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青い春夜風 16

Before…

【十六】

「んでさ、北小の連中の話なんだけど…。」
「とりあえず、光佑ん家集合にして話聞かせてくれよ。今日一日行った時点で何となくあいつらがのさばってるのは感じたからさ。できたら平野と篠も呼ぼう。四人迎えるにはちょっと狭いけど。」
「狭くて悪かったな。」
「だってうちの商店じゃもっと狭いでしょ?お菓子とかはうちで準備してくからさ。」
 雅の提案で、平野と篠への連絡は吉田に任せ、一旦帰ってから改めて校内のじめじめとした現状を知ろうということでまとまった。吉田は納得し、俺らより少し急ぎ目に自転車を走らせた。どれくらい時間がかかるか分からない。吉田は長いこと寄り道させることになるかもしれない。俺も吉田の母ちゃんは面識がある。優しい面と厳しい面があるので、その辺りは穏便に済ませ、これ以上吉田に悪い思いをさせたくない。

 俺は雅の商店に直行し、準備している雅を待った。
「おばーさん、こんちは。今日からちゃんと登校してますよ。」
 ばーさんはいつになく嬉しそうだ。海に行った時もとても嬉しそうな表情だったが、それを上回る喜びようだ。
「ほんと、光ちゃんのお陰よ。感謝しとるよ。」
「いや、行こうって言い出したのは雅ですから。俺はクソみたいな環境だなって勝手に見限ってフケてたってだけっす。勉強も、雅にしこたま教えてもらったから。」
「ばーちゃん、お菓子とジュース頂戴!光佑の家で会議するから!」
 雅が沢山のお菓子と、500mlのジュースを五本袋に詰めながらばーさんに許可を貰った。
「ちゃんとこうやって一言言えればいいのに。ええよ、ただ今後も勝手にくすねるのは許さないよ!」
「あんがと、ばーちゃん!」

 そして俺ん家に帰り、客を迎える準備をして一服。準備と言ってもテーブルを片付けて拭き、お菓子とジュースを並べただけだったが。
「なぁ、北小のバカ軍団。あいつら普段からこーなのかな?」
 煙を吹きながら参謀の雅に聞いてみた。
「スマホ云々は分からんけど、平野が特に気ぃ遣ってたね。吉田は逃げ遅れてとっ捕まったってとこでしょ。あとは俺らよか一年半長く過ごしてる御三方に聞いてみましょ。」
 ちょうどその時、壊れたインターホンをカチカチと鳴らす音が聞こえた。咥え煙草のまま扉を開けると、私服に着替えた三人の客人。
「どーぞ、お疲れちゃん。」
「煙草咥えて同級生出迎える中坊がどこにいんだよ…。」
 篠と吉田は呆れていたが、平野は元気が無い。いつもの溌剌とした、太陽のような眩しさが雲に隠れてどんよりしているみたいだ。

 お菓子を広げ、ジュースを配って会議が始まった。
「ここならまず馬鹿共は来ねぇ。変に気遣う必要無ぇぞ。」
 進行は俺、御意見番は雅。
「よっしー、ごめんね。今日の帰り嫌な思いさせちゃって。」
 平野は早くも涙ぐんでいる。優しい彼女は吉田を置いて行く形になってしまったことを後悔していたようだ。
「いいよ、元はと言えばチャリ鍵抜き忘れた俺が悪かったんだしさ。」
「まーまー、湿っぽいのはここで一旦区切ろーよ。じゃかりこでも食べながらさ。」
 雅がじゃがりこの封を開き、取りやすいように真ん中に置く。そしてすぐさま二本取り、一本を俺に渡してくれた。
「会議中は禁煙だからね。これで我慢したまえ。」
「っせぇ、分かってるよ。さんきゅ。」
「いや、そもそも中学生は禁煙…。」
 吉田がナイス・ツッコミを入れてくれたお陰で、平野に少しずつ笑顔が帰ってきた。通り雨はもうすぐ止む。

 そして三人から話を聞き、学校の現状がだいぶ分かってきた。
 まずスマホ持ち込みについてだが、あれは連休中に「各クラスの元・菊宮小メンバーが昼休み交代制で見張りをしろ」と通達が来たらしい。どうやら連休中にあるゲームにハマり、学校でも昼休みにやろうという魂胆だったようだ。
 他にも、細かい所を挙げればキリが無い程に奴らはやりたい放題だった。係や委員会決めは事前にグループLINEで元・北小メンバーが先に希望を言い、そいつら同士で決める。そして余った枠に元・菊宮小を押し込む。しかも違和感が出ないように巧妙に人員を変えながら。これは二年の前期、俺らがいない間に各クラスのグループで始まったとのこと。
 給食の余ったおかずはまず譲られない。一通り奴らが挙手して欲しい分だけお替りし、残ったら菊宮メンバーも挙手が許される。欠席者が出た時の数ものは、じゃんけんすら滅多に許されない。

「そーだったんだ、ほんっと窮屈だねぇ。」
 口の端っこでじゃがりこを咥えてゆらゆらさせながら、呆れた表情の雅。俺も同じだ。些細なことでも、それがあちこちに散らかっていれば自ずと居場所は狭くなる。
「延期になった一年の体育祭、俺あいつらに言ったんだよ。ふざけんな、って。そしたら…」
 篠が怒りを隠せないような顔で話し出したが、途中で言葉が止まった。その先を紡いだのは、平野だった。
「そしたらね、私に嫌がらせしてきたの。二日ぐらい学校休んじゃった。ほんとに小さなことだったけどね。椅子を校庭に出すでしょ。そこに泥まかれてたり、聞こえるように篠っぴの悪口後ろで言われたり。」
 我慢できずに換気扇の下に椅子をずらし、煙草に火を灯した。
「議長、会議中は禁煙!」
 雅に喫煙を咎められることは珍しい。しかし、ぐらぐらに煮え滾った感情を抑える方法はこれしか思いつかない。
「俺が暴れた所為で迷惑かけちまってんだ!ほんと申し訳ねぇ。落ち着くためにも一本吸わせてくれ。」
「いーよ、光佑の気持ちも分かるから。だいたいあの日は二人が気に入らないからって最初に仕掛けたのはあっちだもんね。ムカつくのもすっごく分かる。」
 平野の許可と笑顔が、余計に苛立ちを加速させる。あの日も、短気な俺は感情に任せて動いてしまい、大問題にしてしまった。参謀が俺の膝の上に座って煙草を点けた。
「ついさっき禁煙って言わなかったか?」
「議長が吸ってんだし、平野がいいって言うならいいじゃん。それよか、これからどーすっかでしょ。」
 至近距離でこっちを向くブレインの目は据わっていた。窮屈な世界をぶっ壊す、悪戯好きの目だ。
「暫くは大人しくしとこう。今日光佑が派手やっちまったから、俺らは潜って奴らの言いなりの振りをする。だけどスマホを持ってない俺らは持ってる三人から聞くか、あいつらから直接止められない限り知らぬ・存ぜぬを通せるでしょ。向こうがちゃっちく仕掛けるなら、目には目を。三人にはちょっと頼んでいいかな?」
 篠の瞳にも炎が盛った。俺が暴走する前に、少しだけ見た記憶があるあの目つきだ。
「おう、任せろ。最後の一年くれぇやりたい放題されてたまっかよ。」
「流石菊宮の優等生。学校ん中で、あいつらから陰で指示されたことを俺に教えて欲しい。機会があれば光佑にも。アナログ組はそうしないとあいつらの言いなりにはなれないからね。そしたらひっくり返しても俺らが言うこと聞かないって形で収まるでしょ、ちょっとずつぶっ壊す。んで、程良く崩れ始めたところで大きく動いて全部ぶち壊すから。」

 雅は本気だ。馴染みの決意の芯は悪戯でも、復讐でもない。「仲間」を想うが故の蒼い炎だ。やっぱりこいつ、かっけぇや。

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