Myspaceが現れて消え、Facebookがやってきて、それも消えつつあります。しかし、ペチャクチャナイトは今も成長を続けています。指数関数的ではなく、直線的な成長であることは重要なのです。イベントには毎年約35万人が訪れ、現在では15,000のプレゼンアーカイブがオンライン上にあります。

デジタルとフィジカル

ここで先ほど触れた、デジタルとフィジカルの話に戻りましょう。私はAirbnbの創設者であるJoe GebbiaとPechaKucha Nightについて興味深い話をしました。私は以前からJoeを家具デザイナーとして知っていたのですが、彼は家賃を払うためにシェアハウスのリビングに布団を設置して民宿をはじめたのです。それがAirbnbの始まりでした。Joeは東京にいた時「PechaKucha Nightの素晴らしいところは、メーリングリストやウェブサイトをはじめとしたデジタルツールを使って、フィジカルなイベントを実現していることだ。Airbnbも同じように、デジタルツールを使って人々にアパートを貸すという物理的なサービスを実現している。」と言っていました。これはネットあるいは経済の次のステップにとって非常に重要なことだと思います。これらはすべてユニコーン企業であり、私たちはグローバル企業でもあります。これは非常に興味深いことです。

デジタルとフィジカルの関係性は重要であり、特に都市空間で物理的なことを実現する重要性は、WeWorkや新しいオフィス文化の出現に表れています。人々は一緒に集まって話をするのが大好きで、それはTSUTAYAやOPEN HOUSEのプロジェクトにも反映されています。だからこそ青木さんは「ペチャクチャシティ」というタイトルをつけてくださったのだと認識しています。

正直はじめた時は、PechaKucha Nightが私たちの建築とどのようにリンクするかはわかりませんでした。しかし今となっては完全な循環関係にあります。

相互に助け合う都市へ

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1200以上の都市からなるPechaKuchaのグローバルコミュニティは、人々を鼓舞するためにも活用できます。2010年のハイチ地震の際には、世界中の都市が参加する24時間のペチャクチャナイトを開催しました。スカイプを使ったのですが、本当に大変でしたよ。それでも100以上の都市が参加してくれて、10万ドルが集まり、俳優のベン・スティラーと一緒にハイチに学校を建てることができました。

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そして2011年の東日本大震災の時には、日本が再び元気になれるように「Inspire Japan」というプロジェクトを立ち上げました。日本はフランク・ロイド・ライトやチャールズ&レイ・イームズなど、世界中の多くのデザイナーに影響をもたらし、インスピレーションを与えてきましたから。このプロジェクトの実施は地震からわずか1ヶ月後だったにもかかわらず、みんなが私たちのロゴ入りの素晴らしいポスターをつくってくれました。誰かに依頼したわけじゃなく、みんな自分から進んでやってくれたんです。六本木ヒルズでの最上階で開催している時も、マグニチュード5の地震が続いていましたが、信じられないほど素晴らしいイベントになりました。

イベントが行われた4月16日には105の都市が参加し、約10万ドルが集まりました。これは「Architecture for Humanity」に寄付され、仙台でHOME-FOR-ALL プロジェクトが発足しました。これこそがネットワークの価値ある使い方だと感じました。一連のプロジェクトは「PechaKucha Inspire」として世界中に広まりました。クライストチャーチのPechaKucha Nightグループは、地震後の街の再建を支援しましたし、地震があったネパールのカトマンズにも、PechaKucha Nightグループがあります。ここでは、地震についての話が集められています。地震の瞬間に何があったのか、復興中に何が起きたのか、再建後に何があったのか。これらはペチャクチャナイトで発表され、「Inspire Channel」にアーカイブされました。今後もしあなたの国や都市で災害が起きた時は、このアーカイブから他の都市がどのように対応したのかを知ることができるのです。

さらに、数年前に熊本で大きな地震がありました。その1週間後には、エクアドルでも大きな地震がありました。熊本とエクアドルにはどちらもペチャクチャナイトがありましたから、スーパーデラックスを介して二つの都市を接続しました。異なる場所で同じ震災の困難を経験した二つの都市を一つにまとめることは、とても刺激的な試みでした。このように、PechaKuchaのグローバルネットワークは重要な働きを担っています。

私たちは「国」という概念が好きではありません。国には国境があり、ビザが必要で、互いに争います。未来を担うのは「都市」であるべきです。都市は素晴らしい。都市という区分において、北京、上海、台北、香港について話すとき、国境はなくなり、中国というくくりは意味を持ちません。それくらい都市は強力であるべきです。このことは、今まで紹介した事例を見れば納得していただけると思います。ぜひ、私たちのウェブサイトの「Inspire Japan Cannel」をチェックしてみてください。

発展していくペチャクチャナイト

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PechaKuchaのポスターについてお話ししましょう。前述のTSUTAYAでは、「T」に基づいて全てのルールが決定されていました。しかしペチャクチャのポスターにはそんな決まりはありません。なぜなら私たちは、都市ごとの表情や色、味が見たいのですから。私たちが示すルールは3つだけです。一番上にページの半分以上のサイズでロゴを入れること、都市名を明記すること、正式な都市であることを示すボイラープレートをつけること。これをクリアすれば、公式ポスターと認められます。こうしてつくられた各都市のポスターは、それぞれの町の公会堂にまで飾られ、私たちの元には毎年400枚送られてきます。非常に緩いガイドラインですが、フレームワークとしては十分に機能します。スライドと時間制限がペチャクチャナイトの形式をつくったように。そしてフレームワークの存在が、人々に創造性を発揮させるのです。こうしてできたポスターはどれも本当にクレイジーで、私たちはこれから毎年ポスターの本を出版するつもりでいます。

最後に世界中のPechaKucha Nightについて見ていきましょう。リヤドの寺院やモスクワの工場、ケープタウン、ハワイ、プラハ、ヨルダンのアンマン、アフガニスタンのカブールなど。戦争で荒廃した地域でも、PechaKuchaは開催されています。都市で最も重要なのは子供です。子供達はペチャクチャが大好きです。これは東京デザインウィークでのイベントで、来場者は1000人以上です。

今面白いのは、スタートアップの機運が高まっていることです。私たちは「PechaKucha Create」というプラットフォームを開発中です。これはブラウザベースのSaaSプラットフォームで、学校や企業にPechaKuchaのフォーマットを提供するものです。こちらにはベンチャーキャピタリストもいらっしゃるでしょうから、もしご興味があればお知らせください。来年の「20 Slide, 20 Second, Tokyo2020」では全容をお見せできると思います。きっと素晴らしい時間になることでしょう。ありがとうございました。

NEXT:アーティスト集団「SIDE CORE」によるセッション「シティ・アズ・キャンバス」はこちらから!

登壇者プロフィール

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マーク・ダイサム|MARK DYTHAM
クライン ダイサム アーキテクツ(KDa)代表。英国生まれ。ロンドンのRCA (ロイヤル · カレッジ · オブ · アート) で建築を学び、1989年に来日。伊東豊雄建築設計事務所を経て、1991年アストリッド・クラインと、建築、インテリア、家具、イベントなど多岐に渡り活動を行うKDaを設立。代表作には、代官山T-SITE/蔦屋書店 (2011)、GINZA PLACE (2016) 、Open House(バンコク, 2017)などがある。
また国内の大学での講義や、国際的なデザインイベントのゲストスピーカーなども行う。2000年には、これまでの日本におけるブリティッシュデザインへの貢献が認められ、名誉大英勲章 MBE (Member of the British Empire medal) の称号を英国女王より授かる。
現在世界約1,100都市以上で開催されるクリエイティブイベント「PechaKucha Night」の創設者でもある。

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青木 竜太|RYUTA AOKI
コンセプトデザイナー・社会彫刻家。ヴォロシティ株式会社 代表取締役社長、株式会社オルタナティヴ・マシン 共同創業者、株式会社無茶苦茶 共同創業者。その他「Art Hack Day」、「The TEA-ROOM」、「ALIFE Lab.」、「METACITY」などの共同設立者兼ディレクターも兼任。主にアートサイエンス分野でプロジェクトや展覧会のプロデュース、アート作品の制作を行う。価値創造を支える目に見えない構造の設計を得意とする。
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