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【群衆哀歌】★完結/プロト版★

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振り払えない、悲しい過去を持つ二人の物語。闘病生活中、負の感情を叩きつけて描いた未完の物語が完結致しました。作品の表題写真は、皆様のフォトギャラリーからお借りしました。1/9無事… もっと読む
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群衆哀歌 27

群衆哀歌 27

【三十八】 格好つけたのに、本当に間が悪い。正直すっげぇ恥ずかしかったのに、その恥ずかしさより気持ちが勝ったのに、この十秒が負けるとは。
「アツいね、お二人さん。もう出来上がってんのかい?」
「よせよ、全く。」
 春が茶化し、山本が止める。でも山本の口元が緩んだ瞬間を俺は見逃さなかった。
 頬が熱を帯びる。哀勝も一緒だろう。店の照明のお陰で多少は隠れているだろうが、バレてるだろうなぁ。
「タイミン

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群衆哀歌 26

群衆哀歌 26

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【三十六】 怪我の治癒には相当の時間を要した。
 その間はオンラインで講義を受けながら単位を取れるように病室で懸命に勉強した。元々得意では無かったが、見舞いに来てくれるトモダチ、そしてカノジョと呼べる存在が助けてくれた。

 山本は几帳面に記録したノートを見せてくれて、講義ごとに要点を教えてくれた。とても分かり易く、オンライン特有の通信差やノイズで聞き取れなかった部分を補うには十

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群衆哀歌 25

群衆哀歌 25

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【三十四】「以上、俺の逃げられない過去。」
 その一言で、あっさりと喜一君の話は終わった。あったりと、それでいて重厚な空気を病室に残して、一度昔話の終わりを迎えた。
「それで、そこから青髪になるまでは?」
「その日に母親にドタマ下げて一人にしてくれって頼んだんだ。全然納得してくれなかったけど、土下座までしてやっと話聞いてくれた。さっきの話は出さなかったけど、どうしても一人でやって

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群衆哀歌 24

群衆哀歌 24

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【零-俺 参】 さっきまで誰もいなかった無人駅に、倒れている人がいる。さっきは便所行くことに夢中で見えなかったが、誰か一緒に降りたのだろうか。駅を見渡しても、人っ子ひとりいない。他にあの人が頼れる人はいない。
「あの、大丈夫ですか…?」
 その人影は顔をこちらに向けた。スーツを着た、身形は整った男性だった。
「あぁ、お兄さん。すみません、そこの自販機で水を一本買ってはもらえません

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群衆哀歌 23

群衆哀歌 23

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【零-俺 壱】 俺の家は決して貧乏では無かったが、特別裕福な訳でも無い、所謂「普通」の家族だった。一人息子の俺が生きていけるようにと、親父からは幼い頃から空手を習わされた。部活は中学から強制で柔道部。空手は自分でも好きになっていたので町道場の方で週一回続けた。高校三年、柔道部で区内大会上位の賞状を貰い、柔道部の引退と共に町道場も引退して、武道とお別れをした。

 高校時代からは、

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群衆哀歌 22

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【三十三】 喜一君の意識が戻った。というか私が戻した。看護婦さんたちが駆け付けて様子を見てくれたが、傷口が開いたり骨折が悪化したりといったこともなく、命に別状もなし。数日入院して様子を見れば良くなるだろう、ということだった。「何かあったら私がまた呼びますね」と言って、お互い落ち着けるように二人っきりになった。

 喜一君の、痛みに震える手が珍しく取り乱した私を少し正常に戻してくれ

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群衆哀歌 21

群衆哀歌 21

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【三十二】 あの瞬間は一生忘れられないな。
 ショックだったのもあるけど、それ以上に、友情ってものをすっごく実感したから。

 落ちてきたのは知らない人と、喜一君だった。無惨な光景に、私は動けなかった。でも、春君と山本君はすごかったな、やっぱり。山本君がすぐに救急車を呼んでくれた。春君は、階段を降りてくる足音を聞き逃さなかった。ふらふらの男が二人降りてきて、春君が背の低い方を足か

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群衆哀歌 20

群衆哀歌 20

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【   】 こんな夢を見た。

 俺は坂の中腹辺りに立っていた。直角に近い曲がり角が幾つもあり、石垣の塀の脇を小川が流れている。
 下流を見ると、その小川は徐々に大きくなり、坂を下り切ったであろう辺りにはもう巨大な川になっている。水は透き通っていて、底に転がる石ころの形が良く見える程だ。

 猛烈に、その川の石を触ってみたくなった。坂をゆっくりと降りる。心地良く、少しずつ身体が軽

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群衆哀歌 19

群衆哀歌 19

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【三十一】 幼い頃、武道をしこたま叩き込まれた。小学生の頃、土日の夕方から柔道教室に通わされた。途中から平日に週三日、空手の道場に入門し、気づけば柔道と空手が交互に訪れる毎日になっていた。当時はろくに遊ばせてもらえず親父を憎んだものだったが、中学生になる頃には武道家としての自覚が芽生えて自ら空手部に入り、週末の夜に柔道教室に通うようになっていた。高校になってからは柔道の道から離れ

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群衆哀歌 18

群衆哀歌 18

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【二十九】 加藤は腸が煮えくり返るどころの騒ぎではなかった。赤っ恥をかかされた挙句、返す言葉も無く引き返すしかなかったからである。しかも、一番嫌いなあの男に。復讐を考えてながら家に向かう裏路地を歩いていた時、「集合」とメッセージを送っていた、職場の工場で知り合った後輩二人と出会った。
 加藤より後から入ってきた連中で、所謂元ヤンという奴だった。加藤とウマが合って、時々プライベート

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群衆哀歌 17

群衆哀歌 17

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【二十五】 覚悟はしていた。「自分と似ている」と言っていた時点で、悲しい話が来るだろうということは分かっていた。しかし、哀勝のその話は、俺の心を抉るどころか、生傷を出刃包丁で何度も突き刺すような、閾値をゆうに超える重力だった。心が深海へと堕ちてゆく感覚がはっきりと自覚できた。

 哀勝の話が始まってから一口しか飲まなかったバタースコッチを一気に飲み干した。純粋に喉が渇いていたのは

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群衆哀歌 16

群衆哀歌 16

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【零-私 参】 ここ、どこ?
 徐々に意識が覚醒していく。起き上がろうとした時、両腕から金属音がして動けなかった。少し離れたところから、シャワーを浴びる音がする。薄暗さに目が慣れてきた時、私の手首に手錠がかけられていることが分かった。

 どうして?さっきまで冬恵先輩と楽しくご飯食べてたのに。私に何があったの?数々の疑問、自由を奪われている恐怖、誰かは分からないが、確実に誰かいる

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群衆哀歌 15

群衆哀歌 15

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【零-私 壱】 念願だった地元の国立大に受かったのは、高校を卒業して一年が経った時だった。泣きながら喜んだことをよく覚えている。中学で成績上位をキープし、ハイレベルな第一志望の高校に入学した。そこでは更なる熾烈な戦いが待っていたが、そこでも上位に食い込める点数を取り続け、同時に美術部で芸術賞を貰った。挫折を知らない人生を歩んできた私は、自信に満ち溢れていた。だからこそ、初めての挫

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群衆哀歌 14

群衆哀歌 14

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【二十三】 約束の時間より五分前、前回と同じ。貸切の看板が立っている。店の扉を開く。前回と同じ、薄明るい照明に輝く藍色の髪。
「お疲れちゃん、金銀星人。」
「どこの星よ、それ。お疲れ様、バイト明けなんでしょ?」
「そそ。もうすっかり慣れたもんだし、早上がりしたから大して疲れてねぇよ。」
 相変わらず、小気味良いやり取り。だけど、前回と違う所がある。更に正確に言うなら、今日の日中に

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