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青い春夜風 11

Before…

【十一】

 明日からゴールデンウィーク。急いで下校指導に合流して生徒たちを送り出した。相変わらず「晴野ちゃん」なんて呼んでくれる可愛らしい教え子たちに「せめて晴野ちゃん先生、にしろよ」なんて小気味良いやり取りをしながらも、クラスで会うのは約一週間後ということにほんのり寂しさを感じている自分がいる。まぁ数日は部活動の練習や練習試合を組んだので、部員とは顔を合わせるが。
「晴野先生、相変わらず人気ですね!」
 一年生の担任をしている千葉先生がにこやかに褒めてくれた。彼は去年、今の三年が二年の時に担任としてこの学年を一年間見てくれた先生だ。
「ありがとうございます!本当に素直で良い子たちですね。」
「一年生の間でも面白い先生だって人気だよ。凄いね、学年を跨いでも評判がいいなんて。」
「嬉しいです。その分、他の仕事ももっと効率良くできるように頑張らにゃあいけないですけどね。」
「業務なんて、働いていくうちに勝手に身に着くさ。子どもと関係を作るののが上手なのは、一種の天性みたいなものがあると思う。晴野先生が羨ましいくらいだよ。」
「いやいや、千葉先生も三年生から評判いいですよ。授業は面白いし、行事の時に誰よりも楽しそうにしてるから自然と楽しくなってきたって。今年の行事も楽しみですね!」

 十八時。恒例の学年会が始まった。連休中に配慮を要する生徒の確認や家庭訪問の計画。概ねのことは今日の学年集会に向けて事前に打ち合わせていたので、あとは各クラスに数名いる不登校生徒の対応を主任と各担任・副担任で共通理解した。
「あとは何かあるかしら?せっかくの連休前なんだし、明日部活入ってる先生もいるかもしれないけど、早めに帰って休みましょう。」
 念の為、今日の放課後に平野からあった話を出した。
「今日の放課後に、平野が教室に残って私に話してくれたのですが、うちのクラスの元・菊宮小の平野、篠、吉田と雅、光佑が食事に行ったらしいんです。彼らは三人から見ても元気そうだった、と。」
「あら、意外!二人とも他の子とは遊ばなそうなイメージだったのに。家庭訪問は二日目の午後だったわね、その時にそれとなくお話してみて。」
「はい、それと…」
 一瞬、「ここからは、晴野先生にだけ伝えますね。」と言って周囲を気にしていた平野の姿が脳裏を過った。だが、本人のためにも伝えないわけにはいかない。
「先日光佑宅へ家庭訪問した際に、北小の生徒が私の姿を勝手に撮影し、チンピラ野郎のお宅訪問、とコメントを付けてインスタグラムの一日だけ見られる機能にアップしたと教えてくれました。当事者が誰かは言えない、とのことでした。」
 先生方がざわついた。学年集会の時にSNS等の使い方については多少触れはしたものの、特に大きな問題が無かったこともあって厳しくは話をしなかった。
「そう…。連休明けにまた学年集会ね。このことは各先生方、部活動等で指導する必要はまだありません。私の方から生徒指導担当に伝え、管理職にも報告します。その上で学年会の意向を伝え、指示を待つ。いいですね?」
 全員で了承し、主任は早速生徒指導部の先生方を集めて報告しに行った。全くもう、連休前に我々の手を焼くとは。「早く帰ろう」と言ってくれた主任には申し訳ないが、放っておくと大問題になりかねないからな。すまん、平野。

 二十時前、主任が校長室から出てきた。一連を伝達・共通理解し、当初の予定通りに学年集会で指導・一・二年担任もホームルームにてSNSの使用について指導するという流れでまとまった。
「すみません、折角早く帰ろう、と言って下さったのにこんな時間になってしまって…。」
「いいのよ、このタイミングで教えてくれてありがとう。先に処理しておけたから、先も見えてるしゆっくり休めるわ。私はもう帰るから、皆も早く帰って休んで頂戴ね。」
 各担任もそれぞれの雑務を終えて退勤した。俺も早く帰りたかったが、それ以上に家庭訪問で話したいことをまとめ終えて無かったので、ワードソフトに忘れないように打ち込み、二十一時を過ぎた頃に退勤した。

 連休初日の部活動は練習試合、二日目は午前中に練習を入れた。それが終わり、予定通り光佑の家に家庭訪問へ行く準備をした。忘れないようにメモを印刷して、バインダーに挟んで鞄に入れて。
 事前に連絡したところ、雅と一緒に自宅で勉強しながら遊んでいるそうだ。まぁいつものことではあるが、一度に二人と話ができるので有難い。二人でいるからこそ話してくれることもあるのが彼らだ。
 いつものインターホン一回と、ノック二回。珍しく迎えに来たのは光佑だった。
「おう、珍しく雅より先に会えたな。」
「こんちわす、雅なら昼に作ったスタミナ丼バカ食いし過ぎて、便所で腹壊してます。」
 個室からか細い声で「晴野っち、助けて…」と声が聞こえてきたが、勿論俺にはどうすることもできない。ゆっくりでいいぞ、と伝えて招かれるままに居間の椅子に腰掛けた。
 煙草臭い光佑を言葉で突いているうちに、漸く雅がトイレから出てきた。顔色は悪いのに、とても元気そうに見えるから不思議である。
「晴野っち、ご無沙汰…。」
「ご無沙汰って言っても一週間しか空いてないぞ。大丈夫か?」
「うん、光佑のスタ丼美味過ぎてさ。ニンニク効いててね。追いニンニクでめっちゃ食ったらニンニク効果てきめんでね。」
 部屋の中に微かに残っていたいい香りはその名残か。
「そうだ、三組の菊宮小メンバーと会ったんだって?」
 雅がきゅぴーんと瞳を輝かせ、「そうなんだよ!」と飛び上がった。しかし、どうやら第二波が押し寄せたらしい。「ごめん晴野っち、やばいからもうちょい後で!」といって、再び個室に戻ってしまった。
「光佑、何か刺激になったか?あいつらから見ても、お前ら元気そうで良かったって言ってたぞ。」
 光佑は何故か照れた様子で「うす、まぁ…」とそっぽを向きながら頷く。すると個室から流水音が聞こえ、幾分か顔色が良くなった雅が駆けてきた。
「そりゃーいい刺激だったよね!言い出しっぺ光佑だし!」
 思わず「えっ!?」と声が漏れてしまった。てっきり平野か雅が提案したものだと勝手に思っていた。あの不器用な光佑が…。
「分かってますよ、らしくないって。皆から言われましたもん。」
「いや、違う、何と言うか、意外だと思ってつい…。」
「まぁあいつら会えたし、色々話せたし、得るものめっちゃあったんで誘ってみて良かったっすよ。」
 学校という集団に背を向けた二人も、着実に成長していることを改めて実感した。雅の持ち前の明るさと統率力と、光佑の人情家で真っ直ぐなところが上手く嚙み合っている。俺が盗撮されたことは、二人の気分を悪くさせてしまいそうなので後日触れるとしよう。持ってきたメモを見ながら会話を進めていくうちに、ついに最後の項目に辿り着いてしまった。
「連休が明けると、月末に実力テストがある。良かったら受けてみないか?この間の調子なら、きっと満足行く結果を出せるんじゃないか。」
 二人顔を合わせ、にかっと同時に笑った。
「「やります!」」
 今日一番の嬉しい出来事はこれだろう。二人が集団に戻る一歩を踏み出したのだ。ずっと学校に興味を見せなかった二人が、やっと、学校の予定に合わせようとしてくれたのだ。
「そうかぁ、良かった!受け方は連休中に主任や他のクラスの先生と打ち合わせしておくから、また連絡するな!」
「りょーかい、晴野っち!」
「分かりやした!」
 二人がちょくちょく目を合わせては謎の笑みを浮かべているのが少し気になる。まるで、落とし穴を掘ろうとしている悪戯っ子のような…。

 二人に「元気にしてろよ!」と告げて、玄関の扉をゆっくりと閉めた。彼らから何か大きな、温かくて眩しいものを貰ったような心地だ。階段を降りた時、知っている顔と出会った。まさかここで会えるとは。

Next…


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