聖都ルアンパバーン、英語の授業を受ける②
船は夕方には曳航地のパークベンという小さな村に着いた。波止場には船の到着を待っていた宿屋の客引きが旅人を捕まえるために待ち構えていた。
船が接岸すると船内にどっと客引きたちが乗り込んでくる。
リバイが一人の客引きと話をして僕たち3人で泊まれる部屋を確保してくれた。
他にブランダさんとフランス人カップルが同じ宿にいくことになり、6人で今夜もトラックの荷台に乗せられる。
シャワーなんか気の利いた設備はないが、広々したテラスのあるレストランを併設したメコン川を見下ろす宿だった。
今夜この宿を選んだのは僕ら6人だけだったようで、他の乗客もそれぞれ散り散りに小さな村のいくつかの宿に分かれたらしい。
もしかしたら客引きは最初から競争しないように相談しているのかもしれない。
折角なのでみんなで夕食を取ろうということになり、僕らは宿のレストランに集合する。
レストランで待ち構えていた宿の主人らしき人物が1番景色の良いテーブルに通してくれた。
メコン川か一望できるウッドデッキで景色も風情も十分満足できた。
そんな中、食事を待っていると現地人らしきおじさんが僕らのテーブルにやって来る。
おじさんは銀紙に包まれた丸い球を見せながら何か言っている。
「必要ないよ。」
フランス人の彼氏がおじさんを追い払った。
「ブレンダさん?今あのおじさん何しに来たの?」
なんとなく想像はできたが僕は彼女に確認する。
「あれマリファナだよ。」
ラオスだってもちろん大麻は禁止の国なのだが、求めてくる者がいるから誰かが作る。
旅行者の要請に応える形で経済が生まれるけれど、よくない方向に物事が進む現場はこの後も何度も目にする。
需要と供給、この村はこうして船に乗ってくる旅人によって経済が成り立ち、旅人の需要を満たすために様々なものが揃えている。
今夜は船の中で寝るくらいに思っていたのでちゃんと食事を取れて、ベッドで寝れるのはありがたかった。ただ僕らの方にも出来るだけおかしな方向に進まないような節度も大切だと思う。
夕食を終えるとそれぞれ自分の時間を過ごすために解散となり、僕は自分のベッドで本を読んでいた。すると酔っぱらったリバイが部屋に戻ってくる。
「クラブがあるらしいんだ。行かないか?」
そんなものまであるのか!?
本当に旅人を満たすためだけに町がにあるんだな。
「クリスは?」
クリスは首を横にを振る。
「僕もいいかな・・・。」
リバイは『なんだよ。』みたいなことを言ったんだろが一人で部屋を出たいった。
僕はクリスと少し話してテラスでコーラを飲みながら本を片手に少し川の流れを見てから眠りに着いた。
翌朝、リバイはクラブがいたく気に入ったか、朝から気分は上々だ。
そして旅の仲間が増えていた。
オーストラリア人のショーンとドイツ人のケイティだ。
二人も同じ船の乗客で、昨夜はリバイとクラブで一緒だったらしい。
「なんかどんどん人が増えるな…」
「賑やかでいいじゃない。」
ただこっちにはもうブレンダさんがいる。
通訳してもらえるので彼らとの意思疎通も困らなくなったと僕は思っていた。
「通訳お願いしますね!」
昨日、船の中でじっくり話す時間があったので英語が苦手なのは知ってくれていた。困ったときは彼女に助けてもおうと思っていた。
「ダメよ!自分で話さないと!」
これがなかなかスパルタだった。ブレンダさんは自分と話すときは日本語でいいがみんなと話すときは自分で英語を使って話した方がいいと、話せる様になることを薦める。
難しい表現は教えてくれたが簡単なものは調べてり単語を教えてくれるので自分の口から説明するように促されてた。
「ブレンダさん。宗教って何て言うの?」
「religionって言うよ。」
「ありがとう。」
「このノートにはいろんな国の文化や宗教についての書いてあります」
今日は船の中でルシアナさんにノートの内容説明に取り組んでいた。
「ここにはなにが書いてあるの?」
「この絵は何?」
「このページは?」
「マサシは宗教の勉強をしているの?」
僕はルシアナさんの質問攻めにあった。
僕が拙い単語で必要最低限のことを伝えると彼女は的確な質問を返してくる。
そして一通り質問を終えると今度は彼女が話すターンに変わる。
「じゃあルアンパバーンに着いたら一緒にいろんなお寺にいきましょう。」
「マサシがいれば心配なさそうね。」
大丈夫だろうか。ブレンダさんはついて来てくれるかな。
「あとマサシ。『religion』の発音はこうよ。」
【religion】
宗教という意味の英単語。この言葉は元々「ものを結びつける」という意味を持っている。ラテン語の縛るreligio(レリギオ)という言葉が祖型になっていて。「再び」を意味するreと「結びつける」という部分のligareという言葉の合成語である。
何と何かを結びつけるものが宗教なのである。
ルシアナさんにはよく発音のことを注意された。
一方ブレンダさんには単語や表現を習う
そんな僕をみんなは面白がって見ていたようで、少しづつではあったがクリスやリバイと雑談をする時間も増えていった。
実はリバイはモータースポーツの選手だった。
リバイとクリスはタイで出会ったらしい。
一緒にイギリスから来たわけではなかった。
そしてクリスはどうやら学生のようだ。
ショーンは僕と同じように世界一周をしているという。
ルシアナさんもブレンダさんと同じように元・銀行員だった。
そして僕は初めて彼らに自分の素性を話し始めた。
「実はってなんて言うの?」
「Actually …」
「実は日本ではお寺に関係する仕事をしていて、今は世界中のお寺や教会、モスクを巡るために旅をしているんだ。」
「世界を一回りしてインドのブッタガヤという聖地を目指している。」
「そのブッタガヤって何なんだ?」
「バチカンやメッカのような場所だよ。仏教徒にとっての。」
「じゃあマサシは研究者みたいなもんだな。」
リバイが言った。
わからない言葉は調べるかブレンダさんに教えてもらって話してく。
ルアンパバーンについてもこうした会話の仕方は変わらなかった。みんなは僕が話しているときは待っていてくれる。
僕は少しづつ自分の意見を言えるようになっていく。
二日ほど経ったとき僕はあることに気付いてブレンダさんに問いかけた。
「実は国境でこんなことがありまして……………。」
「もしかして『ビザいらない』ってことだけ言えばよかったのかな?」
「そだよ。その通りだよ。」
僕は頭の中で
「Japanese are exempt from visa for two weeks.」
「日本人は二週間であればビザが免除されている。」
こんな文章を探していた。
当時の僕にこんな単語力も文章作成能力もなかったのだから、無理な話なのだがそれよりも僕はもっと大切なことに気付いていなかった。
『最低限、彼に伝えるべき情報は何か?』ということだ。
「Don’t need visa.」
たったこれだけですべて事足りている。
それでもわからないことがあれば彼らは的確な質問をしただろう。
「何週間?」
「2週間。」
「それで足りるのか?」
「十分だ!」
きっとこんな会話が起こるはずだ。
みんなの話し方、話す単語、場の雰囲気をずっと観察し続けた。
毎日のように夜はどこかに集まって飲んでいた。
リバイが僕にタバコを勧める本数は日に日に増えていくし、クリスが僕に話しかける回数も増えていた。
誰かが誰かに話しかける。
そこから自然に会話が始まり誰かが話す、すると少しして誰かが質問したり、自分の意見を言う。そしてまた誰かが話す、僕らはそれを聞いている。
滅多に被せて話すことはないし、みんな考えながら話している。
そして、伝えなければいけないキーになる言葉を中心に話している。
『そこだけちゃんと伝えればいいのではないか。』
ブレンダさんは必要なことだけ訳してくれるし、必要な単語を教えてくれる。
その単語を中心にして僕の伝えたいことは完結する。
つまり彼女は要点を抑えているし、究極要点だけでことは足りている。
僕の習った学校の英語では構文を中心とした整った説明文が踊っている。
脳内の日本語で作ったテキストをそのまま英訳するのではなくて、必要なことだけ言えばいい。わからないことは質問される。
じゃあ自分の英語は『ピジン言語』と思えばいい。
発声や文法はいいから、通商上困らない最低限の意思疎通が図れるものだと思えばいいのではないか。
一生懸命、頭の中の日本語をそのまま英語に翻訳しようとするのにプロセスを使うのではなくて、その日本語の中で肝になることだけを探せばいい。
そして開き直ってわかる単語だけ並べてまずは文法なんて気にせずに会話してみよう。
どうせまともな英語力はないのだから。
「そうだよ!それでいいんだよ!」
「余計なこと喋らない。どうせ喋れないんだから。」
ブレンダさんは今日も手厳しい。
「でも頭の中に説明したいことがわぁーーーって溢れるんだよね……。」
「日本語って本当に説明の言葉や文が多いよね」
日本に6年近く住んだ彼女が言うのだきっと外からはそう見えるのかもしれない。
「やっぱりそう感じるんだ。」
頭の中にいる日本語たちは本当に長ったらしく説明が多かった。
それを整理して最低限に落とし込むのに苦労する。
「ねぇブレンダさん。日本で働いてたじゃん。今のことからすると日本人の話って長いの?」
「そうだよ。長いし説明が多いね。」
「外国の人から見たらそういう感覚なんだ。」
これは彼女の体感かもしれないが長いし、説明が多いらしい。
「だから日本の男はおしゃべりなのよ。」
お喋りなのは否定しないけれど。
「そんなにいっぱいのこと話さなくていいのよ。」
「なるほど。」
次はこのピジン言語な僕の英語力をどうやってクレオール言語化していくかだ。
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