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お話

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送りましょうか (お話)

送りましょうか (お話)

地下通路から地上へ上がると、雨が降っていた。
傘を忘れていた。
パーカーのフードをかぶって、やや俯いて歩き出した。

雨の音が変わったので視線を上げると、頭上に傘が差し出されていた。
誰かが入れてくれたのか?と隣を見て小さく声が出た。人間の手首から先だけが傘を持って隣に浮いている。そのまま私についてくる。
驚きはしたが何故か怖いとも気味が悪いとも思わなかった。周りの人も手首に気づいた様子もなく通り

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虹の都が出来たわけ(お話)

虹の都が出来たわけ(お話)

むかしむかしあるところに王国がありました。その王国の都はたいへんに美しい都でしたが、同時にたいへんに道が複雑な街で、しばしば迷い、歩き疲れて道に座りこむ旅人や新しい住人の姿が見られました。

ある代の王様は心優しい方で、迷う人々のことを気にかけていました。そこで、街のどこにいても見えるような高い塔を作るよう命じ、そうして建てられた塔は方角を示す目印となって道に迷う人達の助けとなりました。

王様は

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黄金色の図書館(お話)

黄金色の図書館(お話)

「植物園……ですか?」
「いいえ、ここは図書館です」

彼が私を案内してくれたのは、ガラス製の半球状の屋根を持った、背の高い建物だった。
扉を開けて中に入ると、民家の3階までに届くくらいの高さの木々が、石畳を敷いた通路を挟んで左右に並んでいるのが見えた。通路の行き着くところは入り口からは見えない。木々の葉はみな一様に黄金色に光り、地面は同じ黄金色の落ち葉で覆われていた。

やっぱり植物園じゃないか

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積乱雲との約束(お話)

積乱雲との約束(お話)

「入道雲ってのはな、たまに本当の入道が混じってんだ」
「はあ?」
「妖怪の大入道がな、昼間にでかける時に、雲の服着て、人間に見つからないように歩いてんだよ」
「叔父さん、またテキトー言って」
「テキトーじゃねえよ、よく見てみな、まばたきくらいは見られるかも知れないぞ」

先日遊びに来た叔父がそんなことを言っていたなと思い出しながら洗濯物を干していた。
今日は天気が不安定で、急に雨が振ることもある、

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天上の戯れ (お話)

天上の戯れ (お話)

ああ、降ってきたね。

雷もすごいな、嫌いかい?大きな音がするからね。

あれはね、神様たちが踊っていなさるんだ。
金の縁飾りのついた衣装を着て、腕や足に煌びやかな飾りをつけてね。雲間が光るのはそのせいさ。そうそう、あの音は踊りの拍子をとる太鼓だよ。

・・・まあ、時々ステップを間違うんだろうね、それで地上に火のついた足を踏み下ろしてしまうのかも知れない。
それか、悪ふざけか。存外に荒っぽくて気ま

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花嫁衣装でどこへ行く

花嫁衣装でどこへ行く

昔昔、ある村の住人たちが夜の神様と契約を交わしました。20年に一度、村の娘を神様の妻として差し出す代わりに、村を守ってもらう、という約束です。

差し出される娘は、嫁入りの日にある花嫁衣裳を着させられました。それは月光を織り込んだ白無垢でした。満月の夜に糸を紡ぎ、満月の夜に布を織り、満月の夜に着物を仕立てた特別な衣裳です。

その衣装を身につけた時から、娘はだんだんと色々なことを忘れていくのでした

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大晦日の夜に

大晦日の夜に

年末年始は帰らないよ、と実家に宣言して、実際俺は帰らないで寮にいる。他の寮生はみんな帰省したから、静かなものである。

自分で掃除をするなら共同浴場にお湯を張っていいよ、と管理人さんが言ってくれたので、お言葉に甘えてお湯を張る。
10人はいっぺんに入れるお風呂が今日は俺1人の貸切、なんだか贅沢だ。

歌なんか口ずさみながら髪を洗っていると、浴場の引き戸を開ける音がした。訝しく思ってちらりと目をやる

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魔法の絨毯は無いので

魔法の絨毯は無いので

あるところに富豪がおりました。
富豪には子が1人、好奇心旺盛な本をよく読む娘でした。

ある時1人の吟遊詩人が富豪の屋敷へ立ち寄りました。
この土地では吟遊詩人は大切にされます。様々な物語や各地の情報を運んでくるからです。吟遊詩人はしばらく富豪の屋敷に滞在することになりました。

娘は物語が大好きでしたので、よく吟遊詩人にせがんで遠い国の物語を聞かせてもらいました。最初は物語に夢中だった娘は次第に

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大晦日にやってくるもの(南の町)

大晦日にやってくるもの(南の町)

ある南の町で変わった行事を見た。
大晦日の日没前に、住民は皆家を開け放ち、町が見下ろせる崖の上へ集まるのだ。
大晦日の前から1ヶ月ほど、住民は家中を掃除して塵を家の前へ積んでいく。そして大晦日の前日に不要品を道に出して、崖の上へと移動するのだ。

「何故こんなことを?」と、いつも町を案内してくれる若者に訊くと
「見てればわかるよ、ちょっとした見物だ。」と若者は答えた。

大晦日、日が落ちてあたりが

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大晦日にやってくるもの(北の町)

大晦日にやってくるもの(北の町)

年の終わりの暗い夜
北からそれはやってくる

黒い体から百の手生やし
片付けにそれはやってくる

家に立てこもり人々はそれが過ぎていくのを待つ
弱った者は連れて行かれる
邪気ある者も連れて行かれる

弱った赤子病気の年寄り
誰もそれから逃げられない
彷徨う悪霊害なす妖精
みんな捕まえ連れて行く

連れて行かれてどうなるのかは誰も知らない知ろうとしない
夜が明けるまで運次第 顔を伏せて耐えるだけ

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天翔ける配達人は橇とばし聖夜の静寂に鈴響かせる

天翔ける配達人は橇とばし聖夜の静寂に鈴響かせる

「プレゼント、何がいい?」

電話ごしに恋人は私にたずねた。
私は物欲が薄いし、必要なものはいまのところ全部あるのだ。困ってしまった。

「強いていえばあなたがここにいてほしいけど」
「それは、ごめんね」
わかっているのだ。この人は今夜が一番忙しい。

「じゃあお願いをひとつ」
「わかった、何でもどうぞ」
「世界を消滅させてほしい」
「急に怖いこと言うなあ。難しいけど、ま、やってみるよ」
「・・・

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雪に関する3つの話

雪に関する3つの話

ある地方でこんな話を聞いた。
「雪っていうのは、破られた恋文の欠片なんだって。昔、地上に夫婦の神が住んでいたんだけど、ある時夫が妻を怒らせて、妻は天へ昇っていってしまったの。夫は妻に帰ってきて欲しくて沢山手紙を書いて天へ送るんだけど、妻はまだ怒ってるからいちいちその手紙を破いて突き返すの。その破られた文が降ってくるのが雪なんですって。夫は、そんなものでも妻の触れたものだからって後生大事に回収してま

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温かな冠

温かな冠

昔、昔、あるところ、ふくろう毛糸屋やっていた

風が冷たい師走の月曜、大きな鬼がやってきた
頭にかぶった黒い帽子がお店の天井こすらんばかり

大きな鬼は「毛糸ください」小さな声でこういった
「どれにしますか」
「この白色のやつください」

毛糸は買ったが鬼はもじもじ
どうしましたかとふくろう問えば
帽子の編み方知らぬという。

帽子の編み方教えてもらい、礼を言い言い鬼帰る

火曜にまたその鬼が来て

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断ち切るつもりが紡ぐことになった

「お姉さん最近見ないけど、入院とか?大丈夫?」
「あーいや、元気だよ。今農家研修中」
「ええ?お姉さんもお姉さんの結婚相手も全然関係ない仕事だったよね?転職ってこと?」
「・・・みたいな感じというか、なりゆきというか。」
「何作る人になるの?」
「絹。」
「絹!?蚕飼うってこと?なんでまた」
「うーん、えーとね、まずさ、お姉ちゃんとお義兄さんはここ数年あんまり仲が良くなかったのね」
「?うん。」

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