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青い春夜風 14

Before…

【十四】

 なんだかんだ楽しみにしていたゴールデンウィークも、始まってしまえばあっという間に終わってしまう。前半に部活動を詰め込み、終盤二日は丸々休みにしてリフレッシュした。公私ともに充実した連休だったと言えるだろう。

 いつもより少し早く出勤して、久方振りの教え子たちを迎える。
「夢の国楽しかった!ずーっとコロナで行けなかったからね!」
「一日中オールでゲームやっちゃったっすよ~。」
「婆ちゃんのとこ行ってお墓参り行ってきたよ!」
 勉強、の二文字が聞こえてくる会話から全く無いのは多少の不安を覚えるが、まぁ連休を楽しんだようで何よりだ。最後尾窓側とその隣以外の席が早くも埋まり、朝読書五分前のチャイムが鳴った。
「ほーれ、思い出報告会は朝のホームルーム後なー。連休前できてたこと、連休後もできるようにな!」
 ざわめきの残響が徐々に消えてゆき、教室内は話している生徒の方が少なく、浮き始める。こうなると喋っている側も何となく雰囲気を察知し、自然と全体が静かになる。一年ごとにその浸透が早まっているのも感心だ。
 そうして最後の余韻が消えようとした時、廊下から凄まじい足音と大声が聞こえてくる。他のニクラスも同様に静かになってきた頃、静寂の廊下を奔放に叫びながら走る二人の男子。この声は…。

「やっべぇよ、初日っから遅刻じゃ示しつかねぇ!」
「お前が朝っぱらからのんびりドカ食いしてっからだろが!どアホ!」
「いつものペースでいっぱい食べてたら登校のこと忘れてたの!ルーティーンだよルーティーン!」
「仮にも自分で言ったんだからそこは忘れんなよ!全く!体力無ぇ上に足も遅ぇんだからよ!」
「やっべ、横っ腹めっちゃ痛くなってきた、ってか百食い過ぎだこれめっちゃしんどい、着いた!」

 二人で大騒動を繰り広げ、窓側に座る光佑・その隣に座る雅。危うく変な声が出るところだった。教室内、更にはフロア全体が沈黙に落ち、ただただ男子二人の荒い呼吸が木霊している。
 廊下に半身を乗り出すと、相原先生・沢村先生・そして下駄箱で登校確認を終えて駆け足で上がってきた主任が揃った。副担任に各クラスを任せ、担任と主任は英語科室に移動した。

「晴野先生、私と話す間もなく彼ら二人駆け上がってったけど、家庭訪問の時に何か話とかあったの…?」
 精一杯大きな小声で主任が驚きながらまくしたてる。しかし、俺自身も尋常ではないくらいテンパっているので上手く説明ができない。
「連休明けの実力テストを受ける、とは言ってたんですが、雅は腹壊してトイレ入ったり出たりで、光佑がスタミナ炒め作ってて、全然学校来るとかそんな話は無かったはず、あれ…」
「落ち着いて、晴野先生!」
 相原先生がべしっと背中を叩いた。
「とりあえず普段通り行きましょう。ただ連休明けということもありますし、突然彼らが来たもんだから、生徒たちの気が緩み過ぎないように注意して様子を見ましょう。」
「そうね、ありがとう相原先生。副担と管理職にはすぐに話しておくわね。晴野先生、頼んだわよ!」

 朝読書終了のチャイムとともに各担任は教室に戻り、日直の号令で朝のホームルームが始まる。三組の生徒たちは、駆け込んだ二人を除いて落ち着かない様子である。そして当事者一人目・雅は(まだかな、まだかな)と言いたげな様子でにこにこと笑っている。こっちの気持ちも考えて欲しいもんだ。当事者二人目・光佑は窓の外を見ている。日直の朝の挨拶で生徒が声を揃えて「おはようございます」を言う。声がデカい奴が一人いる。

「おはっようございますっ!」

 声が裏返った。ここでクラスメートたちがいい具合に笑ってくれたので、漸く俺も緊張から解放された。健康観察では全生徒のフルネームを呼び、呼名した生徒と目を合わせることを意識している。三年三組になって、初めて全員の返事が聞けて泣くところだった。

「改めておはよう!今、元気な人!」
 真っ先に雅がピンと手を伸ばし、続いてそろりぞろりと手が上がり続け、最終的に全員の手が上がった。
「よし、良かった!連休前に俺が話したこと、皆守ってくれて嬉しいよ。早く来た人は連休中の思い出話もしてて、充実した連休だったんじゃないか。だが、中間テストと、その直前に実力テストがあることは忘れるんじゃないぞ!」
 大体テストの話になると「えー」とか「うわー」なんて言いながら溜息を吐く生徒がちらほらいるものだが、まだ教室内は独特の空気が残っていて物凄く静かだ。それを感じさせないように話したつもりだったが、「何で触れないの?」みたいな圧を感じて堪らない。
「とりあえず連絡事項は俺や係の皆からあったので以上だ。他に何かある人はいるか?」
 いつもは一、二秒の空白から終わりの挨拶か、連絡漏れを思い出した係の生徒が慌てて連絡する場面だ。しかし、今日手を挙げたのは光佑だった。
「こ、光佑。どうした?」
 朝のホームルーム中、ほとんどずっと外を見ていた光佑が、すっと立ち上がった。そして彼の席から一番遠い廊下側の前から二番目の生徒を見た。
「木ノ原、この前は一方的に暴力振るってごめん。どうか許してほしい。」
 木ノ原は「うぇっ!?」と予想外の謝罪に奇声が漏れたようだった。だが本人も望んでいたことだ。すぐに態度を改め直し、「いいよ、元々悪いのは俺らだから」と言い、互いに会釈して一件落着し、異様な雰囲気のままホームルームが終わった。

 一限目は空いているので、提出物を回収しながら教室の様子をチャイムが鳴る直前まで見ていた。雅と光佑は家庭訪問で見る姿と何ら変わりなくじゃれ合っている。菊宮小出身のメンバーは、別にいつもと違う様子は見せず、何人かのグループに混ざって準備をしたり喋ったりしている。だが、教室を出る間際、平野が二人にさり気なく手をひらひら振った瞬間は見逃さなかった。

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