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青い春夜風 18

Before…

【十八】

「お疲れさん、参謀。乾杯。」
「おっつー!かんぱい!」
 学級レクでの雅の功績を称え、今日は俺ん家で飲もうという話になった。学校に戻ってから約二ヶ月、お互い支え合い、平野や篠、吉田といった長い付き合いの連中の手も借りながら、何とか順調に学校生活を送っている。五月の実力テストの結果には自分自身驚いた。中一の時のテストなんて下から数えた方が辛うじて早い、くらいの成績だったので、まさか雅塾がここまでの成果になるとはな。
「いつも光佑のメシはうめぇよ、唐揚げ最高!ビールが進むねぇ。」
「おめぇ酒弱いんだから程々にしとけよ…。」
「いーのいーの、どうせうちの店のだから。」
「ばーさんから許可貰ったのか?」
「さーね、どうでしょ?」
 …これ以上突っ込むのは止めた。
「でもさ、光佑もだいぶ点取ったでしょ。運動神経相変わらずいいね。」
 確かに雅の作戦に賛同するためにちょこまか動いていたが、小関のパス回しも絶妙だった。全体で連携を取った三組は、一・二組よりも空きスペースが多く、小関が切り込むとそのスペースが活きた。自然とそこに身体が動いていき、ゴール近くでボールを貰えればシュートを決めるのは難しくなかった。
 親父が買っていた残り半分くらいのウィスキーを取り出し、目分量でコーラと割って飲んだ。自画自賛になるが、唐揚げを筆頭とした酒のツマミが美味くて仕方ない。

 しばらく飲んで、雅は徐々に酔っ払い始めた。こいつは酔っ払うと俺にもたれかかってくる習性がある。換気扇の下で煙草を吸いに行くと、俺にしがみつくようにくっついてきた。仕方が無いので、椅子を二つ持ってきて雅を座らせ、対面して俺も座り、煙草を灯す。
「えへへぇ、酒と煙草と美味い料理。幸せだなぁ、へへっ。」
「お褒めの言葉どーも。しっかりせいよ。」
 蕩ける表情で紫煙を吐く雅が、一瞬だけ妖艶に見えてしまった。だが、壊れたインターホンをカチカチ鳴らす音で我に返り、咥え煙草のまま玄関を開く。夜八時を回ったというのに、珍しい来客だ。しかも、珍しい組み合わせだ。
「篠、に木ノ原と小関…?どうした?」
「この二人がお前らと話したいってんで連れてきたんだ。上がってもいいか?」
「いいけど、阿鼻叫喚だぞ…。」

 篠は慣れた様子だが、木ノ原と小関は少なからずたじろいだ。そりゃあ同級生が煙草吸いながら酒盛りしてれば、普通の中学生ならこうなる。小関が先に口を開いた。
「お前ら、毎晩こんなことやってんのか…?」
「そんな頻繁にはやらねぇよ。今日はレクのお疲れ会、ってことで。」
 雅は煙草を吸ったままだがさっきとは変わって目が据わっていた。酔っ払ってはいるが、警戒しているのだろう。
「んで、北小の陽キャ達がこんなボロ団地に何の用だい?悪いコトしてる同級生を先生に言っちゃおうって?」
「喧嘩売るような真似すんな。ここは俺ん家で、家主が許可出して上げてんだ。」
「何だよ…。わーったよ、それで話って何さ?」
 木ノ原が真っ直ぐ俺と雅の目を睨んだ。そして、口を開く。意外な言葉を携えて。
「お前らが学校戻ったあの日、光佑はスジ通して俺に謝ってくれた。今日のレクは雅が作戦立てて、俺らにいい思い出作らせてくれた。そんで今日のレクが終わった後、三組の元北小メンバーで話し合ったんだ。せめて三組だけでも、もう牽制し合うようなことは止めようって。」

 木ノ原と小関、篠からこの学年の陰のネットワークについて説明してもらった。まず各クラス毎にグループLINEがあり、その裏で元北小メンバーで構成されたグループがある。そして学年全体の元北小グループがある。これは小学校の時から継承されているらしい。二年の時から、各クラスの取り仕切りは小学校時代からひと際目立っていた林と森田、木ノ原がメイン。

「今更詫びてもどうしようもないことは分かってる。その上で言わせてほしい。一年の体育祭、嵌めるような真似して本当に悪かった。お前らが戻ってきて、クラスの雰囲気変わったんだ。北小の連中もそれを話してる。後期はお前らに三組引っ張ってもらいたい。最後の半年ぐらい、後悔とか後腐れとか残したくねぇから。」
 俺と同じようにキッチリ頭を下げて詫びた木ノ原。俺はほぼ気にしていなかったので「あぁ、もういいよ」と一言。
「今更言われてもねぇ。何で頭下げたくなったか説明しろよ。正直ふざけんな、以外の言葉はねぇよ。」
 雅の目は血走っている。こいつは、文字通り消せない傷を残している。そう言うのもごもっともだ。
「言い訳にしかならねぇけど、それは…」
「キノ、俺から話すよ。」
 意外にも小関が間に入った。
「元北小の中でも、林と森田は特に問題児だった。キノはあいつらと幼稚園から一緒で仲良かったんだ。あの二人は目立ちたがり屋で、有り体に言えばイキってる。木ノ原も半分楽しんでる節はあったけど、あいつらに逆らうと後が面倒なんだ。やんちゃなクセに陰湿でな。」
「なーるほどね、んで足洗ってあの馬鹿コンビと決別しようと?」
 唇の端を噛みながら堪えていた木ノ原だが、意を決したようだ。
「後輩カツアゲした時も、正直調子に乗ってたとこはある。でもそんなん間違ってるって思ったんだ。うちのクラスの元北小の連中も納得してる。あいつらに何されようと気にしねぇって。晴野ちゃんもきっと話せば俺らのこと分かってくれると思う。頼む、許してくれ。」

 雅がもう一本煙草を咥え、素早く火を点けて吸い始めた。ライターの音を最後に無音の時が流れる。五分にも満たない時間が、異様に長く感じた。
「いーよ、分かった。そんだけ腹括ってんなら俺も拗ねてる場合じゃねぇからな。この酒と煙草だってチクりたきゃ勝手にしろよ。これは事実だし、文句を言うのは違うから。力になるけど、一つだけ条件、ってかやってほしいことがある。木ノ原、スマホ持ってきてる?」
「あ、あぁ。ここに…。」
「三組のグループLINEで今すぐ平野と吉田、ここにいるけど篠にも詫び入れてくれよ。俺と光佑はもーいいからさ。あいつらずっと窮屈だったって言ってたし、迷惑かけたなら謝んのが当然だろ。」
 分かった、と言って素早く画面をフリックしてメッセージを送った。

-平野、吉田、篠。今まで色々ごめん。許してくれ。

 既読サインが徐々に増え、中には他の元北小の奴からも「ごめん」といった言葉が出始めた。ようやく雅も納得したようだ。
「あとさ、俺も一年の時足引っ張ってばっかで悪かったよ。」
 こいつも義理人情を大切にする奴なんだよな。木ノ原も小関も「それは謝ることじゃない」と受け入れてくれた。
「俺と雅が学校行くべって思ったのは、菊宮の連中が狭苦しい思いしてるからぶっ壊そうって思ったのと、これ以上晴野先生に迷惑かけねぇようにって思ったからだ。結果出て良かったよ。」
「もしこれから林とか森田、あと一・二組の連中から何かあったら遠慮なく相談してよ。お互い力合わせていこーね。晴野っちの顔も立ててあげなきゃなぁこれは。」

 一件落着して三人は帰っていった。冷めた唐揚げを温めなおし、冷えたビールを取り出して渡した。
「おめでとさん、成果出せたな。乾杯。」
「かんぱーい!お互いお疲れちゃん!」

 宴はまだまだ長くなりそうだ。華の金曜日、ってやつかな。

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