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なつかしい腕の中(短編・恋愛小説)

 私と恭介が別れてから長い月日が経った。今にも雨粒からみぞれにかわりそうな曇り空。この時期は、空気が冷たくて痛い。

 私にとって恭介は初めての彼氏だった。彼は、佇まいから温かい人だった。少し垂れた目、柔らかそうな髪の毛、丸い顔。性格も温厚で怒るところを見たこともない。人付き合いもすごく上手くて彼を嫌う人は一人もいなかった。でも、優しすぎるがゆえ、優柔不断なところがあった。  
 付き合い始めて3か月になるかならないかの頃、彼はそれまでとは違う、カラリとした態度で私と接するようになった。デートをしても、彼は私のことをあまり見なかった。周りをキョロキョロしては早く帰りたそうに、腕や足を時々震わせる。ほかの人には分からないほど小さくだけど。
 私はそろそろ終わりなのかもしれない、と勘づく。私から振るべきかしら。でも、彼と一緒にいると妙な安心感があり、それがやめられない。たとえ、相手がどんな思いであっても。別れたいという思いと腕の中で安心感を味わいたいという思い、その二つの気持ちに揺れていた。彼のことを一晩も二晩も考え続けた。
 考え続けた挙句、彼はきっと別の人と幸せになれる。いえ、絶対そうよ。私も別の人、探すんだから。とふいに思った。そう思うと、笑みがこぼれる。何かばからしくも感じる。彼が優柔不断で別れの言葉を言えず悩んでいるなら、私から振ってやる。彼が悩まないように。でも、心のどこかでは彼と一緒にいたい気持ちがまださまよっている。自分の気持ちを押し殺すことなどできない。色々な思いが脳、身体中を廻る。

数日後、二人でよく行ったカフェテリアに彼を呼び出した。秋晴れ独特の冷たさをチクリと感じる日だった。
彼氏を振ることは、少し緊張した。注文した飲み物を飲み終わるころ、私が恐る恐る別れ言葉を伝えると、彼は意外にも「あっそう。今までありがとう。」と今まで聞いた中で一番冷淡な言葉を残した。驚いた。もう私には気持ちがないと思っていたから、もっと感謝されるだろうと思っていた。私の身体の中でその冷淡な言葉は何回も何回も反芻された。反芻されるたび、死にたくなるくらい辛かった。

そんな彼に久しぶりに会いたくなった。少し姿を見たかった。でも、本当のことを言えば彼ともう一度だけ話したい。やさしさに包まれたい。
彼と会うためには…。いろいろ考えた。彼は毎日電車を使う。駅なら彼に会えるかもしれない、駅なら偶然を装えるし。小さな小さな希望を胸に支度をした。

彼が好きだった茶色のコートを着て家を出た。


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