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青い春夜風 10

Before…

【十】

 学区に最近新しくできたファミリーレストラン。小学校区で言えば、菊宮小学区の最果て。よくもまぁこんなド田舎に建てたもんだ。
「皆、久し振りじゃん!今年は同じクラス、よろしくねん!」
「おう、久々。同じクラスっても、どうせ殆ど学校来ねぇだろ。」
「まぁまぁ篠っぴ。二人とも元気そうで良かったよ。少し煙草の匂いするけど、さては吸ってるな?」
 篠に平野、吉田。今年同じクラスになった元・菊宮小組である。この五人で集まることになったきっかけは平野だった。

 世間はゴールデンウイークに差し掛かろうとしている。そんな四月最後の金曜日、すっかり慣れた雅の商店で勉強している最中に彼女は訪れてきた。
「やっほ、お菓子買いに来たよ。」
「わぁ、平野じゃん!ご無沙汰~!」
「しばらくぶりだなぁ。」
 平野は百円玉を持って、三十円のチョコレートを三個買った。雅がお釣りを渡すと、そのお釣りと交換にチョコレートを渡した。そしてワークの難問に苦労していた俺にも。
「頭使う時には甘いものがいいよ。どれどれ、ってめっちゃ先のことやってんじゃん!はや!」
 雅は誇らしげだ。
「俺がついてりゃーね、小学校のカラーテスト半分も取れない光佑ですら見ての通りよ!」
「てめ、一言多いわ!」
 平野は漫才を見ているかのようにくすくすと笑う。
「今年はさ、篠っぴとよっしー同じクラスだよ。」
「晴野っちから聞いたよ。クラス、どう?」
「んー。まぁ一年の時とメンバーは違うけど、全然変わらないよ。」
 雅が「しょぼん」のような顔をする。いつまで気にしてるんだこいつは。
「そーだ、日曜にさ、街外れに新しくできたファミレス行かね?クラスメートにくらい挨拶しとかねぇと。」
 平野は大きな瞳を真ん丸に見開いた。
「ま、まじ!?光佑がそんなん言い出すなんて、連休中に大雪降るんじゃない!?」
「悪かったなぁ、似合わねぇこと言って。俺も雅も、気になることあるんだよ。それについて聞きてぇし、皆にもちょっと会いたいし。」
 相変わらず、雅とタメ張るくらい明るい女だ。はしゃぎながらスマホを取り出し、すぐに連絡してくれた。三十分程で全員から「行ける」と返信が来て、約束が決まった。

「にしても雅なら分かるけど、光佑が発案ってのが意外過ぎるわ。」
 注文したピザを切り分けながら、笑って話す吉田。
「どいつもこいつも、俺が言い出しっぺってのがそんなにおかしいか?」
「「「「うん。」」」」
 平野、篠、吉田、そして雅までもが首を縦に振った。自分でも似合わないことをしたとは思っている。だが、雅と交わした決意を決行するには丁度良かったのだ。きっかけを探していたところに運良く平野が来てくれたから、この場を開くことができた。俺達は通信機器も持ってないし、彼らの家は知っているが、突然直接来られたら驚かれるだろうと足踏みをしていた。
「そんでさ、本題なんだけど。」
 話を切り出そうとしたところへ、各々が注文した料理が届いて出鼻を挫かれてしまった。まぁ、正直俺も腹減ってるから食ってからでも遅くない。
「北小のバカ軍団、こないだ蓮ちゃんカツアゲしてたから成敗してやった。光佑が。」
 ドリアを頬張りながらドヤ顔で雅が言う。「とりあえず、食い終わってから聞くよ」と宥められ、軽くお喋りをしながら食事を楽しんだ。
 食後のデザートが届いたところで、再度話を切り出した。
「ちゃっちいことでも何でもいいんだが、北小の馬鹿が何か気分悪いことしてねぇか?」
 三人は一瞬周囲を気にして、中学生がいないことを確認してから篠が口火を開いた。
「表立ったことは何もねぇ。蓮の恫喝はすぐ広まったけど、誠意見せて謝って終わり。問題は水面下だ。」
 野菜ジュースを一気飲みして、ぷりぷり怒って吉田が続いた。
「森田のタコ、あいつ晴野ちゃん隠し撮りしてインスタのストーリー上げたんだ。お前ん家の近くでさ、チンピラ野郎のお宅訪問、なんて書きやがってよ。あら、怒んないの?」
 二、三年前ならキレてただろうが、あまりにも下らな過ぎて怒るどうこうの次元では無かった。
「十分!学校では相変わらず狭苦しいかい?」
 俺の問いに、にかっと笑って平野が答えてくれた。
「もう慣れたよ、全然気になんない。」
 雅が溜息をついた。こいつの気持ちも分かる。友人たちが閉鎖的な世界にある狭い檻で過ごすことに慣れてしまったのが、俺も切ない。
「俺と光佑さ、連休明けからいきなり登校するよ!それまでちょっち待っててな!」
 篠が珈琲を吹き出しかけ、何とか飲み込んだものの物凄い勢いで噎せている。俺も、正直今煙草吸ってなくて良かったと思う。
「本気か、おい?あん時の林、森田は別クラスだけどよ。だけど実行犯の一人、木ノ原はうちのクラスだぜ!?」
「だからいーんだよ。蓮ちゃんが脅されてた時、俺と蓮ちゃんは光佑ん家に避難して、光佑が迎え撃った。林は蓮ちゃん脅してたし、森田は光佑のこと木の棒でぶん殴って出血させてる。でも、木ノ原は何もしてない。そうだよな、光佑?」
「あぁ。あん時は頭キてたし、なんかちゃっちいこと叫んでたからそのままぶっ飛ばしちまった。だけど、あいつに関しては俺に非がある。だから、キッチリ正面から詫びたい。これは俺の本意だし、突破口はそこにある。猿山から引きずり降ろしてやるよ。」

 三人には、俺と雅が頼もしく見えるのだろう。不安を微塵も感じさせない顔だ。篠が俺らの背中を叩いて発破をくれた。
「頼むぜ、武闘派と頭脳派。懐かしいな、昔上級生と揉めた時に雅が作戦立てて、向こうから手出させて光佑がぶちのめしたことあったよなぁ。」

 ここからは昔話と思い出に花を咲かせ、菊宮の絆を感じさせる時間を過ごした。地元愛が強い連中だからこそ、雅も俺も敢えて「不登校」という道を選んだのだ。そして、方向転換の時がすぐ目の前まで来ている。

Next…


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