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Exploration & Exploitation (探索と活用) - 人とAI が共に成長していく新しいビジネスモデル

 近年のビッグデータの潮流の中、人や企業の多くの活動がデジタル化され、取得可能なデータが増え、活用機会が拡大したことに伴い、それを有効活用するための Deep Learning (深層学習)Reinforcement Learning (強化学習)に代表されるAI技術が注目されています。自然言語処理、パターン認識、画像処理音声認識、機械翻訳、ロボティクス、様々な機能が従来にない精度で実現され、AIはいまや医療から交通、電力供給まで生活のあらゆる面に関わる形で本当に幅広く使われています。
 この発展著しいAI の普及に伴い、AI 脅威論が語られることも少なくありません。つまり、AI が、その技術によって人間がやっている様々な仕事のプロセスを自動化することで、人々の仕事を奪い、人間におきかわってしまうのではないかという予測です。

 実際に、AI技術以前にITは様々な人々の仕事をデジタル化し、効率を高め、人々の生産性をあげてきました。それにより、一人あたりの業務量も増えた結果、同じ仕事を少人数の人間でこなすことができるようになりました。AI 技術は更にこれを自動化させ、無人化のレベルにまで持っていってしまうのではないか。そういう観測がありますが、それを杞憂とは言いません。確かにそのような方向でビジネスは、そして社会は変化をしてきています。では、AI技術が世に浸透してしまった場合、従来自分がやってきたことを高い精度でAIが自動化してしまった場合、一体人は、何の仕事をしていくべきなのでしょうか。
 これに関しては、自分の講演の中で以下のような回答を述べたことがあります。

我々もAIの研究をしていると、人間ができること、AIにはできないことというものが存在することがわかってきました。人間にしかできないこと、それは、枠組みを変えていくことです。AIは囲碁のトップ棋士に勝つことはできるけど、囲碁よりおもしろいゲームを考えることができるのは、結局のところ人間です。つまり、人間は枠組みを超えるという意味で、創造性を持っており、AIは、枠組みの中でロングテールやビッグデータを処理できるという力を持っています。これら二つの力を組み合わせたビジネスを考えていくことが、今後重要になっていくと考えています。

 今のAI技術は前述したように機械学習を基本とすることが多いですが、機械学習に限らず、例えば、第2世代と言われるエキスパートシステムベースのAIでも、基本的には何らかの「枠組み」がまず存在して、その中で、繰り返し同じことを実行したり、精度を高めたりすることで目的を達しています。枠組みは実装によって、ルールであったり、モデルであったりするわけですが、その枠組を超えたことは、原理的にAIが行うことはできません。囲碁をやるAIが、サッカーをやることはできません。転移学習で、モデルを囲碁を指すモデルから将棋を指すモデルへとトランスファーできるかもしれませんが、そのモデルで自動車を運転することはできません。

 何らかのレベル感や抽象度はあれども、枠組みの中でのみAI は仕事を行うことができます。ですが、人間は違います。囲碁にあきたら、ポーカーができますし、麻雀もできますし、お腹が空いて脈絡なく、料理を作り始めたくなるかもしれません。枠組みを越えれるというのが人間の特徴です。

 ですが、もちろん AI の得意な領域があります。AI は同じことをとんでもない回数で繰り返すことができますし、複雑な計算を瞬時に実行できます。世界中のWebページを検索できますし、1000万人いたら1000万通りのレコメンデーションを行うことも可能です。AI は大量のトランザクション、データを、インターネットのスケールで処理することが可能です。

 この二つの特徴を考えた時、つまり、人間が枠組みを設定し、AI がその枠組の中で超効率的に処理し、それをスケールさせていく。そのようなコラボレーションこそが大事だということが浮かび上がってきます。これこそが今後のAI時代におけるビジネスの目指すべき姿ですが、この人とAIの組み合わせを、実現させている動きが存在します。

昨今、躍進しているスタートアップを見ると、そのいくつかは機械学習ベースの AI ソリューションをメインとして提供していることに気付かされます。彼らは主にインダストリー、ドメインを特定した垂直型SaaS として、特定の顧客グループにフォーカスをしてビジネスを遂行しています。例えば、HR Tech、Legal Tech、不動産Tech、医療Tech 等です。

 USの例になりますが、プロジェクト管理の Procore は、建築業界に特化したユニコーンで、高い成長率を実現し、グローバルに展開しています。

 

また、Veeva Systems は、製薬業界・医療機器業界向けのコンテンツ管理・データ管理・プロセス管理を行っている企業で、ライフサイエンス領域で着々とそのプラットフォームの機能を拡充しています。リードクライアントと PoC を行い、有効な機能をプラットフォームで多くの顧客へと展開しており、垂直型SaaS の成功例として知られています。


 日本での例として、Legal Tech の代表格である FRONTEO をあげてみます。FRONTEO は、テキストデータ解析を得意とする人工知能「KIBIT」を開発し、同AIを搭載したデータ解析プラットフォーム「Lit i View」により、eディスカバリにかかる時間を削減、また、デジタル・フォレンジック支援も行い、数々のクライアントの課題解決を行っています。(eディスカバリの解説は以下のビデオにあります。)


 これらの、建設、ライフサイエンス、リーガルというそれぞれの事例のように、業界や分野でターゲットを絞って集中することは、もちろんマーケットサイズを限定的なものにすることになります。しかし、AI に支えられたプロダクトのマーケットフィットを継続的に改良させていくにはいい手段といえます。それだけでなく、このような垂直型SaaS を提供しているスタートアップは、人とAI の新しいコラボレーションを実現させ、そして高い成長率をも達成しています。

 垂直型SaaS の SaaS という特徴だけを見ると、一般的に、単にユーザーに使ってもらえるように、スタートアップも宣伝やセールスを頑張るだけと思われてしまうかもしれません。サブスクリプションのようなモデルはそのようなイメージを強めている気もします。ですが、実際はそれだけに留まるものではありません。
 顧客企業側も、SaaS サービスを使いたいだけではなく、その奥にあるSaaSを利用するだけでは解決できない本質的な課題に挑んだり、あるいは、今までにない事業展開を睨んだ新しいチャレンジに取り組んだりしたいと考えています。

 また、冒頭で書きましたように、AI はその発展が著しく、次々と新しい精度・性能を達成し、機能が拡張され、人類に対する脅威のように語られることもあります。その際限のないパフォーマンスの拡大の前に、一見、人はもはやビジネス上の役割は不要になるかのように見えますが、実際はそうではありません。確かに多くの発展がありますが、AI ソリューションも闇雲に進化できるわけではないのです。単に性能を向上させ、数多の機能を拡張させて拡大していっても、それが顧客の真に求めるものと関係がなかったのだとしたら、単なるガラクタを生み出していく不要な進化となってしまうのです。

 企業が本当に解決したい潜在課題や、あるいは挑むべきチャレンジを識別し、それを実際に取り組む価値のあるテーマとして確認し、そしてそれをAI ソリューションに実装すべき機能、あるいは枠組みとして方向づけていくには、能力のある人によるリード、リーダーシップが必要となってくるのです。

 そこで、成功しているスタートアップでは、多くのセールスパーソン、コンサルタントの部隊をもち、あるいはそれらの役割を持つパートナー企業と提携して活動をし、単なるセールスではなく、マーケットフィッティングを行い、また今までにない課題に関してはPoCを定めて遂行することで、AI の開発の方向性を探っているのです。

 つまり、人が探索的に問題に挑戦し、かつその有効性を実証し、そのようなPoCを通してやるべき内容や拡張の道筋を示し、AI がその示された機能・枠組みを実装し、ビッグデータとともにインターネットスケールで大規模に活用していく、というコラボレーションです。これは、人による Exploration (探索)とAIによる Exploitation (活用)という組み合わせであり、E&E モデルとも呼ぶことができる新しいビジネスの形です。

 Exploration & Exploitation (探索と活用)という用語は、元々は機械学習の一領域である強化学習の、特に多腕バンディットアルゴリズムの中で出てくる言葉です。

 多腕バンディットアルゴリズムとは、限られたリソースの中で、利益がどれぐらい得られるか過去に経験した手段の「活用(exploitation)」と、利益を更に得られるかもしれない未知の手段の「探索(exploration)」という二種類の行動を使い分けることで、利益を継続的に最大化していく手法です。

 一般的には、経験の活用と更なる利益の探求の間にはトレードオフの関係が成立するために常にどうやれば、どこまでやれば逸失利益を最小化できるのかという課題があります。しかし、E&Eモデルにおいては、AIと人がそれらの役割を分担していくことで、トレードオフの問題を回避しながら、継続的成長を実現していくことができます。

 E&Eモデルは、従来の特定業界向けのソフトウェアマーケットをディスラプトしていく動きとも言えます。探索を担当するセールスチームやコンサルタントは、ハイバリューの課題を定義する、ハイスキルな人材であることが求められるため、人件費は高くなります。しかし、それは問題ではなく、むしろ優秀な人を雇い、積極的に「探索」の業務にあてていく必要があります。今のビジネスのやり方に満足している顧客層の中からいかに隠れた需要を見出していくのか。クライアントのニーズを掘り下げ、今までにない業務フローや作業をソリューションの候補として盛り込み、クライアントとPoCを行い、有効性が確認されたらそれをAI の開発へとつなぎこんでいく。そしてAIはプラットフォーム上でソリューションをレバレッジさせ、数千社のクライアントに進化したサービスを提供していく。

 このモデルではもちろん、顧客目線でSaaSプロダクトやAIソリューションの改善に繋げることができ、かつ、そのように顧客目線で進化していくプラットフォームは競合に対する強力な参入障壁となりえます。また探索を行うメンバーは、繰り返しではない、しかし専門的な知識と議論に基づいて常に新しいテーマを実現可能な形で開拓していきます。それを積み重ねることで、彼らはよりマーケットに影響力のある問題解決スキルを獲得していきます。つまり、AIと人が共に成長していくということです。

 E&Eモデルは、あらゆる分野において垂直型ビジネスとして成立します。更にこのトレンドは、SaaSが猛威を振るうソフトウェアマーケットだけでなく、ハイスキルな人材によって成立しているコンサルティング業界にも広がっていくでしょう。コンサルティング業界においては、これまでヘッドカウントの増加とともに売上が線形に上昇するモデルを基本としていました。ゆえに売上を伸ばすには、もっと多くの人材を採用していく必要があります。対して、ソフトウェアマーケットにおいては、売上の推移と人の数の上昇は基本的に独立しています。人件費はサーバの電気代より高くなるので、自然とコンサルティングビジネスはソフトウェアカンパニーより低い粗利率となります。E&Eモデルは、コンサルティング業界における、この売上と人員の比例関係を打ち破ることも可能とさせます。

 SaaS スタートアップやコンサルティングファームにとって、E&Eモデルには、二つの重要な意義があります。

 まずデータを活用することの優位性です。E&Eモデルで事業を行えば行うほど、リードクライアントからのハイクオリティのデータが集まり、AI(機械学習)のモデル強化に役立ちます。それは競合に対する差別化にもなります。最初はなかなか立ち上がっていかないかもしれません。しかし、成長するに連れて、E&Eモデルは、クライアントの人手がいる複雑な業務もソフトウェアで置き換えていきます。業務プロセスの効率を高め、クライアント企業の生産性を向上し、更には自動化も達成していくことになります。

 二つ目の意義は、E&Eモデルは既存のマーケット内でのシェア獲得だけでなく、マーケット全体を拡張し、その規模を増大させていくポテンシャルがあることです。IT業界・インターネット業界を除く、それぞれの産業、ドメインにおいて、例えば、不動産、建設、医療、教育等の業界で、主たる財・サービスの直接的な生産にソフトウェアがどれぐらい関与しているかということに関しては、まだ市場全体の5%から10%程度に留まっているとも言われます。ゆえに、AI サービスの発展による垂直型SaaS の伸び代はまだまだ大きいのですが、E&EモデルによってAI は生産の自動化を累進的に進捗させ、ビジネスの効率性を都度向上し、そして人は新しい課題・テーマを開拓する方にそのリソースを割くことができるようになって、マーケットそのものも拡張させていくでしょう。

 E&Eモデルは、人とAI、その両者が、探索と活用というインタラクションを通し、巧みに成長していこうと努力するモデルです。ある意味、テクノロジーの進化そのものを活用することで、より大きなマーケットシェアと競争力のある収益の達成を目指す活動と言えます。人とAIが共に成長していくことを実現するこの動きは、今後数年に渡って、極めて重要な潮流になるでしょう。ここにおいて、我々人類は、自らもチャレンジし世界を切り開いてく新時代の開拓者として、AI を含めた多くのテクノロジーの未来を導く存在として進化していくのです。


おまけ
 E&Eモデルをスムースに運用するには、SaaSやAI サービスが、ビジネスの要求に弾力的に応えることのできるプラットフォーム上で構築されていることが後押しになります。つまり、クラウドネイティブの基盤を実現できているかどうかが肝になります。


おまけ2
 AI ソリューション・プロダクト・プラットフォームの開発の方向性をどう探索するかに関して、コンサルティングファームやITプラットフォーマーの間で、新しい「場」作りが広がってきました。クライアントやユーザーの課題ややりたいことのニーズを吸収し、デザイナー、データサイエンティスト、ソリューションアーキテクト、コンサルタント、リサーチャー等がインタラクションをすることで、今までにないテーマを探索し、見出していく。従来のコラボレーションオープンスペースやソリューションのショーケースとは一線を画する「探索のフィールド」作りに関しては、また別途記事を書きたいと思っています。


おまけ3

 DX(デジタルトランスフォーメーション)の文脈にあわせて、E&E モデルについてスライドに起こしました。本記事で解説していないポイントもありますので、こちらもご参考ください。


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