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松野志部彦
2021年5月16日 10:51
タンポポ丘と名付けられたその場所は、施設の裏手にある沢を渡り、整備された坂道を上った先にあった。傾斜が終わり、頭上を覆っていた林のトンネルが途切れると、途端に見晴らしのいい景色へと出た。草原といってもいい広場だった。 夢を見ているような気分で、少年はしばらくその場に立ち尽くした。「ほら、あそこ」隣の少女が指をさす。「あの辺りだけ、白いでしょう? タンポポがたくさん咲いているの。だから、タンポ
2021年5月5日 12:30
池袋にあるその水族館に僕と妻がやってきたのは、十一月の終わりの、肌寒い日曜日の朝だった。 その前夜、妻が唐突に「明日、人魚を観に行かない?」と提案したのがきっかけだ。提案の中身よりも、彼女と言葉を交わしたこと自体がずいぶん久しぶりな気がして、僕は半ば気圧される形でうなずいていた。 館内は家族連れよりも若いカップルのほうが多かった。三十路に近い僕たちはなんとなく場違いな気がする。そもそも、池
2021年5月3日 17:30
花摘みの帰り、河原で騒がしい一団に出くわした。 橋の建設にあたり、村の子供が人柱にされるという。 興味のままに人だかりをかきわけていくと、まだ骨組みしか出来上がっていない支柱の一本に、たしかに少女がくくりつけられていた。騒がしい観衆とは対照的に、赤染の上等な着物を着た彼女は、いたって平静な澄まし顔である。前髪の下にある一対の眼が、女と呼ぶにはあまりに少年じみていて、まだ私とそう歳が変わらな