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青い春夜風 15

Before…

【十五】

 気合入れて作った朝飯のお陰で、久々の朝から登校は随分派手な登場になってしまった。窓側最後方で本当に良かった。変な空気はあるが、俺は特に気にしない。雅は、どちらかというと気付かないか、或いは気づいていながら上手く立ち回っているのだろう。

 休み時間になる度、雅は俺の机に座ってちょっかいを出したり、机に落書きをしては楽しそうに過ごしている。
「なぁなぁ、これ何描いたと思う?」
「んだこれ、キリン?」
「いやいやどーみてもラクダでしょ!まだまだ俺の芸術を分かってないんだから。」
「こんな首長くてほぼ平面な背中してるラクダがどこの世界にいんだよ、ってか寝る時に汚れるから消しといてくれよ。」
「あ、チャイム三秒前!んじゃ!」
 落書きを残したまま席に戻った瞬間チャイムが鳴った。四限目の授業が始まるが、この落書きは消さずにとっておいた。
 一限目から授業を受けていて、正直退屈と感心が半々だった。商店で開かれた学習塾のお陰で、授業内容はただの復習でしかなかった。だらだらと説明してくれる先生には申し訳ないが、端的かつピンポイントで要点を押さえた雅の説明のがよっぽど分かりやすい。この時間の数学に至っては解き方をとうに理解しているので眠たくて仕方が無い。
「-佑、おい光佑!大丈夫か?」
「っはい、何すか?」
 意識が飛びかけたところで名前を呼ばれた。一瞬驚いてしまったが、表には出さずに済んだ。
「ここ押さえとかないと後々苦労するぞ。丁度問題を黒板に書いたところだから、教科書見ながらで構わん。これ解いてみろ。」
 うぃーす、と言って問題を見る。何だこの基礎中の基礎ですと言わんばかりの問題は。適当にチョークを拾ってぱぱっと済ませて席に戻った。
「…正解だ。勉強、頑張ってるようだな。」
 ちらっと隣を見ると、雅がドヤ顔しながらさりげなくピースしていた。見えないように手を振り返したら、雅の席の向こうにいる平野が笑顔でグーサインを出していた。平野にも軽く手を振った。

 給食は一年半前と変わらず「黙食」。淡々と、そしてぱぱっと平らげて眠りの姿勢に入る。突っ伏す前にちらっと隣を見ると、富士山のように盛られた白ご飯をがつがつ食べる雅が見えた。なんだかほっこりした。

 掃除を終えて昼休み、平野と篠、吉田に多目的広場の隅に呼ばれ、廊下側を背もたれにしてベンチ状に伸びている場所に腰掛けた。
「本当に来たんだな、どうよ久々の学校は?」
 篠がからかうように俺たちに言った。つっけんどんに見えるが、嬉しそうなの見え見えだぞ篠。
「いやー、給食やっぱ美味いね!光佑の手料理には敵わんけど、バランス取れてるっていうか、光佑基本一品ものだから。」
「悪かったな、手抜きで。」
「美味いからいいんだよ!今度は給食みたいにサラダとかも作ってよ!」
「洗い物増えるからめんど…。」
 ファミレス以来での五人の会話。約一年半のブランクは全然感じないが、三人の、特に平野の様子が妙だ。壁側に置かれたパーテーションをちらちら気にしている。気のせいかと思ったが、聞く前に予鈴が鳴った。
「昼休みってこんな短かったっけ!早く教室戻ろー!」
 雅に背中を押され、四人は多目的広場を後にした。だが、一瞬雅が俺と目を合わせた。瞬時に何かのアイコンタクトだと察した。廊下の突き当たりまで押して行ったところで、雅が振り向きパーテーションのところへ走り出し、すぐさま俺も追った。案の定というか、パーテーションの裏には僅かにスペースがあり、そこに林と森田、元北小の名前も覚えちゃいない女子二人が四人でスマホゲームに興じていた。
「あらら?こんなところでなーにやってんの?」
「てめ、雅!光佑!」
 四人は慌ててスマホを制服の裏ポケットに隠したが、俺も現行犯で目撃している。
「なーんか違和感あるなーって思ってたんだよね。久々というかこのフロアの多目的広場はほぼ初めて来たようなもんだけど、一階にこんなんあったっけかなぁって。」
 女子の一人が小声で文句を言ったのを、俺は聞き逃さなかった。
「使えねーな、菊宮の連中。平野だっけあいつ?」
 口よりも手よりも足が先に出た。パーテーションを一枚蹴り飛ばし、ド派手な音をたてて倒してしまった。近くのクラスにいた女の先生が音を聞いてやってきた。
「どうしたの!?大丈夫?怪我とか無い!?」
「大丈夫っす、うっかり倒しちゃって。騒がしくしてすんません、すぐ戻して授業行きますから。」
 森田が続いた。
「そーなんす、二人とも久々に学校来たから楽しく喋ってたら光佑の奴が寄り掛かって倒しちまって。こんなとこで喋っててすいません。」
 今度は雅にアイコンタクトを送った。「やってやったぜ」という意味のつもりだったが、果たして伝わっただろうか。

 今日は五時間授業で、部活も無く一斉下校。荷物をまとめて帰り支度を済ませた時、昼休みのバカ軍団の一人を思い出した。
「雅、平野と帰ろう。」
「分かってる、アホの一人でしょ?って平野もういない!」
 慌てていない雰囲気を醸し出しながら急いで駐輪場まで降りると、既に平野・篠の自転車が無い。吉田の自転車はあるが、姿は見えない。下校指導で駐輪場にいた晴野先生が駆け寄ってきた。
「いきなり来るなんてびっくりしたぞ、でも来てくれて良かったよ。素直に嬉しい。それよかそんな慌てて、何かあったのか?」
「何で分かったの晴野っち!?篠と平野、吉田知らない?」
「あぁ、篠と平野は早々に帰ってったぞ。俺が荷物まとめてる間にさっさと帰ってった。吉田は自転車の鍵が無いっつって職員室行ったな。そういえば遅いなあいつ。教室でも探してるんかな?もうほとんど帰ったから、ちょっくら見てくるよ。」
 晴野先生が走って教室に戻った時、入れ違いに駐輪場の裏から吉田が来た。あいつは森田に捕まっていた。視野の死角になるようにしゃがんで様子を見た。森田は俺たちに背中を向ける形で、吉田にキレている。
「おいてめぇよ、見張りどーしたんだよ?ずっと言ってきたよな、誰もあすこ寄せんなって。俺らの楽しい学校生活台無しになったらどーしてくれんだよ?二人は逃がしたけど、その分お前に責任取らせるからな。鍵返してほしいだろ?」
 ちゃらちゃらと鍵をチラつかせた瞬間、咄嗟に身体が動いた。跳ねるように立ち上がって鍵を奪還した。
「光佑、雅!その鍵俺のチャリのなんだ!」
「今の話聞いて大体分かったよ。平野と篠と帰ろうとしたら、鍵忘れて職員室行ったんでしょ。んでバカトリオの片割れに絡まれた、と。明日か明後日辺り学年集会と三者面談でもやる?」
 俺に鍵を取り返され、雅にコケにされた森田は舌打ちを鳴らし、唾を吐き捨ててそそくさ帰って行った。あいつは徒歩だから俺らと出口が違う。

「吉田、大変だったな。なんかすまん。事情もなんも知らなかったから。」
「いや、助かったよ。ありがとな二人とも。森田の奴、何かとやり口汚くて面倒だからさ。帰り道に話聞いてくれよ。」

Next…


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