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【5000文字小説】【創作】「あなたの未来、小説にします」

以下、創作小説です。(この物語はフィクションです。)

シーン1

「あなたの未来を小説にします」なにこれ?

インスタを見ていると変な広告が目に入った。

結婚して3年目。私たち夫婦の仲は冷め切っていて、夫の「浦部 有斗」は仕事人間で朝早く出て行って、夜は遅く平日はほとんど会話がない。
休みの日も友達と飲みに行ったり、「仕事のセミナーだ。仕事の付き合いだ」とどこかへでかけて行ったりしてほとんど一緒にいる時間はない。
正直、浮気も疑っている。

私、「浦部 梨子(りんこ)」は子どもが欲しいと思っているが、こんな夫と子どもを育てられる自信もない。

だが、離婚をしても次の良い相手が見つかるかも不安だ。
自分は外見を褒められることはあるが、過保護に育てられたためあまり男性経験もなかった。
しかも、大学を卒業して2年経たずで夫と結婚してそのまま仕事を退職したのでこのまま離婚して仕事して1人で生きていけるかも自信がない。

今年で27歳……
何かしらを決断するには今しかないんじゃないかと思い焦る日々。

そんな焦りを忘れられる習慣。
SNSをぼーっと見ている時に「あなたの未来の物語を描きます」という広告が目についた

文字だけの広告が何かと気になってクリックした。
クリック先はシンプルだがおしゃれな今風のサイトだった。

「あなたの選ぼうとしている未来……気になりませんか?
弊社は、『あなただけのストーリー』を作って未来を応援します」

と書かれたキャッチコピーに少し気になってじっくりスクロールしてみた。

おおまかにまとめると

①プロとアマチュアの間くらいの小説家が自分の未来の物語の小説を書いてくれる

②アンケートのような用紙に回答することで、自分人生の過去と現在、そして未来のふわっとした方向性を元にストーリーを作ってくれる

③客観的にかつドラマティックに、自分の未来の一つの選択肢の物語を描いてくれるので、それを元に『人生の意思決定の参考』や、『これからどう生きるための指針』にできる

とのことのようだった。
「人生の意思決定か……」
自分の人生はだれも歩んだことがなくて、しかも教科書や参考書もない。SNSやネットにあるようなうわべだけのアドバイスやhowtoサイトは根本的な解決になった試しがない。

今の自分は、

「離婚したほうがいいのか?」
「それとも我慢して結婚生活を続けた方がいいのか?」

明確な答えじゃなくても、
「もし自分の人生をだれかが歩んでいたらどう決断するか?」
「これからどうなるのか?」というものを物語で見られるのに興味が湧いてきた。

価格は「50万円」。安い買い物ではないが出せない額ではない。
ただ、夫に内緒で貯めているお金もある。
人生の意思決定の参考書の金額なら安いのではないかと思い始めた。

そして、最近のネットのサービスにありがちな
「『プロローグ』は無料」
との文字に惹かれて無料の部分だけでも・・・と思ってしまい。
申し込みをクリックした。

シーン2

申し込みをクリックすると、
過去、現在、理想の未来の3つのセクションにわかれたアンケートのフォームが届いた。

アンケートの中には、
『小さい頃の自分の夢は?』
『自分が一番好きだったものは?』
『今、何に悩んでいるか?』など多種多様な質問が並んでいた。

名前も聞いたことのないようなサイトに自分の内面を答えるのは怖かったがもう後には引けない気持ちになっており、ひとつひとつ冷静に答えていった。
このアンケートは、自分を振り返れるようなアンケートにもなっていて、今の自分の状況を冷静に分析することにも役立った。

かれこれ答えるのに2時間もかかってしまって、いつの間にか日がくれていた。

「お疲れ様でした。無料のプロローグが届くのが20日先になります。」と書かれたページで終わった。

すっきりした気持ちでそのサイトを閉じて、夜ご飯の支度に取り掛かった。

夫は食べるかわからないため、「1.5人分、かつ次の日にアレンジが効く料理」にいつものように取り掛かった。

ただ、普段と違っていたのは、料理を作ることが嫌な気持ちにならないことだった。


20日後、プロローグが届いた。

プロローグの内容は、
・自分の過去と現在の大まかあらすじ
・人物紹介
がドラマティックに書かれていた。

少し恥ずかしくもあるが、誇らしい気持ちにもなった。

そして、その物語の中の自分は、「夫と別れる」勇気ある決断をした自分が生き生きと書かれていた。

「こんなの買うしかないじゃん!!」と思った私は、50万円の分割契約をしていた。


シーン3

「小説の完成は、1ヶ月後。」とのことでこの1ヶ月間いろんな妄想を膨らませていた。

まるで、りぼんやマーガレットなどの月刊誌を待つ子どもの頃に戻ったようだった。
しかも、それが自分の人生の物語だから楽しみはそれ以上だった。

この1ヶ月間は生活にいつも以上の張りが出てきて、「自分の人生を歩んでいく」という決心が芽生え初めていたことに気がついた。

冷め切った夫との関係も気にならず、今まで鬱々と悩んでいた自分がどこかに消えていた。それより、「離婚したらどう生きていくか?」という建設的な考えが浮かんでいた。

そして、ついに完成原稿がメールで届いた。

一気に読み進めていった。
読み進めていくと「こんなに感情移入できた物語は他にない・・・」
と思った時に同時に
「あたり前だ。自分の人生なんだから。w」
とふとニヤニヤしてしまっていた。


この物語の中の梨子は、勇気があり、「自分がこうしたい、こうなりたい」を体現している女性だった。まさに、自分の人生の理想の先輩の姿だった。
物語のもう1人の私は離婚したあと、少しばかりドラマティックな出会いがあり、諦めていた自分の仕事に挑戦し、時に苦悩し、しかし、くじけず諦めず常に前を向いていた。

一気に読んで涙が溢れた。
私は私に勇気づけられ、そして、決意した。


シーン4

自分が現実で、離婚を切り出すシチュエーションは、最初に読んだプロローグと同じシチュエーションでドラマティックに別れようと思った。
ゲンを担ぐ意味もあった。

結婚記念日、プロポーズされた場所で次は私から告白するんだ。

「もう一度やり直したい。」
「私は、自分の人生をもう一度やり直したい。だから離婚してほしい。」

物語の中の梨子がそう言ったように別れを告げると決意した。

1ヶ月後に迫った結婚記念日で3年間の思い出に別れを告げることになるのかと思うと、寂しさや不安もあったが、「自分小説」の中の自分を思い出すとワクワクの方が大きかった。

その日の夜、夫が帰ってきた時、結婚記念日にディナーをしようと誘った。

夫は、すこし固まり「ああ」といつもの気の無い返事をして、お風呂に入っていった。

夫はきっと、結婚記念日に、プロポーズをした場所で離婚を切り出されると思っていないだろう。そして、この先の未来は私と私の小説の中でしか想像できないだろう。
そう思って、より固い決心をした。

シーン5

結婚記念日当日。いつもの外食なら、2人で家を出るが、今日は私が少し早くに家を出て、レストランの前で待ち合わせをすることにした。

何から何まで小説の中にあった離婚を切り出したシチュエーションに合わせていた。

レストランに早めに着いた時に、3年前の今日の日の思い出が自然と思い出された。

「よくこんなおしゃれなレストランで、プロポーズしてもらったんだ」
という思いや、

「あの頃描いていた未来は、キラキラしていてまさに理想の結婚生活だったな」
という思いであの頃の自分に罪悪感や恥の感情が湧き出てきて複雑な気持ちだった。

そこで、もう一度、何度も読んだ小説のプロローグ部分を読んで自分の人生をやり直す勇気を呼び起こした。

夫が到着した。


席に案内された私たちは、
小説の中のように、そして、あの頃のように2人で少し談笑しあって、少しアルコールを飲み、フルコースの食事を食べ、とこなすように時間が過ぎていった。

最後のデザートに近づくにつれて、緊張してきた。
「うまく言えるのか。」という頭がいっぱいでデザートを食べ終え自分を落ち着かせるためにトイレに席をたった。

トイレの鏡の前の自分を見つめた。
鏡の中の自分を見つめているうちに、これから待っているであろう未来の自分を思い出して次第に安心した。

「よし。」と一息つき、夫の前の席に戻った。


シーン6

私が席について、私が次の言葉を言おうとした瞬間

夫がまさか自分のいったセリフを言ってきた

「もう一度やり直したい」

一瞬、頭が真っ白になった。
「夫も離婚したいと思っている・・・?」
「まさか私の自分小説を読んだ?」
「台本が全て飛んだ役者はこんな気持ち?」
などいろんな気持ちが頭を駆け巡った。

その先の言葉を夫の有斗が続けた

有斗「梨子・・・おれはお前が本当に好きだ。もう一度結婚してくれ。」
予想外だ。この展開は、小説になかった。

有斗「もう一度チャンスが欲しい。もう一度おれと結婚生活をイチから、いいや、ゼロから、ここから始めさせてくれないか?」
どこかで聞いたようなセリフを言ってきた有斗に私は言葉が出なかった。

有斗「この3年間なかったことにしてくれ。とは言わない。だけど、自分の未来を真剣に考えたんだ。このままじゃいけないと気づいた。おれの未来の側には梨子必ず君が必要だったんだ」

未来を真剣に考えたという言葉に少し心が動きかけていた。有斗は続けた

有斗「この3ヶ月間少し梨子が前より冷たくなっていたのは気づいていた。だからこの3ヶ月間、自分の未来とどう生きたいかを見つめ直したんだ。このまま仕事をする日々でいいのかって」

有斗「そうじゃなかった。おれは、君と幸せになるために3年前の今日に結婚を決意して仕事もがんばっていたのに、いつの間にか手段と目的が逆になっていた。馬鹿だよな」

そう話す有斗の目に涙が浮んでいた。
そして、私の目にも涙が浮び今にも溢れ落ちそうなことに気づいた。

有斗「今までの俺は、君の理想の夫じゃなかった。そしてこれからも理想の男にはなれないかもしれない。だけど、今日から、いや、今から少しでも近づけるように努力する。だから、もう一度おれと結婚してくれ。」


私の目から涙がこぼれた。
3年前の私への罪悪感の日々が少し報われた気がした。

自分の本当の気持ちがわからなくなっていた。
私は、言葉を少しずつ、丁寧に紡ぎながら応えた。

梨子「真剣に考えてくれて嬉しい。でもすぐには無理。私、今日自分の人生をやり直そうと思って……正直いうと、離婚ようと話そうと思ってあなたを今日ここへ呼んだの」

有斗「そうだったのか……辛い思いをさせてごめん。」

梨子「謝ってくれてありがとう。もう少し答えを待ってくれる?」

有斗「ああ、もちろんだ。ありがとう。待つよ。今日からの俺を見て判断してくれていい」

梨子「うん。」

そういって、私と有斗、私たちはどこかあの頃の気持ちを思い出しながら家路についた。

家に帰るまでに、有斗はいろんな話をしてくれた。
3年間の仕事の成功や友達との馬鹿話。どう頑張ってきて、どういう思いで過ごしていたのか。

まるで、空白を埋めるようなそんな真剣な気持ちが伝わってきた。
次の日。夫は、私の目を見て「いってきます。」と会社に出かけた。いってらっしゃいと笑顔で送り出した。

閉まっていく扉の外の空は晴れていた。

そして、ふと思った。
「有斗ともう一度夫婦生活をやり直すこと」
これもやり直しのひとつであり、自分の人生の選択肢のひとつだと思った。

その日から、私は、今日から教科書のない自分の人生をあゆみ始めた。



エピローグ

「もう一度やり直したい」と有斗が言った日の夜、
2人は久しぶりに熱い夜を共にした。

有斗が「愛しているよ。梨子」と言い、
数年ぶりに心から安心した夜を迎え梨子は、すぐに寝入ってしまった。

有斗は、梨子を起こさないように優しく布団をかけ、
ベッドの脇に置いていたスマホを取り出した。







そして、手慣れた手つきで、あるアプリを開き小説を読み始めた。


そのタイトルには「悲劇 有斗の離婚物語」とかかれていた。


スマホの青い光に照らされた有斗の顔は無表情だった。


end

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