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小説供養:400字にカットした課題文のフルバージョン

先日、転職活動の2次選考で課題文の提出がありました。
規定の文字数に削る必要があり、大幅にカットしたのですが、その前の約1,200字の作品を、せっかくなのでこの場で供養したいと思います。

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まだ肌寒さを感じる4月の日曜日の朝、佐藤香さとうかおりはSNSを遡っていた。アプリのタイムライン上には、友人や会社の同僚の切り取られた私生活が溢れている。

本人たちは好きで載せていると分かっていても、他人のプライベートな時間を目にした以上、そのまま通り過ぎることに気後れして、香は「見ましたよ」という挨拶代わりにいいねボタンを押していく。その中にはしばらくの間会うことはおろか、連絡すら取っていない旧友もいる。フィードに出てきた坂元静香さかもとしずかもその一人だ。彼女は中学時代の同級生で、出席番号が前後だったことで仲良くなり、名前の字も似ているねなんて話していた。静香は誰もが口を揃えるほど容姿端麗で人当たりもよく、おまけに絵に描いたような優等生という、今思い出しても眩しさすら感じる存在だった。

懐かしい気持ちに耽っていると1通のメールが届いた。「坂元静香」の名前を見て一瞬目を疑う。中身を見ると香のいいねに対するお礼が書かれていた。なんとも律儀だ。気遣いの細やかさは当時と変わらない。

何回かやり取りをした後、静香から「誰でも毎月数十万円の副収入が入る方法があるんだけど、特別に香にも紹介したいから、ビデオ通話できないかな?」という内容の長文が送られてきた。新宿のカフェで行われていた怪しげな勧誘は、今ではリモートの手段も使っているようだ。動揺する気持ちを抑え、考えてみるねとだけ返すと香は居ても立ってもいられなくなり、玄関を出た。寒いと思っていたのに外は暖かい。在宅勤務が続いて家から出る頻度が減り、たまに吸う外気で季節が進んでいることを実感する。

土手に腰を下ろしてふと目線を下げると、草むらの中に赤いてんとう虫がいた。眺めているうちにてんとう虫は飛んでいった。「てんとう虫はお天道様――太陽を目指して飛んでいくんだっけ」とぼんやり考える。

「太陽か……」

静香は確かに、香にとって太陽のような存在だった。彼女のようになりたくて、密かに憧れた。苦手だった勉強も頑張れたし、静香と同じクラスだった中学2、3年は成績が良かった記憶もある。

大きく息を吸って吐いた。春の空気が香の体中に駆け巡る感覚がしてくる。

何が自分を照らすのかは人それぞれで、目が眩むほどの光を放っていても、誰しも同じく感じる訳ではない。時と環境が違っても。彼女にとっての太陽と、今の香にとっての太陽は違う。それだけのことだ。

時刻は正午過ぎ。ここのところ家で適当にご飯を済ませることが多かったから、今日は気になっていたカフェでランチをしよう。そう思い、香は立ち上がってゆっくりと歩き始めた。

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志望先の結果は残念ながら落ちてしまいましたが、やはり作品を作り上げることは達成感があるし、何より楽しいと思い出させてくれます。

お読みいただきありがとうございました。

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