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【小説】日記兄貴

あんなことがあった時には心底絶望した。
しかし、絶望の底から救ってくれたのもまた兄貴であった。
感謝してもし足りない。
これからも兄貴にはおれと一緒にそばにいてほしい、なあ…。


冒頭の書き出しだと勘違いされた方もいるかもしれないが、今、おれには兄貴はいない。
今、と言ったのは、いた、というか…。
うう…。
思い出すのもツラいから、また書けたら書こうとは思う。
というか今、兄貴は日記帳として頑張ってくれている。
コラ!誰だ!笑ったヤツ!
笑うヤツには怒るぞ!
って言うかおれも冷静になって説明しよう。


ある時、兄貴の遺品整理をしていた時のことだった。
大量のノートがあったのだが、その中に日記もあった。
オカンが気を利かせてくれたのか
「日記はまた落ち着いたら見たらええわ。兄ちゃんかて見られたくないのんもあるやろしな」
と、代わりに使っていないらしいノートを渡してくれた。
「これを兄ちゃんや思って大事にしいや。これを機会にアンタも日記を書くようにしたらええわ」
オカンの言う通り、その日からおれは日記を書き始めた。


ある時、学校でイヤなことがあって、日記をつけるのを辞めようと思った時だった。
「をい!まったん!久しぶりだな!」
と日記帳が喋り始めた。
おれは学校でのストレスが原因でメンタルをやられていたのでこんな声が聞こえるのかと、その時瞬時に思った。
「幻聴か…受診した方がいいな…」
「をい!大丈夫だって!幻聴じゃない!兄ちゃん、日記兄貴が喋ってるんだって!」
「えーっ!兄ちゃん、日記になったの?」
「うむ…おれも他の生物とかだと、どーなん?って思ったら、お前のそばにいてやれる日記になるという選択をしたんだ!」
「ありがとう…兄ちゃん、でも…おれ…」
「分かった分かった!分かったから今日ツラいことあったのは分かるが書ける範囲でいいから、なんなら空想・妄想の日記でもいいから!」
「なるほど!その手があったか!」
「ただ、そればっかりでも困るんだけどな…」


9月✕日 ✕曜日 晴れ
この日は晴れていたが、おれのココロは雨だった。
しかも、線状降水帯並みの、ゲリラ豪雨並みの…
周りは平気なツラしてるのに、おれだけ土砂降り状態。

「をい!をい!なんだかこのところ、空想日記かこんな愚痴っぽい日記かだなあ?
兄ちゃんも日記帳の身、全部まったんのことを見てるわけじゃないから…学校の様子まで分かるわけじゃないけど…そんなにツラいか?学校が?」
「うるさいな!日記帳のくせに!」
「あー!言っちゃいけないこと言ったな!」
「だまれ!さもないと破って捨てるぞ!」
おれは反抗期の症状とは言え、さすがに言い過ぎたと感じた。
「ゴメン…つい、カーっとなって…」
「いやいや、おれの方こそ、いくら兄貴と言っても今はしがない日記帳だもんな…」
「ゴメンゴメン…今日のこのこと日記に書いてもいい?」
「ああ…お互い同じようなケンカはしたくないもんな」


とは言え反抗期、思春期につきもののイライラは時々あって
時には抵抗できない兄貴をぶん投げたり、本当に破りかけたり、燃やしかけたりもした。
が、どれも寸前で思いとどまり、お互いの反省会的な意味で日記は埋まっていった。

そして、日記帳がすべて埋まる日が来た。

「兄ちゃん…日記、今日で全部埋まっちゃった…」
「そうだな…」
「新しいノートを日記にしようと思うんだけど、兄ちゃんたち日記帳の寿命って…」
「そうだな…じゃあ今日でお別れになるかな…」
「やだ!もっともっと書きたいのに!って言うか兄ちゃんと…」
「バカだな…また生まれ変わっても違う日記帳として、またおれを使ってくれよ!」
「分かった!絶対に!絶対だよ!」


しかし、それからまた喋りかけてくれる日記帳はついぞ巡り合えていない。
でも、兄貴のことだから、違う困ってるヤツの日記帳になって、おれみたいにケンカとかしながら、日記帳として転生し続けているのかもしれない。



完。

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