父の読書感想文

父に渡されたPRESIDENTは、なんだかんだすべてに目を通して返却した。

返すや否や、文字がびっしりと並んだA4用紙、4枚を手渡された。ヘッダーには『読書感想』と書かれており、題名は『司馬遼太郎作<坂の上の雲>』と記されている。えーっと、どうやら読書感想文のようだ。これを読めと。

父が『坂の上の雲』を好きであるというのは、以前から知っていた。主人公の秋山兄弟を阿部寛ともっくんが演じていたNHKのドラマは、何度見せられたかわからない…と思ったら、そっか、3年間、毎年放送していたのだった。

しかも、気づけば10年も前の話なのか。内容をすっかり忘れた自分の頭の中の消しゴムの大きさに嫌気が差すが、ひと昔前ならば仕様がないと言い聞かせて、まっさらな頭で読書感想文を読み進めることにした。


父は執筆が好きだ。

今、我が家がある場所に、以前は農機具をしまう小屋が建っており、解体する前、家族総出で中身をごっそり出してみた。その際、見つけた大きなつづらから、どんなお宝が出てくるかと思いきや、中身は父の小学生時代の教科書やノート、文集などの冊子類だった。

父の作文が載っているかと、文集をパラパラとめくっていくと、あった。題名から、内容は遠足の思い出のようである。遠足にウキウキしている少年時代の父を思い浮かべたら、頬が緩む。だが、読んでも読んでも、一向に遠足の様子が出てこない。

前日に雨が降り、明日の遠足の行く末を鬱々と見守る、どんよりとした少年の心情が続く。そういえば、以前は息子たちも、天気予報を食い入るように見つめたり、てるてる坊主を作ったりして、遠足の前日が雨なら誠心誠意、天候回復を祈っていたっけ。

昨年は行ってないし、今年は近所の都立公園だったから、息子たちの遠足に対するワクワク感は失われてしまったようだ。こんなところにもコロナの影響があったか。1年以上続く、遠出できない、集団で行動できない生活は、リモートでは代え難く、子どもたちの学習や経験に支障を来たしている。

話は戻り、おセンチな小5の父。「明日、雨だったらどうしよう」という不安をひたすらに書き並べて、とうとう、遠足当日の話は最後の数行に収められて、作文は結ばれた。

「これ、遠足の作文じゃないじゃん」というのが第一の感想。ほかの子は、無事に晴れた遠足の日の朝から話が始まっているというのに、父はほとんどが雨の前日の話で、晴れた当日の話はほんのちょっぴり。

「変わった内容だから目立つ」というのが第二の感想。正面を狙わずして、目を向けさせようとする策士。小5ですでに意識していたのなら感服いたす。

65歳以降、ライフワークのサボテンや多肉植物の観察旅行に出かけては、それらの紀行文を本にまとめて自費出版を繰り返してきた。行動、内容ともに変わっている。変わっているから目について、気になる人が出てくる。

今も夫がネットでほそぼそと販売しているのだが、なんだかんだで注文が途切れないらしい。ネットの大海で、小さな異彩の光を放つ不思議な文章だ。

子どものころから斜め目線の文章を書いてきて、高齢者になっても変わったネタでマニアックな内容を書き連ねている人なので、この読書感想文もまともなはずがない。そう思って読み始めたら、やっぱりそうだった。

まず、(はじめに)と書いてある。その後、(この物語に登場した人物に対する司馬遼太郎の評価について)(国家の発展と官僚組織についての考察)とテーマが続く。えーっと、これ感想文じゃないですね。論文ですね。

歴史好きも相まって、日露戦争時の国内外の軍部の様子を、官僚に対する司馬遼太郎の考察等を交えながら論じている。時代描写を加味してくれているおかげで、当時の様子が思い浮かぶように読めて面白い。

特に、長州人と薩摩人のリーダーシップの違いについて書かれているのが興味深くて、これは本文に記載があるのかしら。司馬遼太郎の考察を交えた人物描写を、父がそう読み取っているのかな。まっさらの頭で読んでいるから、わからず残念。でも、学びがあって楽しい論述だ。

しかも、『坂の上の雲』の新聞連載時、父は20歳だったというところから話は始まる。戦後すぐ生まれの若き青年が、過去の戦争、しかし、戦争からはかなりの距離を置いて生まれた私たちが思うより、身近な存在であろう戦争行為の裏側を、どんな思いで見つめていたのだろうか。

さらには半世紀の間に、時期を変えて4度も読んだというのだから、父の血肉になった文学のひとつであることに間違いないだろう。学生時代に触れた文学を今読み直すと、当時と異なる感想を持つというのは、容易に想像がつく。それを何度も繰り返しているなんて、父と文学との関係性の豊かさを感じずにはいられない。今回の論文だって、前回読書時には書けなかったかもしれないよね。今だからこそ、書きたい、書けた、のかもしれないな。

文章の全文掲載は許可を得ていないので、ちょっと見せて、というところまでの披露にしておく。この場所を知られるのが癪なので、自ら提案できないというのもあり。その代わりに、「父の読書感想文の感想文を書いてあげよう」という、親孝行の気持ちを込めて投稿する。


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