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青い春夜風 19

Before…

【十九】

 土日を挟み、今日の登校日を最後に夏休みへ突入する。
「何で今日授業あるんすかー?一日くらいいいじゃん!」
「仕方ないだろう、カレンダー通りに行くとどうしても今日一日は登校日になっちまうんだから。五時間目は授業潰して学活なんだから辛抱しろ。」
 うぃーす、と木ノ原を筆頭にかっ怠そうなクラスメート達を宥めながら朝のホームルームを終えた。正直俺だって休みにしてほしかった。祝日の無い六月に総体があり、夏休みが明ければすぐに通知表を返さなければいけないため、ずっと忙しい日々が続いている。

 授業を調整し、三限目と長引いた時のために予備として四限目に学年会議を設けていた。主な議題は学年集会の内容と、夏休みに配慮を要する生徒の確認。
「今回、まず私がSNSの使い方について話をします。以前晴野先生が盗撮されてアップされたこともありますし、この大事な時期に勉強を疎かにされては堪らないですから。」
 副主任の相原先生も賛同した。
「では俺からは生活面について話をします。未確認ですが、触法行為の噂もありますからね。」
 首筋に冷たい汗が伝った。あの二人…。
 沢村先生が夏休みの勉強の大切さについて、俺は簡単にハッパをかけるような話、副担任は総括といった流れで行こうと決まった。後は、要・配慮の生徒の確認。
 一組・二組にちらほらいる不登校生徒、そしてうちの雅・光佑コンビがまず上がった。
「雅くんと光佑くんは、取り敢えず七月末と八月末に家庭訪問して下さい。雅くんのお婆さんなら連絡もつくでしょう。あとは、一組の林くんと二組の森田くん、三組の木ノ原くん。どうしてこの三人を二年生から別のクラスにしているかは学級編成会議の時にお話しましたね。彼らの家庭訪問も設定して下さい。一度、一年生を恐喝していますし。」
 四限目の途中まで食い込んだ学年会議が終わり、あとは給食・清掃・昼休みときて集会、そしてクラス毎に夏休みのしおりの読み合わせで終了だ。 
 清掃までは特に何事も無く終わった。三年生になっても、黙々としっかり掃除に取り組む姿は流石の一言に尽きる。「ご苦労様でした」の挨拶を終えて職員室に戻り、しおり読み合わせのために一度職員室へ戻って教員用のしおりを取りに行き、教室に戻ろうとしたところで怒号が聞こえた。

「木ノ原てめぇ、本気で言ってんのかよ!」
「マジだよ!いつまでこんな下らねぇコト続けんだ!付き合い長ぇダチ公かもしれねぇけど、これは絶対譲らねぇからな!!」
「あぁそうかよ、なら覚悟しとけよこの野郎!」
「だったら何するつもりだよ森田ぁ!いつものセコいやり方で俺らにもいじめっ子するのか、えぇ!?やってみろよ!」
「誰がセコだ馬鹿野郎!幼稚園から一緒だからって三組仕切らせてみりゃあ調子乗りやがって!」
「調子乗ってんのはお前らだろうが!」

 声は教室と反対側の特別教室がある方から聞こえる。慌てて走って向かうと、この時間帯は基本的に人の気配が無いはずの男子トイレで、林・森田と木ノ原・小関が激しい口論を繰り広げていた。小関までもが声を荒げている。
「お前らいい加減にしろよ!俺達は猿山でふんぞり返ってるボス猿の子分じゃねぇんだ!中三にもなっていつまでも王様ごっこしてんじゃねぇ!キノは林や森田みたいなチンピラとは違ぇんだよ!」
「チンピラならお前らんとこに二人いんだろ、酒と煙草のクズ共がよ!」
「そのクズ呼ばわりした奴らの作戦にハマってレク負けた分際で、あいつら貶すなコラ!いい加減許さねえぞ!」
「木ノ原、いつの間にあいつらと仲良しこよししてんだクソが!あいつらに何されたか忘れたのかよ!」
「そもそも俺らが先に仕掛けたんだろうが!」
 一年生の頃からこの教え子たちと過ごしてきたが、このメンツの喧嘩は今まで見たことが無い。特に小関はこんな喧嘩とは無縁だった。小学校からの情報共有では少々やんちゃなところがあると聞いてはいたが、中学生になってからは素直なムードメーカーとして映っていた。

「おい、何喧嘩してるんだ!どうしたんだ!?」
 割って入ると森田が舌打ちをして首をくいっと振り、林とともに俺を無視して出ていった。
「小関に木ノ原、どうしたんだ?二人ともこんなに怒鳴り合うのなんて今まで見たこと無かったから驚いたぞ。」
「晴野ちゃん、何でもないっすよ。これは俺らの問題なんで。」
 木ノ原の返答に合わせて予鈴を知らせるチャイムが鳴り、二人も教室に戻っていった。
 学年会の準備をしていた先生方を呼び、今しがた見たことを伝えた。
「全く、このタイミングでトラブルなんて…。とりあえず、各担任は集会後のしおり読み合わせの時間に該当者を呼び出して話を聞いて。クラスは私と副担で回るから。」

 不穏な影を落としたまま、打ち合わせ通りに学年集会を終え、別々の部屋に口論の当事者は呼び出された。
「さっきは時間が無かったからゆっくり話ができなかったが、どうしたんだよ?林と森田とは仲良かったんじゃないのか?」
 二人とも、俺と目を合わせようとしない。
「キノと林、森田が揉めてたから間に入ったんすよ。んで俺もついついアツくなっちゃってでっかい口喧嘩になっちゃっただけですよ。」
 小関のこの言葉以外、話を何も引き出せないまま五限目が終わってしまい、もやもやを抱えたまま夏休みに突入する教え子たちを見送った。

 放課後、緊急で学年会議が開かれた。しかし相原先生も沢村先生も何も聞き出せなかったようだ。相原先生ですら何も引き出せなかったことに、コトの重大さが垣間見える。数ヶ月前に主任が零した「クソみたいな伝統」という言葉が脳裏を過った。彼らは全員北小出身、うち三人は一年生恫喝事件にも関わっている。そして揉めていたのは一組・林と二組・森田対三組・木ノ原と小関…。

 学年スタッフ全員が頭を抱えたまま、そして打開策も見つからぬまま緊急会議は終わってしまった。主任は生徒指導主事と管理職に伝達し、家庭訪問で様子を見るということで暫くこの件は保留となった。これが我々にできる精一杯のアクションだった。中学生最後の夏休み、特に大事な時間になることは集会でも帰りのホームルームでも話した。果たしてそれがどれくらい理解してもらえたかと問われれば、正直自信を持って「伝えられた」とは言えない。

 そういえば、口論の時に「酒と煙草のクズ」という言葉が出ていた。雅と光佑のことでほぼ確定だろう。さらに脳味噌をフル駆動して口論の内容を思い出し、紙にまとめる。
-あいつらに何されたか忘れたのか?
-俺らが先にやった?
 一年生恫喝事件、光佑は三人に暴力で対抗した。俺らが先にやった、というのは一年の蓮を脅したことか?辻褄は合うが、何かが腑に落ちない。あのコンビが不登校を選んだきっかけは、二年前の秋の体育祭…。

Next…


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