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大晦日の夜に

年末年始は帰らないよ、と実家に宣言して、実際俺は帰らないで寮にいる。他の寮生はみんな帰省したから、静かなものである。

自分で掃除をするなら共同浴場にお湯を張っていいよ、と管理人さんが言ってくれたので、お言葉に甘えてお湯を張る。
10人はいっぺんに入れるお風呂が今日は俺1人の貸切、なんだか贅沢だ。

歌なんか口ずさみながら髪を洗っていると、浴場の引き戸を開ける音がした。訝しく思ってちらりと目をやると、太い、毛むくじゃらの、真っ赤な肌の足が見えた。

「すいませんね、お邪魔しますよ」とその足の持ち主は言って、俺からひとつ離れた風呂椅子に腰掛けた。随分大きな人だ。俺だって180cmあるのに、頭2つ分は俺より大きい。それに固太りというのだろうか、肩幅ががっちりして、肌は足と同じ真っ赤な色だった。

と、俺はその人の頭に妙なものを見た。頭のてっぺんに・・・あれは、突起?こぶ、いや、角?髪の毛の間から角が突き出している。

えっ鬼?鬼がなんで寮のお風呂に?と内心混乱していたが、そそくさと頭と身体の泡を流して湯船に浸かった。
あまりじろじろ見るのも失礼だとは思うのだが、ついその人(鬼?)を見てしまう。と、あることに気付いた。

・・・この人、もしかして身体が固いのかな・・・?

その人(以下赤鬼としよう)が石鹸を泡立てて身体をこすり始めたのだが、背中に手が届いていないのだ。腕を上にやったり下にやったりしてどうにか背中を洗おうとするが真ん中に届かない。
しまいに腕がつったのか「痛っ、アタタタタ・・・」等とやり始めたので俺は思わず「背中、流しましょうか?」と声をかけてしまった。

言っておくが俺は普段見ず知らずの人にこんなこと言わない。というか家族でも言わない。赤鬼があんまり不器用に身体を洗うものだからついそんなことが口に出たのだ。

赤鬼は一瞬「えっ?」と驚いたが、「お手数ですが、お願いします。」と俺にスポンジ(鬼でも使うんだな)を渡した。

なんだか、背中が広すぎて人の背中を洗っているというよりは壁の掃除をしてるみたいな気分だ。背中をまんべんなくこすると、おれはシャワーのお湯を出して泡を流した。

「いやあ助かった、ありがとうございます。」
赤鬼はほっとしたようにそういうと、身体についた残りの泡を流して、湯船に浸かった。


赤い肌をさらに赤くしてお湯につかる鬼に挨拶して、俺は先に風呂から上がった。部屋に戻り髪を乾かした後、ちょっと空気がこもっていたので部屋の窓を開けた。
と、ちょうどさっきの赤鬼が帰っていくところが見えて、「あ」と声が出た。

その声で気付いたのか、赤鬼はこちらを振り返り、「良いお年を!」と言って手を振った。俺も思わず「良いお年を!」と返して手を振った。赤鬼はにっこりしてもう一度手を振ると、ゆっくりと前に向き直って夜道を歩いていった。

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