マガジンのカバー画像

映画/ドラマレヴュー

133
観た映画やドラマのなかから興味深かったものについていろいろと。
運営しているクリエイター

#エッセイ

映画『ウォーターマン』は濃厚なブラックコーヒーよりも苦々しいドラマを描く



 『ウォーターマン』は2020年のアメリカ映画。同年の第45回トロント国際映画祭でプレミア上映後、2021年5月にアメリカの一部劇場で公開された。現在はネットフリックスを介し全世界で観られる。監督は俳優のデヴィッド・オイェロウォが務め、脚本はエマ・ニーデルが書いた。オイェロウォにとっては初の監督作品である。

 物語は、ロニー・チェイヴィス演じるガンナーの切実な想いが軸だ。ガンナーの母親メアリ

もっとみる

ドラマ『ムーブ・トゥ・ヘブン』は、《そうするしかなかった者たち》に優しく手を差しのべる



 『ムーブ・トゥ・ヘブン』は、今年5月にネットフリックスで配信が始まった韓国のドラマ。監督は映画『お料理帖 息子に遺す記憶のレシピ』(2018)などで知られるキム・ソンホ、脚本はユン・ジリョンが務めている。
 物語は、アスペルガー症候群のグル(タン・ジュンサン)と、グルの後見人サング(イ・ジェフン)を中心に進む。遺品整理士として、2人は故人の想いや人生を解きあかしていくというのが基本的なストー

もっとみる

ドラマ『スカイ・ロッホ』の逃走劇は、男性優位社会からの脱出だ



 コーラル(ヴェロニカ・サンチェス)、ウェンディー(ラリ・エスポジット)、ジーナ(ヤニ・プラド)という3人のセックスワーカーが逃亡劇を繰りひろげる『スカイ・ロッホ』は、ネットフリックス作品のなかでも特に配信を楽しみにしていた。ドラマ『ペーパー・ハウス』(2017〜)でも良い仕事を果たしたアレックス・ピナやエステル・マルティネス・ロバトなどが制作/脚本に関わり、劇中で使われる音楽は筆者が好きなポ

もっとみる

映画『この茫漠たる荒野で』が見逃したもの



 『この茫漠たる荒野で』は、2020年に公開されたアメリカの西部劇映画。監督には『ブラディ・サンデー』(2002)などで知られるポール・グリーングラスを迎え、主演はトム・ハンクスが務めている。アメリカ以外の国々では、2021年2月10日からネットフリックスで観られるようになった。

 本作は1870年のアメリカを舞台に、ニュースの読みきかせで日銭を稼ぐ退役軍人のジェファーソン・カイル・キッド(

もっとみる

映画『スペース・スウィーパーズ』は、下で生きることを強いられた者たちの連帯が輝く



 『スペース・スウィーパーズ』は韓国のスペースオペラ映画だ。地球が荒廃した2092年の世界を舞台に、宇宙のゴミを収集する宇宙船、勝利号のクルーが活躍する様を描いている。
 監督は、『私のオオカミ少年』(2012)や『探偵ホン・ギルドン 消えた村』(2016)などで知られるチョ・ソンヒ。主演はソン・ジュンギとキム・テリが務めた。
 本来は2020年に韓国で封切りを迎える予定だったが、新型コロナの

もっとみる

ドラマ『都会の男女の恋愛法』は、多彩な映像表現で心を語る



 『都会の男女の恋愛法』は、2020年12月22日から韓国のkakaoTVで放送されているウェブドラマ。チ・チャンウクとキム・ジウォンを主演に迎え、都会で生活する男女の複雑な恋愛関係や気持ちを描いた群像劇だ。日本でもネットフリックスを介し、ほぼリアルタイムで観られる。

 筆者は基本的に、ドラマ評は全話放送されてから書くようにしている。ある回だけがおもしろくても、全体で観たら微妙な作品も少なく

もっとみる

ドラマ『保健教師 アン・ウニョン』が描く、痛みを知るからこそ人に優しくできる大人



 『保健教師 アン・ウニョン』は、韓国の作家チョン・セランによる小説『保健室のアン・ウニョン先生』を原作としたドラマ。アン・ウニョン役には映画『82年生まれ、キム・ジヨン』でも主演を務めたチョン・ユミ、ウニョンと共に行動する同僚教師ホン・インピョ役にはナム・ジュヒョクが迎えられている。

 物語は、赴任中の学校で起こる不可思議な現象を、ウニョンとインピョが解決していくというもの。
 ウニョンは

もっとみる

映画『エマ、愛の罠』はステレオタイプな性役割を焼きはらう



 燃える信号機と、火炎放射器を手にするエマ。チリの映画監督パブロ・ララインの最新作『エマ、愛の罠』は、観客の目を引きつけるシーンばかりだ。多彩な色使いに明暗を上手く使いわけた照明など、“おもしろい絵”を作りあげる技法は匠の域に達している。

 物語は、エマ(マリアーナ・ディ・ジローラモ)とその夫・ガストン(ガエル・ガルシア・ベルナル)が中心だ。2人は養子を迎えいれるが、とある事件せいで子供は施

もっとみる

映画『82年生まれ、キム・ジヨン』が描く女性の生きづらさは万国共通だ



 チョ・ナムジュによる小説『82年生まれ、キム・ジヨン』が発表されたのは、2016年10月のこと。韓国で生活するジヨンという女性に降りかかる抑圧と、それを巧みに描写した筆致は瞬く間に注目を集めた。こうした特徴の影響か、フェミニズム小説と紹介する者もいる。2018年12月には邦訳版が出版されるなど、盛りあがりは韓国以外の国にも広がった。

 『82年生まれ、キム・ジヨン』といえば、アイリーン(レ

もっとみる

アイリッシュ・ドリルとフォンテインズD.C.〜アイルランドのポップ・ミュージックが鳴らす複雑なアイデンティティー

 イギリスのラップ・シーンは、おもしろさが増すばかりだ。スークースといったコンゴの音楽をUKガラージやUKドリルと接合するバックロード・ジーなど、興味深いラッパーが次々と出てくる。その一方で、マイク・スキナーは久々にザ・ストリーツ名義のアルバム『None Of Us Are Getting Out Of This Life Alive』(2020)を発表し、健在ぶりを見せつけてくれた。若手からベテ

もっとみる

『タッチ・ミー・ノット』が映す肉体的欲望の可能性と限界



 ベルリン国際映画祭2018において、アディナ・ピンティリエ監督の初長編映画『タッチ・ミー・ノット』が大きな注目を集めた。最優秀新人作品賞のみならず、ウェス・アンダーソン監督の『犬ヶ島』(2018)といった有力なノミネート作品を抑え、金熊賞(同映画祭の最高賞にあたる)も獲得したのだ。

 本作はローラ(ローラ・ベンソン)の視点を中心に物語が進む。人に触れられると拒否反応を起こしてしまう障がいが

もっとみる

“色”でポップ・カルチャーを楽しむ



 映画やドラマを観るとき、あなたはどこに注目していますか? 役者の演技、制作陣のスキル、脚本のおもしろさなど、さまざまな楽しみ方があると思います。

 今回筆者が取りあげるのは、“色”の視点から楽しむことです。徳井淑子さんによる著書『黒の服飾史』(2019)などが示すように、“色”は時代ごとに異なるイメージを纏っています。たとえば、中世以前の黒は“貧しさ”や“醜さ”を象徴する色でした。ところが

もっとみる

映画『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』に見るキャロル J. クローヴァーの功績



 キャシー・ヤン監督の『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』は、DCコミックスに登場する人気ヴィラン(悪役)のハーレイ・クイン(マーゴット・ロビー)が主役の映画。『スーサイド・スクワッド』(2016)で恋愛関係にあったジョーカーと別れ、新たな戦いに身を投じるハーレイが描かれている。

 本作は、女性による女性のための映画と言いきっていい。男に虐げられてきた女性たちが連帯

もっとみる

力を持たない者は立ちあがることすら許されないのか?〜映画『ロストガールズ』



 パワフルに悪者を倒していく。知力を振りしぼり苦境を脱する。そんな映画やドラマを観ると、勇気づけられるなんてことはよくある話だ。

 しかし筆者は、勇気づけられると同時に、一抹の哀しみを抱いてしまう。みんながみんな、ワンダーウーマンのような超人的パワーを持ち、不平等が蔓延る世界を生き抜けるわけじゃない。みんながみんな、トニー・スタークのように膨大な財力を得て、強大な敵に立ち向かえるわけじゃない

もっとみる