マガジンのカバー画像

1995年のバックパッカー 

22
1995年。写真家の藤代冥砂は突然仕事を辞め無職となって世界一周無期限の旅に出た。27歳。当時新進カメラマンとしてミスチルのCDジャケットを撮影するなど注目されていたが、約束され…
運営しているクリエイター

#ライドライドライド

1995年のバックパッカー21 中国11 チベット2 シガツェ 町から出るために僕らができること。

1995年のバックパッカー21 中国11 チベット2 シガツェ 町から出るために僕らができること。

朝6時発のシガツェ行きのバスがあると聞いていたので、キレーホテル前でグラントと待つ。しかし、なかなかそのバスは来ない。ほぼ諦めた7時になってバスは到着。やれやれと席で寝ようとしたら、ラサを少し出た辺りで今度はスペアタイヤの修理を始めた。結局出たのは8時半。昨日のうちにやっといてくれよ、と思ったが、ここはチベットなのだ。彼らに合わせるしかない。

昨晩の薄着のせいか、高山病が完治していないせいか、朝

もっとみる
1995年のバックパッカー17   中国7 阻朔に輝く月 。そして、男と女の「行く、来る」物語。

1995年のバックパッカー17  中国7 阻朔に輝く月 。そして、男と女の「行く、来る」物語。

阻朔(ヤンスウ)での相棒はデンマーク人のマイケルだった。いつもサッカーのシャツを着ていて、どこのチームかは聞かなかったが、おそらくデンマークのものだろう。

月亮山から戻り、ホテルで寝ているとそのマイケルが訪ねてきて、夕食に誘われた。いい店があると言う。連れて行かれた先はミッキー・マオス・カフェだった。ユーモアの効いたネーミングだが、政府に目をつけらていないことに感心した。マオは言わずと知れた毛沢

もっとみる
1995年のバックパッカー 1 序章

1995年のバックパッカー 1 序章

 

僕がこれから書こうとしているのは、1995年に始まった世界一周の旅のことだ。もう30年近く前の話になる。

多くのことは忘れてしまったが、丁寧に辿れば覚えていることも少なからずあるだろう。失われるはずのない大切なことは、心の奥底で再び拾い上げられるのを待っている、そんな気がする。

幸運にも僕には当時の写真がある。これが大きい。

気が向いた時になんとなく撮っていたに過ぎないあの時の写真たち

もっとみる