見出し画像

GOOD WAR TOUR 25. おやすみなさい

PIPE DREAMの上演の始まる直前、朗くんは近所の美容室に髪の毛を切りにいった。
「明日12時から予約したから」
前日に突然そんなことを言い出して驚く。
髪を切った朗くんはちょっと少年じみていて、ちょっと学生時代を思い出す。

上演中、吊られている朗くんを見て、ときどき、生きてるかな? と心配になる。
まばたきするとほっとする。
今この人が死んでいたとしても、私は気付かないかもしれない。人といるとときどきそんなことを思う。

PIPE DREAMの上演はこれで何度目か、そんな話をしたけれど、正確な回数はもうすっかり忘れてしまうくらいにはパターンを変えて上演を行なっている。
一人だったり二人だったり朗くんの出演がなかったり長さも違ったり。
そんなたくさんのPIPE DREAMを経て、今回のPIPE DREAMがこれまでのPIPE DREAMと一番違ったと感じた点は、終演後の「ケア」だった。

PIPE DREAMは上演終了後に私がリモコンでハーネスの高さを操作し、吊られていた朗くんを少し下ろしてブランコに座ったような姿に持っていく。
しばらくはそのままで、ある程度時間が経つと、朗くんの体勢が崩れてゆく。
「そろそろいく?」「どっちがいく?」「最後にもう一回いっとく?」
なんとなく目線でやりとりしながら、私かまをさんか、とにかくスタッフがそれをケアする。
力の抜け切った人の身体は思うよりもずいぶんと重い。それも、180センチ越えの男性の体となると殊更だ。
ていねいにやさしく扱いたいのに、どうしても、えい、よいしょ、と力任せになってしまう。
抱き上げて姿勢を正し、ハーネスをかけ直し、マスクやずぼんの裾を整える。
なぜか最後にぽんぽんと、今度はやさしさだけで、肩や背中に触れたくなる。さするような、撫でるような。ごめんねなのか、私はあなたを気遣っていますよのポーズなのか。今自分に身を預けるしかないこの身体のいじらしさというのは、存分にある、気がする。

ケアを行なっているとき、返事のないおばあさまに話しかけながら腕や掌を揉んでいる朗くんが頭を過ぎる。きっと今この瞬間も世界中のありとあらゆる場所で行われているだろうコミュニケーションについて考える。
私たち無作為のスタッフが代わる代わるケアを行うこと。誰かが見ていても、見ていなくても。
それが今回のPIPE DREAMで一番大切だったことのように感じている。

更に15分が経ったらハーネスを地面まで下ろし、朗くんは晴れて開放、自分でハーネスを外し、歩いて舞台から降りるということになっていた。
最後のPIPE DREAM上演回、朗くんのお母さまは、一番前、真ん中のお席でじっと吊られている朗くんを見ていた。上演が終わり、15分経っても私はハーネスを下ろすことができなかった。下ろすべきでないと思った。
できりるだけ長くその時間を過ごして欲しくて、終演時間、閉場時間の18時30分までずっと朗くんを吊ったままにして(ゴメン)、何度も何度も彼の背を起こした。

あっという間にばらし終え、12月から続いたツアーもおしまい。
2020年の、出演者4人体制からひとり減り、それでも残さんの折ったマイクスタンドは北千住までついてきた。
(身体の)出演者は結局ひとりもいなくなったけれども、声とあの日にまつわるモノはあった。
まをさんやノブさん、海人くん、松田さん、そのほかたくさんの、今回はじめて出会えた人もいた。

まをさんっててきぱきしていてハキハキしていてすごい。

このツアー中、みんなとたくさん食事を共にした。
最後の食事は空っぽになった劇場で、ウーバーイーツで頼んだ生姜焼き丼。
朗くんとまをさん、美希さんと私、4人で丸くなり、ほとんどしゃべらず平らげた。
現実の終わりはいつもこんな感じ。
余韻とかないんだ、こんな感じでもう終わるんだ。
夜行バスに乗ったら、もう次のことを考えている。

朗くんがみんなに奢ってくれました。朗くんのこういうところ尊敬するし、大人になったんだな……とふしぎな気持ちもある。


制作38回目〜42回目
日時:2022年2月11日(金)〜16日(水)
出席:ほとんど全員?
場所:北千住BUoY


『GOOD WAR』は、私たちが「あの日」と聞いて想像する争いと日常で構成されています。
私たちは生きている限り、これからも誰かと戦い続けなければいけません。現時点で戦っていなくても、生きている限りいつか争いに巻き込まれます。『GOOD WAR』ではいずれ来る「その日」と、過去にあった「あの日」との向き合い方を鑑賞者と共に考えるべく、だれかの「あの日」で集積された記憶のモニュメントとして演劇作品を立ち上げます。

『PIPE DREAM』は、演出と出演を行う河井朗の祖母が医療ミスで植物状態に陥ったことをきっかけに、河井自身がマッチングアプリなどで無作為に出会った人々に「理想の死に方」についてインタヴューを行い、その中で語られた言葉から構成されています。
自身で動かすことのできない自分の身体、生きることも死ぬことも決められなくなった遠い自身、その自身の決定権を握っている人、それぞれと意思の疎通を図ることを試みる作品です。

『GOOD WAR』『PIPE  DREAM』

原案 『よい戦争』(作:スタッズ・ターケル 訳:中山容 他 1985年7月25日出版:晶文社)
構成・演出 河井朗
ドラマトゥルク 蒼乃まを、田中愛美
出演 伊奈昌宏、諸江翔大朗、渡辺綾子
美術 辻梨絵子
音響 おにぎり海人、河合宣彦
照明 松田桂一
制作 金井美希
制作協力 (同)尾崎商店、黒澤健
衣装協力 MILOU
記録 田中愛美

日時・会場
2022年2月10日(木)〜2月15日(火)|北千住BUoY
※すべての上演は終了しました。ご来場いただきました皆様、気にかけてくださった皆様、誠にありがとうございました。


この記事が参加している募集

振り返りnote

舞台感想

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?