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大人だって冒険に出かけちゃえるもんね

もう、やけくそだった。この妙に荒ぶった気持ちをどうにかしずめたくて、すっかり日の落ちた暗闇の中私はハンドルを握った。

その日は週末で、月末で、その他あらゆることが重なり珍しく残業した。この後用事もないから残業自体には何も思わないけれど、一方でなんとなくやけっぱちになっていた。なのに自分が何をしたいのか、どうやってこの気持ちを発散させたいのか、なぜかわからなかった。

いつもと違う道を通って、コメダにでも寄ろうか。いや、なんとなくコメダの気分ではない。かといってマクドとか、スタバもまた違う。こんな時間だから開拓したい喫茶店は開いていないし、そもそも何かを食べに行きたいのだろうか、私は。
自分で自分の心が読めないまま、車は帰宅ラッシュの国道を進んでいく。


気がついたら、高速道路の料金所をくぐっていた。ぽん、と聞き慣れない間の抜けた音がして、この車のETC車載器の音を初めて知った。

私のよくないところは、高速道路を意図せず走りだしたというところだ。先を左折するつもりで早めに左車線に入ったら、そこが高速道路に直結する車線だった。もちろん引き返すわけにもいかず、勢いで乗るしかなかったのだ。あほばかまぬけなんて言葉は、今の私のためにあるに違いない。

なぜだ。なぜ私はこんなところにいるんだ──。

そんな心の叫びなど、時速80キロを超える車の列は待ってくれやしない。遅れをとらないようにとアクセルを踏み込むが、スピードメーターはなかなかプラスに振れない。所詮軽自動車ならこの程度だろう。比較的ゆっくり走るトラックの後ろに、うまくくっついてやり過ごす。

つい先ほどまでいた街並みが嘘のような、車と道路と壁だけの景色。私は今、教習以来初めて、高速道路に一人で乗っている。
正直、加速車線から無事に合流できただけでも奇跡だと思えてしまう。恋人の車で高速に乗るのはしょっちゅうだから、シミュレーションはできていたのかもしれない。


家の近くの料金所まではわずか一区間、なのに道のりは遠く、そして長く感じられた。それからもうひとつ、胸の奥からふつふつと湧いてくる高揚感もあった。

何やってんだろう私、と思う。そこには自分自身に対する呆れだけでなく、わははっと大の字になって笑いたくなるような気持ちも入り混じっている。車がスピードを上げるにつれて、心もぐんぐんと高鳴りを強めていく。

近所の料金所をくぐったとき、どうしようもなく朗らかな気持ちに包まれているのを認めずにはいられなかった。そうか、今の私にはこれが必要だったんだ。やけ食いでも買い物でもなく、ちょっとした冒険のスリル。子供じみているかもしれないけれど、私はこんな簡単なことで私を救うことが、できてしまった。


さあ、新たな遊びを覚えてしまった私。特段目新しいことをするわけでもなく、何かを大量に消費するわけでもない。けれどこの出来事は私の中で間違いなく、ささやかで甘美な発散方法になったのだった。

きっとこの先、どうしようもなくくさくさしたとき、わーっと叫び出したくなったとき、私はまた、帰り道に高速道路をかっ飛ばすのだろう。だってたったの350円なのだ。ちょっといいパン1個分の贅沢だと思えば、ちっとも大したことはない。むしろヘルシー、だったりして。


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