あまのじゃく
星がきれいな夜だった。
寒くて澄んだ静かな夜だ。
あまりに静かすぎたんだ。
ひんやりと冷たくて寂しくなった。
車の音と煙草の煙と星と月。
ひとりの夜。
正確にはひとりではない。
友達はいる。好きな人もいる。
それでも僕はひとりだった。
この広い世界に僕はひとりで立っていた。
転んでも手を差しのべてくれる人はいない。
僕が守るべきものもない。
夢も希望も金もない。
僕の人生に価値はないかもしれない。
例えば僕が死んだとしても世界は滞りなく廻る。
けれども僕は生きる。
生きてやる。
理由なんかないさ。
まだ死にたくない。それだけ。
生きたい理由もないさ。
ただ、もし僕が明日死んでしまったら。
困るんだ。
スーパーで半額だった鶏肉がまだ残ってる。
古本屋で買い漁った小説も読み終わってない。
冬服も買ったばかりなんだ。
それに今年こそ恋人を作るって言ったじゃないか。
確かに僕が死んでも世界は廻る。
けどさ、僕が死んだら僕が困るんだよ。
地位も名誉も取り柄もない僕だけど。
生きる意味なんて見つけられそうにないけど。
死にたくないって思うんだ。
死にたくないから生きるってだめかな。
生きるのに理由なんているのかな。
死ぬのは怖いさ。
誰だってそうだろう。
人は皆いつか死ぬ。
だからって死に急がなくてもさ。
生き急いであっけなく死んでゆく。
なんでそんなに急ぐんだい?
のんびりするのも大事だよ。
立ち止まれば見える景色もあるよ。
心が疲れてしまったら休めばいいさ。
ちょっとくらい休んでも誰も責めやしない。
焦らなくていいんだよ。
そうやって僕は僕を励ましてきた。
そうやってひとりで生きてきた。
ねえ、僕。僕はもうだめみたいだ。
ひとりで生きることに疲れたんだ。
誰かの待つ家に帰る人たちが羨ましくて。
あったかい場所に僕もずっといたくてさ。
それでも僕は頑張ってきたんだよ。
生きてきたんだよ。
ひとりでも大丈夫だって言い聞かせて。
今まで通りの生活が続くだけだって。
だけどそろそろ限界なんだ。
寒い夜に手を繋いだり
暑い日にアイスを半分こしたり
辛いときにささえあったり
ただいまって言える人が僕にはいなくて。
寂しいんだ。
愛されたいんだ。
もうひとりでいたくないんだ。
愛されたいと願うのに自分を愛せない。
だから誰にも愛されない。
人を愛することもよくわからない。
それでも愛されたいと願ってしまう。
だめかな。
だめだよな。
分かってるんだ。
なのに諦められないんだ。
期待してしまうんだ。
ひとりの夜がふたりになって
空いてた左手が君の手を握って
食器も歯ブラシもふたつになって
朝目覚めると隣でおはようと笑う君がいて
いってらっしゃいって見送ってもらうんだ。
大好きな肉まんも半分あげよう。
雨の日はひとつの傘で帰ろう。
記念日は忘れないよ。
大切にするよ。
だからお願いだよ。
ひとりにしないで。
僕のありったけの愛を君にあげるよ。
だから側にいてよ。
もうひとりの夜は嫌なんだ。
君がいてくれるだけで僕は幸せなんだ。
僕じゃ釣り合わないよなあ。
やっぱりだめだよな。
諦められたら楽なのにな。
人間ってめんどくさいな。
恋なんてしてもいいことないな。
やめよう。
全部忘れよう。
ひとりでも生きていけるさ。
死ぬときは誰だってひとりなんだ。
大丈夫。大丈夫。
涙が溢れる夜もある。
寂しさに覆い尽くされる時もある。
他人を羨むときも沢山ある。
それでも生きてるんだ。
生きてきたんだ。
僕は弱くない。
だからきっと大丈夫。
ちょっとずつ自分を愛していこう。
いまは自分のために時間を使おう。
いつか誰かに愛してもらえるように。
僕ならできるさ。
大丈夫。
ほんの少しの辛抱だ。
そうやって自分に言い聞かせる。
今日もまたひとりで生きていく。
僕なら大丈夫、ね。
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