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青い春夜風 17

Before…

【十七】

 連休が終わり、祝日が無い上に三年生最後の大会で大忙しな六月も文字通り駆け抜けるように乗り切って気付けば夏休みを目前に控えている。俺が持つ部では結果を残せず、市内大会で三年生は引退となった。頑張り抜いた三年とともに、俺も悔しさと感動の涙を流したものだった。

 連休明けに突然解消された三年三組の不登校問題は、ひと月半で僅かに、しかし確かに学級の色を変えた。元々高いポテンシャルを持つ篠の存在感が増した。今までは、北小出身の色がずっと濃かった。篠は去年も担任したが、ずっと何かの陰に隠れているように見えていた。あくまで俺の直感でしか無かったので、他の先生に上手く話せず、「小学校の時は成績良くて目立って見えただけでしょう」みたいな感じで納得せざるを得なかった。
 雅が上手く学級を回しているのだ。三年三組は学級開き以来、飄々としたお調子者の木ノ原が上手く周りを盛り上げて、勉強が苦手な吉田を同じ菊宮メンバーの平野がサポートするような形で噛み合っていた。雅は家庭訪問を続けていた頃とそこまで変わらない様子だが、彼特有の勘の良さというか、周囲を見て的確に状況判断する能力が存分に発揮されている。

 五月末の実力テストの結果には目を疑った。学年一位に雅、二位に光佑。三位より下は多少の変動はあれど、今までと大きな変化は見られなかった。
「嘘、あの二人凄いじゃない!学校来てないのにこんな点数…。私も三組のテスト監督入ったけど不正している様子も無かったし、光佑くん何度起こしてもすぐ寝ちゃうから諦めてるのかと思ったわ。」
 俺は彼らがしっかり勉強していることを知っている。勿論家庭訪問後に学年会議で報告はしていたが、ここまでの成果を残せるとは誰も予想できなかった。
 あの日は帰りのホームルーム後、帰りの挨拶の前に結果を返却した。雅が光佑の結果を覗き見してひと騒ぎあったなぁ。

「すげー!光佑学年二位じゃん!」
「馬鹿野郎、言うなよ!お前いくつだよ!」
「俺?ほれ、一位。」
「おめぇのがすげぇじゃねえか!」

 こんな漫才みたいなやり取りがあって、篠に吉田、平野は笑いを堪えるのに必死そうだった。そして、北小出身のメンバーもくすくす笑っていた。特に木ノ原が「おめぇらワンツーかよ、すっげぇな!」と二人を称えたのは驚いた。彼らの間には深い軋轢があると思い込んでいたから。

 そして今日の六限は学級対抗でレクリエーションを行った。バスケットボール対決で、各クラス一試合十五分で総当たり戦。二試合でクラスメート全員を出場させるのが条件。授業の進捗に余裕を持たせ、五限目の前半十五分で作戦会議を行い、その後から六限目終了まで試合。バスケ部は一組に三人、二組に二人、三組に一人。うちのクラスにキャプテンが所属している。作戦会議に率先して発言していたのは雅だった。
「まず出てるメンバーで相手のバスケ部を徹底的に潰して、得点はうちの大将の小関に任せよう。俺らはひたすらサポートに回って、相手の邪魔をしまくる。こんなん、どう?」
 呆気にとられるクラスメート。だが、同調したのは大将・小関。
「雅、すげぇな。俺は大賛成だ。勿論出てる奴にチャンスがあればパスを回すから自信持って打ってくれ。」
 バスケ部で部長を務めた小関の同意に、クラスが燃えた。
「小関、さんきゅ!まさか採用されるとは思わなかったよ。」
「後は、バスケ未経験だと特にオフェンスの時ボールのある場所に群がりがちだけど、スリーポイントラインの外まで出てスペースを広く確保して攻めよう。」
 俺は小関にチョークを渡し、黒板に図解を書かせてみた。なるほど、といった反応。
「雅が俺に得点を任せようって言ってくれたけど、バスケはチームスポーツだから、基本は俺になるかもしれないけど全員で点を取りに行こう。運動苦手とか得意とか関係ない。自信持ってシュートしてくれ!」
「よっしゃあ!晴野ちゃんはリバウンドね!よろしくぅ。」
「いや、俺は出られないぞ…。」
 小関の牽引力と木ノ原のいつものノリがクラスを活性化させた。結果は一組対二組が三四-三七と、一五分にしては結構なハイスコアゲームになった。そして我が三組の試合は対一組が八-十三、対二組が十五-十六というロースコアゲームで勝利を収めた。特に対二組との事実上決勝戦で、ラスト二秒でパスを受け取った吉田のシュートが決まった時はクラスが一色になって大歓喜だった。

 そして今、帰りのホームルーム。ホームルームのひと項目に「今日のヒーローorヒロイン」というものがある。その日に良いことをしていたり、活躍したりしていた人を日直が一人選出し、クラス全体で拍手する。一年の頃からやっているので、大体は「黒板消すのを手伝ってくれました」とか「授業でよく発表していました」みたくマンネリ化していると感じている。
 今日日直を担当する木ノ原はこういう時に気の利かせたことをしてくれる。
「今日は、勝てる作戦を考えてくれた雅と、俺らを引っ張ってくれた小関、そして優勝を決めた吉田。三人っすけど、晴野ちゃんいい?」
「その晴野ちゃんを止めたら、許す。」
「じゃー三人で!」
 わーっと拍手の渦。吉田はこういうのに慣れていないようで顔を赤くしていたが、とても満足気だ。

「今日はまず、優勝おめでとう!改めて大きな拍手!」
 再度拍手喝采を起こし、一本締め。
「木ノ原からもあったが、作戦を率先して立てた雅と実行してくれた小関、そして逆転を決めた吉田は勿論のこと、それ以外の皆もディフェンスを一生懸命頑張ったり、シュートを決めたり、ダッシュしてくれたりした。皆で掴んだ優勝だ。この調子で三組皆で一丸となって、勉強も頑張ろう!」
 予想通り「えぇー!」と反発の合唱が返ってきたが、それがいつもの三組、というか晴野学級特有のノリだということは知っている。俺も、教え子たちも。
「もうすぐ夏休みも近付いている。総体も終わって、ここでどれだけ積み上げられるかで受験の結果が左右されるからな。んじゃ、最後に記念写真を撮ろう!」

 一生懸命レクに参加して、七月の暑さは汗を乾かすことをまだ許さない。汗だくで濡れた皆の髪。デジカメを机に置いて、全員写ることを確認してタイマーを十秒にセット。全員でカウントダウンし、いい一枚が取れた。このレクがきっかけで、更にクラスがひとつになればと心から祈る。吉田だけでなく、篠も光佑も得点に貢献し、平野は運動が苦手なりに頑張ってボールを拾った。ずっと違和感の拭えない溝が埋まったような気がするんだ。

Next…


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