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聖都ルアンパバーン、英語の授業を受ける①

「いくぞ!マサシ!」
二人はさっさと甲板に降りていく。
僕はカメラを手に今から始まる船旅への期待に胸をはずましている。

「ちょっと待って!!!」

今日から僕らはこのフアイサーイの村からラオスの聖都ルアンパバーンに向けてメコン川を下る2日間・約30時間の船旅に出る。

以前から船でルアンパバーンに向かうルートがあることは知っていた。
街そのものが世界遺産でラオス仏教では重要な聖地として栄えたかつての王都である。その聖都に向けてメコン川を下る船の道がある。

いつかはこの船に乗ってみたいと夢を描いていたので旅の計画当初からメコン川を下るためにタイを北上するルートを選んでいた。

「ついにこの時が来たんだな〜」

風景を切り取っておきたいのに二人はその気がないらしかった。

「先に行ってるぞ!」

クリスとリバイは船内に消えた。

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平たい木造船の中はエンジンもシートも中古車から皮下剥がしてきたような部品を寄せ集めて作ってある。

「いやいや。想像よりすごい作りだな。」

チケットには席割りがしてあるので一旦はそこに落ち着いたが、出発してすぐに席はほとんど空いていてかたちばかりの席割りだとわかった。

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「マサシ。船尾の方に行こうぜ。」
船尾の方は誰も座っていないので二人分のシートを独占して横になっていられる。これならあと約30時間は寝ているだけだ。

船内には小さな売店もあって、ビールやビスケットなんかの簡単なお菓子が手に入る。それで十分だ。むしろそんな不便さもちょっと心地いいくらいだ。
窓からは茶色い水面に真っ青の空と緑の陸地だけ。
景色はあまり変わりばえしないが、船上は風が抜けて気持ちがいい。
船は時々スコールの雲の下を抜けるのでそのときは皆一斉に立ち上がり協力して窓にカーテンをかける。
こうしたイベントがあるのも面白かった。

1時間もするともうリバイは酔っ払っていた。
一方相方のクリスは窓枠に足を擡げてのびのびタブレットでダウンロードしておいた映画を見ている。

「何見てるのかな・・・?」

昨夜、テラスで飲んで以来すっかり慣れたのか二人は僕の隣にいてものびのび過ごしている。

しかし、依然として雑談には抵抗があったのでクリスに何を見ているのか聞く勇気がなかった。

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昨夜は音楽の話題のあとリバイは延々とサッカーの話をしていた。

音楽の話なら良かったのにサッカーのことになるとまるで知識がない。
多少のことはわかるのだがリバイの使う英語には時々わからないフレーズや単語があるのでところどころで理解が頭の中で断線する。

『これであってるのかなぁ』と文章を取り繕うので話せば話すほどに不安になる。なので僕はだんだんあまり知らないことを自分から質問するのが怖くなっていった。

『今なんの映画見てるの?』なんてクリスに聞いてもそのあとどんな会話を続けたら良いのかわからない。
話がしたいけど話が続くのがちょっと怖い。

どうしてアブーと話している時はそれなりに意思疎通がはかれたのかこの時はまだ理解できなかった。

まぁとにかく必要最低限のことはなんとか会話できていたので2人もそんな僕に慣れてくれたのだろう。意外と居心地は良かった。

時々リバイは僕をタバコに誘う。そしてまた窓辺の景色に帰る。
クリスは相変わらず映画を見ながら時々カメラを構える。

各々自分の時間を過ごしている。
まだまだ長旅になるから僕も二人の近くで自分の時間を過ごす様に心がけようと思って鞄からノートを取り出す。

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僕は情報ノートの整理をすることにした。
この先のラオスやカンボジア、ベトナムで見たいものを見直してこれまでの二カ国分の見たものや新しく得た知識を整理しておくためだ。

またこの頃から僕は電子書籍を読み始めていた。

実は旅に出ると決めてからずっと楽天ポイントを貯め続けていた。
法衣店の仕事は年間の半分近くが出張になり、宿泊費やガソリン代などの必要経費は膨大な額になる。
それらすべてを楽天ポイントに紐付けしておいたのだ。
出発前に必要な装備を買うためにと用意していたが結局現金で購入してしまったので浮いたポイントがそれなりの額残っていた。

『海外では楽天ポイントで買い物もできないし、これを何に使おうか…』
そんな時に楽天の電子書籍に気が付いた。

マレーシアで博物館には日本語のガイドさんがいた。
おかげで母国語で情報を得ることが出来たが、一方でタイではすべてが英語表記で理解の精度は落ちていた。
またガイドさんのおかげで自分の興味が向くものや得たい知識の方向が絞り込めた。

マレーシアは多民族、多宗教国家である。
それに興味を持った僕はクラルンプール以降そこに注目した旅を進めた。

事前に用意したノートの情報以外にも自分で注目するところを見つけなくてはいけない。

『自分の見たいものはこのノートの中にある。』
『さらに求めるなら今はインターネットで知識を補完しながら旅を進めればいい』

知識と経験を合わせて得ることができる。
そこで思いついたのが『それぞれの国についての本を読みながら旅をすればいい』という結論だった。

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まず僕は東南アジア地域の歴史についての本を読み始めた。
東南アジア諸国はそれぞれ独立した国家ではあるが全体を一つの歴史として捉えらた方が関係性や個性がよくわかる。

【東南アジア諸国の個性】
世界大戦時にどの国の植民地であったかということや地理的な条件で各国には個性がある。
マレーシアは錫産業が起源の一次産業系が強く、一方マレーシアから分離し華僑の国といっても言いシンガポールは国土が小さいので金融や研究系の分野が伸びる。
唯一植民地にならなかったタイはこの地域のネットワークの中心になり、唯一アメリカの植民地だったフィリピンはアメリカ向けの産業や英語に関する分野が発展する。

作中で気になった事や新しく得た知識をノートに書き足す作業を始めていた。
それをさらにネットで調べたり、実際にそこに行って確かめればいい。

『この先のカンボジアはこんな国で、ベトナムで行きたい遺跡はミーソンで』

スマホ画面の電子書籍を片手に残しておきたい情報を書き進めていると、傍らに人の気配を感じる。

そして、シャッター音が響く。

ヨーロッパ系の女性が僕のノートを写真に撮っている。
彼女は僕のノートを指して何か言っているが、咄嗟のことで何を言っているのかわからない。

言葉が出ないまま呆然としていると彼女はニコッと笑って前の席に行ってしまう。

彼女はポルトガル人のルシアナさんという。
このあとルアンパバーンを一緒に旅する人であり、後に僕の英語の先生になる人の一人だ。

この船はルアンパバーンまで途中一泊するために宿泊施設がある小さな村に上陸する以外に一度も降りる事はない。

なので次第に同じ旅をする者同士いつの間にかお互い話はじめ、終着駅ルアンパバーンに着く頃には一つの連帯感を持つ様になる。

僕もこの船旅で幾人かの旅人と出会い。そして交流するに様なる。
ルシアナさんとはその後も連絡を取り合いようになり、のちにポルトガルで再会するのだがそれはだいぶ先の話だ。

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リバイとクリスを見てみると他の乗客と談笑している。
みんなそれぞれ景色を見るのにも飽きてきたのだろう。

今、ルシアナさんは船首の方で写真を撮っている。

またノートを開いて話しかけられるとどうしていいかわからなくなる。
ボーッと景色を見ながら本を読んでいれば話しかけられないだろうと考え、今度は鞄から日本から持ってきた本を取り出した。

「さっきの人、そのノートに何が書いてあるの?って聞いてたんだよ。」

振り向くと日本人らしからぬ女性が日本語で話しかけたきた。

「日本人ですよね?」

僕の手にした本に目線が動く。
彼女の名はブレンダさん。香港人なのだが東京の大学を出て日本の銀行に勤めたことのある人だった。

「日本人ですか?違いますよね?」
「香港人です。」

出会った香港人すべての人に言えることだったが彼らは絶対に自分たちのことを「中国人」とは言わない。台湾人も同じ様に中国人でないことを強調する。
自分たちのアイデンティティをしっかりと主張する。

今は香港の企業に勤めていて休暇でタイとラオスに来ているそうだ。

そして、彼女がもう一人の僕の英語の先生になってくれた人だ。

このあとルアンパバーンで彼女たちの英語の授業を受けることになる。
それが旅全体を通して僕が知識と経験を積んでいく助力になり、ゴールに導いてくれる力になった。

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