今日も、読書。 |世界を動かすのは、いつだって個人の努力と好奇心だ
J・ティプトリー・ジュニア|たったひとつの冴えたやりかた
聞き惚れてしまうような、美しいタイトル。
原題は「The Starry Rift」。直訳すると「星の亀裂」とでもなるのだろうか。浅倉久志さんの邦訳の、素晴らしさが光る。
J・ティプトリー・ジュニアさんの『たったひとつの冴えたやりかた』。本作は、3つの中編作品から成る。
宇宙の大図書館で、連邦草創期の人間(ヒューマン)に関する3つの文献を読むという体裁を取り、それらの3つの文献が作中作として中編になっているという位置づけだ。
過去の人間の物語を、未来の異星人たちが振り返るという設定。単に中編を3つ並べるよりも、物語に一貫したテーマ、そして深みを持たせている。
著者のJ・ティプトリー・ジュニアさんは、デビューしてから10年近く男性名義で覆面作家として活動していたが、後に女性であることが公表され話題になった。多くの実験的なSF作品を発表し、ヒューゴー賞をはじめとする、数々の文学賞を受賞している。
1987年、夫とともに拳銃自殺をするという衝撃的な死を遂げる。『たったひとつの冴えたやりかた』は、彼女にとって生前最後の作品となった。
古典SFの名作と称される本作。ワクワクする設定、息をつかせぬ怒涛の展開、そして厳しい選択を迫られた主人公たちの決断の瞬間。感動必至の小説だ。
著者が作り出す大宇宙の世界に身を委ね、どっぷりとその世界観に浸るべし。遥か未来の世界が舞台だが、現在の私たちにも通ずる友情や愛がテーマのひとつになっており、感情移入しやすかった。
①たったひとつの冴えたやりかた
表題作でもある1つ目の中編「たったひとつの冴えたやりかた」は、宇宙探検を夢見る好奇心旺盛な少女・コーティーと、彼女の脳に寄生する不思議な生命体・イーアとの友情が描かれる。
大宇宙でたったひとり、幼い少女の勇気ある決断が、人間の歴史に大きな影響を与える。「この小説を読み終わる前にハンカチがほしくならなかったら、あなたは人間ではない」と言われるほど、高く評価された作品である。
一風変わった「ファースト・コンタクト」もので、姿の見えないミクロな異星人との邂逅はとても面白い。コーティーは持ち前のポジティブさで、脳に住みついた異星人の存在をすぐに受け入れるが、私だったら恐ろしさや不気味さで正気を保てないと思う。
それにしても、異星人イーアのコーティーに対する友情に疑いの目を持ってしまう私は、心が廃れているか、ミステリ小説の読みすぎだろうか……。
②グッドナイト、スイートハーツ
2つ目の中編は、一転してサルベージ宇宙船の船長の男・レイブンが主人公。とある宇宙船に乗り込んだ際に、かつて愛した女性と、その女性のクローンと偶然出会う。宇宙海賊の襲撃というスペース・アクションも挟み込まれ、非常にスリリングな作品になっている。
本作は、ラストシーンが印象的だ。かつて愛した女性と年老いた姿で再会するのだが、その隣には、愛した当時の姿のままの、彼女のクローンも立っている。そして主人公は、どちらか一方を選ばなければならないという、窮地に立たされる。
果たしてレイブンは、どのような決断を下すのか——。
③衝突
最後の3つ目の中編「衝突」は、1つ目の中編よりも分かりやすい「ファースト・コンタクト」が描かれた作品だ。
人間と「ジールタン」という種族のファースト・コンタクトで、互いの言語を満足に理解し合えない状況下、綱渡りの交流が試みられる。やがて、銀河を超える宇宙戦争に発展しかねない、大きな危機を迎えるが……。
興味深かったのは、SF作品にありがちな「翻訳こんにゃく」的な万能道具が登場せず、異種族間のコミュニケーションが非常に難しい、もどかしいものとしてリアルに描かれている点である。
本作のキーとなるのが、カタコトの人間語を話すことができる、ジールタン側の女性通訳者。彼女がいなければ、満足に意思疎通も取れない。
彼女が聞き伝える双方の種族の言葉、そして彼女自身の柔軟で好奇心旺盛な性格が、戦争の危機を乗り越える鍵となるか、否か。是非読んで確かめていただきたい。
国や星を動かすような、非常に大規模な出来事も、それを末端で支えているのは、いつだって個人個人の努力なのだ。ジールタンの女性翻訳者の姿を見て、私はそう感じた。
個人の努力は、それ単体ではごく小さな変化しかもたらさないかもしれない。
しかしいかなる物事も、努力がひとつひとつ積み重なることで動いているのだ。そうして、時代が形作られていく。たとえそれが、人の目には見えない変化だとしても。
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