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群衆哀歌 25

Before…

【三十四】

「以上、俺の逃げられない過去。」
 その一言で、あっさりと喜一君の話は終わった。あったりと、それでいて重厚な空気を病室に残して、一度昔話の終わりを迎えた。
「それで、そこから青髪になるまでは?」
「その日に母親にドタマ下げて一人にしてくれって頼んだんだ。全然納得してくれなかったけど、土下座までしてやっと話聞いてくれた。さっきの話は出さなかったけど、どうしても一人でやっていきてぇって頼んだんだ。そしたら丁度親父が帰ってきた。親父にも同じこと言って土下座したら、頭思いっきり踏んづけられた。」
「うわ、痛そう…。」
「鼻の骨折れて血吹いて、一旦出てって百万俺にぶん投げたんだ。勝手にしろ、って。勘当みたいな形で物件決めて携帯もう一回契約して出てったよ。」
 喜一君は窓越しの薄ら明るい遠くの空を見ている。冷静な振りしてるのかな。でも、私には分かるよ。本当に似た経験してたんだね。話すの、すっごく勇気要るんだよね。証拠に、さっきから繋ぎっぱなしの手がずっと震えてるんだもん。身体じゃないよね、心が痛いんだよね。

「そっから一人になって、夏休み終える直前まで髪伸ばして、明日からガッコって時に髪型変えて青のツーブロにした。いつメンの奴らが心配して話し掛けてくれたけど、詫びだけ入れてろくすっぽ話しなかったんだ。知られたくなかったし、男が怖くなった。ずっと足震えるんだ。その後吐くし。そっからは哀勝が最初に見た俺になった。ずーっとイヤホン着けて、煙草始めて、誰も寄るな、ってオーラ出してた。その時のツケだな、今こうやって入院してんの。」
「そっか、辛かったね。春君と私に逢えてよかったね。」
 少し照れながら言ってみた。また小馬鹿にされるかなって思ったけれど、喜一君はとっても素直だった。
「本当、感謝してる。あと、当時のいつメンの中で今になっても見捨てずに面倒見てくれてる山本。一生もんのトモダチだよ。」
 私より照れてる。怪我して湿布やガーゼだらけの顔が赤くなってる。ガーゼが白い分、赤さがより際立つ。
「ところでさ、いつまで私と指を絡ませているつもりだい、可愛い後輩くん。」
 照れている喜一君に、この一言は効いた。彼は慌てて手を放したが、大怪我人がいきなり動いたもんだからまた痛そうにしてる。あほ。
「わ、わりぃ…。何か落ち着くなって思ったらずっとそのままだった…。」
 そっか、落ち着くんだ。私も、素直になっていいかなぁ。

 私は喜一君の左手に指を絡ませた。さっきとは逆の手。驚く喜一君が何か言い出す前に、その口を塞いであげた。さっき私を落ち着かせてくれたように、けれど手ではなく、口で。お互いまだまだ積もる話がある。一度休もう。乱暴にではなく、優しく。お互い、あの時は雑で愛の無いものだったからね。私からの愛を、受け取ってね。

【三十五】

 いきなり、所謂「キス」というものをされた。驚いたが、さっき慌てて手を離した時に勢いよく動いてしまったので、また身体の節々が痛くて身動きが取れなかった。
 驚愕は徐々に安堵へと変わり、気づけば目を閉じてそのひとときに浸りきっている俺がいた。それはたかだか数秒の出来事だったのに、永遠のような感覚を残した。

 互いの唇が離れた時、お互い真っ赤な顔で目を合わせた。
「こっちは動けねぇんだぜ、それはずりぃよ。」
 照れながら強がってみた。本当は、満更でもないどころか凄く嬉しかった。
「満更でもなさそうだったくせに。お姉さんからのプレゼントだよ。」
「バレてたか。有難く頂戴しますよ。」
 窓の外は、徐々に陽が昇り出した。夏の日の出は早い。

「「あのさ、」」
 暫しの沈黙の後、全く同じタイミングで、二人が口を開いた。
「お先にどうぞ、後輩君。」
「いやいや、そこは先輩から。」
 半分は照れ臭さだが、もう半分は先を越されたくないって思いだ。
「じゃんけんで決めよっか、手動く?」
「じゃんけん程度なら動くよ。上等だ。」
 六回あいこが続き、俺が勝った。真っ赤な顔で悔しそうな哀勝の目を再びしっかりと見つめる。
「俺さ、今回のことですっげぇ助かったのは勿論感謝してんだけどさ、俺にちょっかいかけてくれて今は心の底から嬉しいんだ。だからさ、」
 意を決して話し出した言葉は、途中で遮られてしまった。
「前置きが長い!私と付き合ってくれない?」
 最後に言おうとした言葉は、先を越されてしまった。率直に感謝を伝えたかったのは事実だが、本当に言いたかったことがそれであったこともまた事実。
「横取りされちったよ…。さすが姉御。俺も色々足りねぇ所あったら直していくからさ、もうしばらく俺の面倒見てくれよ、哀勝。」

 真っ赤な顔で、満面の笑顔を見せてくれた。今まで見てきた哀勝の笑顔を思い返す。雨の廃墟で、自暴自棄になっていた時のあの悲しげな笑顔。取り巻きの男共に見せていた、生き抜く為の偽りの笑顔。俺達と酒飲んだ時の、楽しそうな笑顔。それらのどれよりも、嬉しそうで、幸福の二文字が脳裏に過る笑顔だった。

「任せて。私もさ、苦手なこといっぱいあるからさ、その時は面倒見てね、喜一。」
「上等だ、任せとけ。」

 過去に恐怖を抱えた二人は、その恐怖を共感し、理解し、乗り越える伴侶を得た。俺はか細い力で彼女を引き寄せ、今度はこちらからありったけの愛を込めてくちづけを交わした。

Next…


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