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「ペチャクチャ・シティ」(前編)

本基調講演は「代官山T-SITE」をはじめとしたランドマーク建築を数多く手がける建築家であり、デザイナーの交流イベント「PechaKucha Night」の考案者でもあるマーク・ダイサムさんをお招きし、ハードとソフトの両面から都市についてお話いただきます。

前編となる今回では、代表作「代官山T-SITE」を含む自作の紹介を通じて、都市の中にあふれる人々の活動──コンテンツ──を象るものとしての建築の在り方についてお話いただきました。

本記事は、2019年1月に開催した『METACITY CONFERENCE 2019』の講演内容を記事化したものです。その他登壇者の講演内容はこちらから
・TEXT BY / EDITED BY / TRANSLATED BY: Shin Aoyama (VOLOCITEE), Saori Tokushige
・PRESENTED BY: Makuhari Messe

青木:続きましては、マーク・ダイサムさんにご登壇いただきます。ダイサムさんは、代官山TSUTAYA T-SITEの設計をはじめとして、様々な賞を獲得されている建築家であると同時に、「PechaKucha Night(ペチャクチャナイト)」という、プレゼンテーションフォーマットを開発されたコンテンツデザイナーでもあります。幅広い活躍をなさっているダイサムさんに、ハードとソフトの両面から都市について語っていただきたいと思います。よろしくお願いいたします。

NO CONTENTS NO CITY

マーク・ダイサム:では始めましょう。私は本日ここに来られたことをとても嬉しく思っています。私を講演に招いてくださった青木さんとMETACITYに、この場を借りて感謝いたします。

さて、私は今二つの仕事をしています。昼間は建築家、夜はPechaKucha Nightの運営です。

最初に建築家としての仕事についてお話ししましょう。みなさんご存知のタワーレコードのコピー ”NO MUSIC NO LIFE”。この言葉を借りれば、私は ”NO CONTENTS NO CITY” だと思っています。そのくらい、都市の中身というのは重要なんです。そこでみなさんには、私の講演を通じて、私たちのプロジェクトの中身について考えていただければと思っています。

まずは私たちが建築をどのようにデザインし、それがいかにして街や生活に溶け込むのか理解していただくために、いくつかのプロジェクトをご紹介しましょう。

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©︎ Katsuhisa Kida

建築とは建物そのものだけでなく、感情にも関係する重要なものです。これは小淵沢にある星野リゾートリゾナーレ八ヶ岳のウェディングチャペルのデザインプロジェクトです。日本におけるプロジェクトということもあり、私たちはキリスト教の様式を重んじるのではなく、花嫁の顔にかかるベールをイメージしたチャペルをデザインすることにしました。花婿がキスのために花嫁のベールを取り上げると、チャペルの「ベール」が開きます。

このベールは鋼鉄でできていて、重さは11トンあります。4800個の開口部それぞれにアクリルレンズが付いていて、光が入るようになっています。このベールがキスとともに開く様子は本当に壮観で感動的です。結婚式とは人生で最も素晴らしい瞬間であり、それにふさわしい建築を提案できたと自負しています。

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©︎ Katsuhisa Kida

中からの眺めを見てみましょう。このベールはまるでレースのように見え、本当に美しいです。スクリーンのすぐ後ろはネットになっていて、光が入るようになっています。キスの後、シャンパントースト(新郎新婦がゲストとシャンパンで乾杯する儀式)のために向こう側に渡る踏み石が見えます。

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このチャペルでは1日に6回結婚式が行われます。一日中使用されるわけですから、夜の様子も重要です。私は、夜の結婚式こそが最も重要な結婚式だとさえ思っています。さてご覧のように夜の写真もまた、非常に美しいです。

はじめに言ったように、建築はとても感情的なものであり、記憶を呼び起こす重要なものです。私たちの仕事の目的は、単一の大きな、理解しやすいアイデアを提供すること。すなわち、多くの人が見る象徴的なものをつくりだすことです。東京周辺の電車に乗れば、このチャペルが完成から14年経った今でも星野リゾートの宣伝に使われているのが見られるでしょう。

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©︎ Daici Ano

このようにチャペルは大人気でしたから、パーティー用の応接室が足りなくなることも時々ありました。これは「ブリラーレ」、ホテルの一部であり私たちがデザインした応接室です。南アルプスの小淵沢は本当に美しい場所です。私たちはそんな森に干渉したり大げさな主張をしたくなかったので、磨き上げられたステンレス鋼で建物全体を覆いました。「ターミネーター2」に登場するT-1000のようにピカピカに磨かれたステンレスが、建物の姿を周囲に溶け込ませるのです。これも大きなアイデアの一つです。

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© Nacása & Partners

では銀座の街を通じ、はじめに触れたコンテンツの重要性についてもう一度お話しましょう。これは銀座四丁目の交差点に立つ「GINZA PLACE」です。象徴的で巨大な建物でしょう。

この敷地は1924年建設の「銀座・和光」の向かいにあります。そこで、和光のボリューム構成の比率を反映する形で、建物をいくつかの区画に分けました。各ボリュームの高さが揃っているので、和光との間に水平なラインが走って見えますね。7階のカフェと和光の時計がこの仮想的なラインで結びつく様子は、カフェの利用者に歴史的なつながりを意識させてくれます。銀座のビル群にも、街とのつながりを意識したビルはいくつかあります。しかし、それらは固く閉じていて、中で何が起こっているのかを見ることができません。私たちは建物の各壁面をガラス張りにして、中のアクティビティを街中に公開したかったのです。中の様子を街の人が見られることはとても重要です。ショールームの車やカフェが見えることで、街全体とのつながりを感じることができます。

このように、銀座のプロジェクトでは、コンテンツを前面に表示することが肝心でした。

代官山T-SITE

さて続いては、代官山T-SITEについてお話ししましょう。今では日本の人口の半分以上がT-POINTカードを利用していますから、皆さんもご存知かと思います。このコンペは招待企業77社で行われる厳しいものでしたから、優勝の喜びも一入でした。

また、繊細で美しい敷地にふさわしいブランディングの提案も求められました。そこで、ウェディングベールのアイデアと同じくらい、強力でシンプルなものとして「T」のロゴを採用しました。3棟に分かれた建物の立面には、大きな「T」のシルエットが浮かび上がっています。向かいのカフェから眺めれば、この「T」はよく見えることでしょう。このルールは平面計画にもつながっており、立面で「T」の縦棒に見えた部分には、それぞれの棟の構造が収められています。

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© Nacása & Partners

もう一つの大きなイノベーションは、この巨大な書店をどう案内するのかです。私たちはシンプルな方法でそれを解きました。それは、3つの建物をマガジン・ストリートが貫くという提案です。車の雑誌の近くには車の本、ファッション雑誌の近くには服飾の本が配置されるため、マガジン・ストリートはナビゲーション装置として機能します。コンテンツが建物の中を走っているような感じですね。

設計の発展のようすをご覧に入れましょう。われわれはここをミニシティあるいはミニヴィレッジとして捉えました。この建築はどの角度からでもアプローチできるのです。正面も背面もなく、後ろの小さな建物からも行けるよう、都市に配置することが重要でした。

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© Nacása & Partners

「T」のモチーフに戻りましょう。これは非常に単純で理解しやすいアイディアであり、こうしたものは時として建物以上に重要な役割を果たすのです。

ここには様々なスケールにおいて「T」が存在しています。皆さんまずは外壁パネルの小さな「T」に気づきますが、立面の大きな「T」もまたルールの一部です。ところで、私たちはコンペの段階ではここを「Tガーデン」と呼んでいましたが、「Tサイト」になってしまいました(笑)。

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© Nacása & Partners

この建物には光を取り入れるためのガラスがたくさんあり、その窓際には多くの座席が配置されています。なぜなら、人々は光のそばに座って本を読むからです。また、セブンイレブンやファミリーマートでは、雑誌は必ず窓の近くに置いてあります。人が立っていることで、外から見たときに店が賑わっているように感じさせ、無意識に入りたくさせるためです。こうした効果を狙って、窓際に連なるベンチをデザインしました。

この配置によるもう一つの効果は、大きな段ボール箱など、ガラスに当てたくないものをクライアントに置かせないようにすることです。このベンチはガラスを守るバリアであり、同時に、私たちがデザインした本棚や照明やテーブルを置くこともできます。将来的なレイアウトの変更希望に応じることができるのです。

この公共のベンチを、たまたま窓の隣に設置したと考える方がいるかもしれません。しかし私たちは、人々がガラスの近くに座り、公共空間のように建物を活性化することを切望しています。例えば音楽フロアには立ち止まって街を眺められる場所があります。このように、都市と建築とインテリアの相互作用はとても重要です。

このプロジェクトのおもしろさは、私のような50歳を超えた中年向けに設計したことです。この年齢層を対象とした小売プロジェクトはあまりありません。しかし、彼らは子供達が大学に進学して時間が増え、セカンドカーやセカンドハウスを所有したり、セカンドパートナーができたりする時期であり、ターゲットとすべき素晴らしい年齢層です。プロジェクトはとても成功し、結果的に若い人もたくさん来てくれましたが(笑)。

現在では、Amazonをはじめとする大手オンライン小売業者が都市を破壊しています。皆がオンラインで買い物をした結果、実店舗は閉店し、シャッター街が都市にあふれています。
しかし私たちはそこから抜け出す方法を示しました。それが、本屋・音楽ストア・映画ストアのもう一つの特徴である 「ソーシャルリテール」 の機能に着目する事です。TSUTAYAは朝の7時から深夜2時まで営業し、そこには12の本のセクションがあります。車のセクションを例にとると、4、5人の専門家が本を売買し、コンシェルジュが案内を担当します。彼らは本当にプロフェッショナルです。

仮に、ある書店が11時から19時で営業し、本のことを何も知らないアルバイト店員が担当しているならば、今日の環境においてその書店は失敗するでしょう。しかし、TSUTAYAには、音楽であれ、車であれ、旅行であれ、それに精通したコンシェルジュのスタッフがいます。本を売る人たちと関係を持つ、ソーシャルリテールの概念はとても重要なのです。

しかし、TSUTAYAはもはや書店の枠だけでは語れません。旅行に関する雑誌を見つけると、その隣に旅行の本があります。さらに旅行代理店もあり、予約をすることもできます。大きなTSUTAYAの店舗では、自転車の雑誌や本、自転車自体を扱っていますし、修理もできます。食品についても同様で、食品雑誌、食品本、食品、料理教室まで揃っています。雑誌、本、製品、サービス、これは単なる書店以上のものであり、私はこれが小売業の未来だと思います。このプロジェクトはその最初の例として成功しています。結果として、海外旅行者向けの「日本でやるべきことトップ10」の中には、皇居、東京タワーに続いて代官山T-SITEがランクインしています。店内にはファミリーマートも併設され、24時間営業しています。書店自体は5時間閉まっているので、その間に再入荷できます。こうしてみると、この建物はまさに小さな都市のように見えてきます。

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カフェも素晴らしく、13時や14時台には本当に混んでいます。東京で一番ホットなナンパスポットかもしれませんね(笑)。上の階には「Anjin」というラウンジがあります。ここはデジタル世界と繋がった魅力的な場所なのですが、同時に紙の書籍にも愛情を注いでいます。古い本や雑誌のアーカイブには、紙の手触りや匂いがあります。デジタルも大事ですが、触覚や嗅覚も大事だと思うのです。また雑誌の内容以上に広告も興味深いですよ。20、30、40年前のカシオやソニーなどのブランド広告は、ここでしか見ることができませんから。

私たちはいつもプロジェクトの設計において、ヒューマンスケールと暖かさを持ち、シームレスであることを意識してきました。これらはもちろん重要なことです。しかし、このプロジェクトを推進している真の鍵は、コンテンツです。本や喫茶店をはじめとした、中にあるもの全部です。私たちが行う設計は、プロジェクトの半分にすぎません。残りの半分は、中で起こるコンテンツです。建築はコンテンツなしでは存続できないのです。

TSUTAYAプロジェクト

私たちは7年前にこのプロジェクトを始め、現在では全国5箇所のTSUTAYA店舗をデザインしました。こちらは湘南T-SITEのTSUTAYA店舗で、代官山よりも大きいです。

これは大阪の梅田駅の店舗で、LUCUAデパートの9階にあり毎日18,000人が訪れます。電車を待っている人は、2階に上がり本を読むことができますから、世界一大きな列車の待合所と言えるかもしれませんね。そしてここは面白いことに、マガジン・ストリートがループ状になっています。この円環を中心に本が広がり、製品や各種サービス、カフェや食品売り場、スパまでもが配置されています。これらの各種コンテンツが建物の機能を活性化させているのです。

どのプロジェクトも象徴的で、わかりやすく、シンプルであることが念頭に置かれており、これこそが私たちの仕事の鍵なのです。これは買い物のしやすさにも関わってきます。六本木ヒルズとミッドタウンを例にして、違いを見てみましょう。

六本木ヒルズはとても複雑です。美しいですが、全ての商品がどこにあるのか把握できないので、買い物がとても難しいです。しかし、これはわざとそうつくられているのです。道に迷うことで、知らなかったものを見つけられるかもしれませんから。対して、ミッドタウンは動線が直交しており、簡単に配置を認識することができます。サインも必要ありません。

さて、簡単に移動できるようにする一方で、留まれるようにすることも都市の快適さをつくり出す上では大切です。一時停止できる場所は買い物にとても役立つのです。都市部には座席が少ないので、歩き続けるしかありません。歩き回っていると疲れますし、無駄な買い物をしてしまいます。TSUTAYAにおける座席は、立ち止まり、考え、買うための時間を与えてくれる、駅の待合室のようなものなのです。

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これは中目黒駅の下にあるTSUTAYA書店です。中目黒の線路下を通ったことがある方はご存知かもしれません。ここは20分程度の待ち合わせや、街に飲食に出かける前にちょっと立ち寄るための場所として設計しました。ですから、書籍の取り扱いは少なく、かわりに雑誌やちょっとした贈り物、コーヒーなどを売っています。これはホテルのロビーに似た考え方です。つまり私たちは、中目黒のロビーをつくろうとしたのです。これは都市の中でも非常に重要な場所であり、同時に都市を見る新しい方法を提供しています。

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設計計画は実に変則的なものになりました。まず、敷地には線路を支える柱が落ちるため、柱が面積の10%もを占めてしまいます。そこで私たちは、柱の間を縫いながら看板の機能を果たす「リボン」を設計しました。リボンが大きな看板に変化する様子は楽しげで、とても温かい雰囲気があり、人々を空間へと誘います。私たちはいつも小さな曲がり道に興味をそそられてしまうものですからね。

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© Nacása & Partners

さらに、柱と窓ガラスの間は600mmしかありませんでしたが、私たちはこの隙間に人を招くことを考えました。TSUTAYAの窓際のベンチのように、窓際に人がいることは重要なのです。そこで私たちは、印象的な赤いベンチを配して人々に座ってもらい、外の人々を引きつけてもらうようにしました。今では多くの人々が好んでこの窓辺に座っている様子が見られます。さらに窓際以外にも、雑誌棚のあいだに棚の枠組みを利用した座席が配置されています。

このように私たちは建築家としてだけではなく、インテリアデザイナー、プロダクトデザイナーとしても提案を行なっています。さらには「PechaKucha Night」のコンテンツデザイナーでもありますが、これは後でお話ししましょう。

NEXT:後編はこちらから!


登壇者プロフィール

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マーク・ダイサム|MARK DYTHAM
クライン ダイサム アーキテクツ(KDa)代表。英国生まれ。ロンドンのRCA (ロイヤル · カレッジ · オブ · アート) で建築を学び、1989年に来日。伊東豊雄建築設計事務所を経て、1991年アストリッド・クラインと、建築、インテリア、家具、イベントなど多岐に渡り活動を行うKDaを設立。代表作には、代官山T-SITE/蔦屋書店 (2011)、GINZA PLACE (2016) 、Open House(バンコク, 2017)などがある。
また国内の大学での講義や、国際的なデザインイベントのゲストスピーカーなども行う。2000年には、これまでの日本におけるブリティッシュデザインへの貢献が認められ、名誉大英勲章 MBE (Member of the British Empire medal) の称号を英国女王より授かる。
現在世界約1,100都市以上で開催されるクリエイティブイベント「PechaKucha Night」の創設者でもある。

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青木 竜太|RYUTA AOKI
コンセプトデザイナー・社会彫刻家。ヴォロシティ株式会社 代表取締役社長、株式会社オルタナティヴ・マシン 共同創業者、株式会社無茶苦茶 共同創業者。その他「Art Hack Day」、「The TEA-ROOM」、「ALIFE Lab.」、「METACITY」などの共同設立者兼ディレクターも兼任。主にアートサイエンス分野でプロジェクトや展覧会のプロデュース、アート作品の制作を行う。価値創造を支える目に見えない構造の設計を得意とする。
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