シェア
風木 愁 -Syu Kazaki-
2023年4月27日 21:08
Before…【十五】「あら、おはよ。浮かない顔だねぇ。」 その言葉は、そのままセイラにも刺さっている。彼女の表情もいつになく明るいものではない。きっと俺も同じような表情だろう。「イロドリから、聞いた。」 その一言だけに止め、買ってきたプリンを渡した。色々言いたいことはあるが、どこから手を付ければ良いか分からない。「あれ、今日は一個だけ。いいの?」「あぁ、いい。目の前でおばちゃんに買
2023年4月26日 22:22
Before…【十三】「イロドリ…?」 彼が不意に流した涙が、事態の深刻さをそのまま表していた。雲一つない透き通った青空が嫌味たらしく見える。「すんません、僕も正直嬉しいんですけど悲しいんす。とりあえず一つ確認したいんですけど、」 一つ呼吸を挟んで、続いた言葉。「昨夜姉ちゃんのとこ行った時、二回ともジャンプで行きました?」 不穏さが増す中で、真実を返す。「いや、一回目は会いたくて飛
2023年4月21日 17:52
Before…【十】 寮内に戻り、すぐさま少し冷たい水温にしてシャワーを頭から勢いよく被った。全身は冷えたが、頭の中は依然として火照っている感覚。それは髪を乾かして部屋に戻っても残っている。 キスをした。いや、してくれたと言うべきか。凄まじい熱量で恋心が燃えているのを確かに感じながら、脈打つ心臓を両手で抑えた。部屋の鍵を閉め、布団に潜る。 もう、いっそ夢の中で暮らしたい。 生きていよう
2023年4月20日 11:59
Before…【九】「おぉ、びっくりしたぁ。しばらくぶりだね。どーしたの?」 自分が一番行きたくて、一番会いたい人の目の前に降り立つことができた。袋を開き、プリンを差し出す。「こないだお金もらったから、お使い行ってきたよ。」「やったぁ。でも、それだけじゃないんでしょ?ヒイラギ分かりやすいから。顔見ればだいたい分かるよ。一緒に食べよ。姉ちゃんが話を聞いてやろう。」 今日のプリンの甘さは
2023年4月19日 09:47
Before…【七】 着地した場所は、まるでいつも煙草を吸うコンビニの裏手のような場所だった。初めて、イロドリと会った場所。「これ、どうぞ。姉ちゃんが世話になってます。」 缶珈琲を差し出されるまま受け取り、二人で煙草に火を灯し合った。「突然畏まっちゃって、どうしたんだよ。」「さっき色々話してて、姉ちゃんすげぇ嬉しそうだったんす。僕もちょくちょく会ってますけど、姉ちゃんがあの場所に着いて
2023年4月18日 15:37
Before…【六】「何泣いてるの。自分から告白しといて、結果も聞かずに泣くんじゃないよ。」 撫でられた頭皮から脳へ、セイラの温かさが伝わってくる。貰ったぬくもりが、氷河を溶かして目から零れさせる。涙が空っぽになるまで、セイラはずっと俺の頭を撫でていた。「なんかごめん、もう二度と会えないような気がして。」 言葉を話せるようになるまで、かなり時間がかかった。ようやっと真意を伝えられた。く
2023年4月17日 17:18
Before…【五】 高度・1億メートル。今まで一度も考えたことのない桁値。今自分は、そこにいる。不思議な少女と一緒に。夢の、中で。「1億メートルって、キロメートル換算したら1万キロか。」「当たり。すごいでしょ?」「すごい。夢の中ってのがまた。」 のんびりまったり、間近の月を見上げながら団子を食べる。こんな贅沢なお月見は二度と経験できないだろう。最後のひと玉を食べ終えた時、足元に先程シ
2023年4月16日 10:04
Before…【四】 声が聞こえた。確かにイロドリを呼ぶ声が聞こえた。声の主は、きっとイロドリの姉であろう。しかし見渡す限り、漆黒の世界にキラキラ光る物体しか見当たらない。「上だよ、上。あら珍しいね。お客さんだ。」 声に従って首を上に向けた。するとさらに信じられないものが目に映った。 そう遠くない場所に誰かがいる。その誰かはこの広大な黒き世界に寝転がっていた。と言うか浮いていた。「姉ち
2023年4月15日 21:54
【一】 「焦燥」。 五年前の三月、俺を一言で表現するならばこの二文字だけで十分だった。何ならお釣りが出る。「焦」の一文字だけでも事足りる。大学卒業を目前に控え、行先不明のまま時は惨く流れていた。あの日までは。 俺は約束を破ることをここに宣誓する。【二】 全寮制の大学に入学して、三年と十一か月と二週間が経った。 その大学は教師を志す者を育てる学部があり、その学部は全寮制だった。俺は、別に
2023年4月15日 10:34
貴方はそこで待っていてくれた優しくて温かくて柔らかな微笑そんな貴方を、忘れないように私はこれから夢物語を残すんだ貴方はきっと怒るだろう夢の中で私に見せた激昂それを遥かに上回るほど貴方はきっと怒るだろう貴方を裏切る形になっても私はこれから見た夢を語る世界の最後に笑ってくれた貴方のことを忘れはしない私の呼吸が私の鼓動が私の脈拍が終わりを迎えてしまった後に貴方と