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【初めての転職】私が仕事を変える理由編〜アラサーの転職記録〜

前回、アラサーの転職記録として「履歴書編」を書きました。

今回は宣言したとおり「職務経歴書編」を書こうと思い書き進めていたのですが、まず「どんな人間がこれを書いているのか」を示した方がいいんじゃないか、と思ったので、私について「転職」を軸に書きたいと思います。

経歴

ざっくりと経歴を書きます。
四大文系出身で2016年、Web系の上場企業に新卒でディレクターとして入社し、現在29歳です。
担当してきた業務内容は下記のとおりです。

・Webサイト更新の運用、GAを使った簡単な分析や競合調査
・新規提案(戦略策定)※サブとして参加、サイト改修、広告記事出稿
・コンテンツマーケティングにおける企画考案、取材(記者に同行)、編集
・サーバー移行
・ユーザー調査、SNS運用(広告含む)
・バックオフィスで講座設計・運営(社内外両方)
・社内制度一部整備、管理
・新卒採用(一次面接官)
・自社コンテンツメディア立ち上げ
・リリース作成、メディア取材対応、自社メディア運用、社内報編集長

こうして書き出してみると、本当に色んな経験をさせてもらったなと感謝しかありません。

なぜ転職を選んだのか

面接でも必ずと言っていいほど聞かれる「転職理由」。
私の場合はいくつかあります。

思うように動けないもどかしさ、そしてストレス

1つ目の理由は「ストレスと精神的な辛さから脱却したい」というものです。

そもそも私は、「自社コンテンツメディア」を立ち上げるという募集が社内でかかった時に希望を出して異動させてもらいました。
ただ、私の努力不足でなかなか思うような結果が出ず、私のリソースは他のプロジェクトに大半を費やすことになりました。
このこと自体は会社という組織に属している以上仕方のないことなので、新しくアサインされたプロジェクトでなんとか貢献できればと思っていました。
しかし新しい環境は、何を言ってもどんなことをしても否定されるばかりの毎日で、発言することや、リモートでさえ人と顔を合わせることが怖くなりました。
何度も体調不良に襲われ、「嘘だと思われてるんじゃないか」と怯えながら欠勤の連絡を送っていました。
「私は何のためにここにいるんだろうか。消えていなくなった方がいいんじゃないか」
そんなことすら思う日々が続きました。

どん底から脱却できた時のことを以前書いたnoteがこちらです。

一度私は、こんな環境にいて精神が破壊されていくのなら、思い切って好きなことに心血を注ぐ方がいいんじゃないかと考え、「辞めさせてほしい」と訴え、上司と3か月話し合いを重ねました。2020年頃のことです。

結果、やはり無職になることを選ぶのはリスクが高いため、私の環境を変えることで手を打ってもらうことになりました。

2021年度になり、環境は少し変わったものの、私にとっては根本的な解決にはなりませんでした。同じような理由で、仕事によるストレスは軽減されるどころかどんどん増えていきました。仕事中に泣いたことも何度もあります。

ストレスがない環境なんてほぼないと思いますが、数々のストレスフルな環境を経験してきたと自負している私でも(コロナによる閉塞的な環境が引き起こした孤独からのストレスもあるかもしれませんが)、耐え難いほどの苦しさから、一刻も早く抜け出したかったのです。

やり切ったと思えるところまできた

以前、何度か転職を経験した知り合いに「どうして転職しようと思ったのか」尋ねたことがありました。
答えは「もうこの会社で学べることはないと思ったから」とのことでした。

私はこの言葉に少なからず衝撃を受けました。こんなに前向きで意欲的で貪欲な転職理由があるのかと。
できるなら私もそう思えるところまでやり切ってから去りたい、それが理想の境地だ、と思うようになりました。

「一刻も早く去りたい」という気持ちとは正反対ですが、2020年度に退職を思いとどまったからには、まずはやり切ろうと、その部分においては心を決めることができました。
そして2021年度の1年間を過ごし、自分の経歴を眺め、「この会社でできることは十分やり抜いた」そう思えることができたので、次は転職へとアクセルを踏むことにしたのです。

優秀でエネルギッシュな後輩たちに触発されて

毎年配属される新卒たち。私の部署にももれなく若手が入ってきます。
そしてその後輩たちのエネルギーに満ち溢れた言動を間近で見聞きしているうちに、「私はこのままでいいんだろうか」と考えるようにもなりました。

正直、それなりの業務をこなしていればそれなりに給料が入り、カレンダー通りの休日や有休も取得できます。
仕事は仕事と割り切り、プライベートを充実させるための労働だと線引きをすれば、十分に平凡に過ごせます。

後輩たちに出会うまではそれでもいいやと思っていました。
けれど彼らに出会ってから、「誇れる仕事、楽しいと思える仕事をしたい」と改めて思うようになり、「毎日疲れて仕事するような大人に、私はなりたくなんてなかった」ことも思い出しました。

30歳という一つの節目を目の前に、貴重な時間をこのままなあなあに過ごして良いのか。今のままでは自分の心から望む方向へは行けない。人生の多くを費やす仕事でも、できれば望むこと、それに近いこと、近づけることをしたい。
それらを叶えるためにはやはり、環境を変えるしかない。

そう思ったのです。

火をつけた占い結果

ここまで真っ当な書きぶりをしてきましたが、少し拍子抜けする理由も書いておきます。

物事が起こる要因の多くは一つではなく、いくつかが重なったことで起きると思っています。
私の転職の場合は、行動に起こすことにした理由がこれまでに書いた3つと、「占いの結果」が最後の着火剤になりました。

行きたかった占いにふと立ち寄り、転職について聞いたみたところ「9月までに決めなければもう辞められない」という結果が出ました。
これはなかなかの衝撃でした。

現職でずっと働き続けるイメージを持つことが困難だったので、「辞められない」なんてことになったら私のメンタルはどうなるんだ。
何より私の人生は私が決める。私が舵を取る。左右されたり邪魔されたり縛られたりするものか!

そんな強い気持ちを持つことができたので、占いを受けた直後の3月から、本格的に活動を開始しました。(と言いつつ思い切り占いに左右されてますね笑)

あの日占いに行っていなければ、私は行動に移せなかったかもしれません。

どこへ向かうのか

先に書いた「自分の心から望む方向」とはどこなのか。

私はもっと自分の手で作品作りに携わりたいのです。
自分が多くの作品に救われてきたように、そんな作品に一人でも多くの人に出逢ってほしいのです。

そして自分にはスキルも経験も力も、不十分という言葉では不十分なくらい足りていないことも痛感しています。

誇れる明確な実感を持ち、私の人生の時間を送りたい。それが叶えられる場所にいきたい。
そう考えています。

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