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「また明日ね、」

 貸し切り状態になったカフェのカウンターでは、店主のおじいさんがゆったりとした動作で仕事をしている。カトラリーの重なる音が心地よく鳴り響き、窓の向こうでは大きな船が悠々と海峡を渡っていく。

 食後に頼んだアイスコーヒーには、コーヒーフレッシュとミルクをたっぷり注いだ。私にブラックはまだ早いようだ。コーヒーの香りは好きなのだけれど、苦味と辛味だけはこの歳になっても克服できそうにない。


 ここまでポメラに打ち込んだところで、突然彼が現れた。私は彼の仕事が終わるのを、というか、仕事終わりの連絡が来るのをこのカフェで待っていたのだ。

 予期せぬ登場に驚いてしばらく目をぱちくりさせていた私に、彼は「こういうサプライズもできるんですよ」と得意げに笑ってみせた。くそ、ずるいな、それからスーツ姿はもっとずるい。

 さっき数組のお客さんがいたときよりも、客が私だけになった店内に彼が現れてからの方が賑やかだから面白い。彼もここからの景色をいたく気に入ったらしく、動画に撮ってははしゃいでいた。

 口数が多くない私に対して彼はよく話す人なので、基本的に私は彼の話に相槌を打っている。私もそんなにたくさん喋りたい人ではないから、この関係が絶妙にちょうどいい。

 話を聞いていると時折、あ、これは自覚のない方言だろうな、と気づくことがある。大抵意味は通じるから、あえてそこはスルーしている。特に理由はないのだけれど、自覚のない方言ってなんか萌えるので。

 なんだこの人かわいいな、なんて思いながらこっそりちゃっかりその姿をカメラに収めると、本人にはしっかりバレるお決まりの流れ。この遊びが楽しくて、私のカメラロールはすっかりこの人のおかしな写真で埋め尽くされてしまった。おかげで会えない時間もちゃんと満たされることができる。

 会える時間の尊さは、会えない時間があるからこそ実感できると思う。けれど彼に関しては、毎日会えるようになってからもその希少さを忘れたくない。毎晩隣で変わらぬ夜を過ごすことになっても、いつもの二人の台詞をいつまでも言い続けたい。私たちならそれができると、漠然と、でも確信を持って思える。


 アイスコーヒーで火照った身体と頭をリセットしてから外に出ると、海風よりもいささか強めの風が髪を乱した。癖のある髪質をさらに恨む季節が、もうすぐそこに迫ってきている。

 海を背後にツーショットを撮って、ばかみたいに笑いながら彼の車に乗り込んだ。二人のささやかでめちゃくちゃなドライブ旅行は、この先もずっと、まだまだ続いてゆく。



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